62.
今日も今日とて、フェルセン一家は見事に悪役一味の様相だが、家族が一人も欠けることなく、怪我無く病無く道を踏み外さないで今日という日を迎えられた。サンドラは喜びを噛み締めていた。
そんなサンドラもいつもの黒いローブに全身を包んでいる。顔は髪に隠れて見えないし、魔除けのアクセサリーを山ほど付けて、重さでちょっと背中が丸まっている老婆スタイルだ。
しかも、魔法の杖を新調して、先端に獅子と龍と山羊の頭を頂いたキメラワンドにパワーアップしていた。
獣の頭が三つも付いているし柄も長いから、持ち主よりも杖の方が大きく見える。魔法の杖なので、重さは持ち主の腕力によって変動するという優れものだ。
最早サンドラはキメラを従える魔女の如き姿だ。この悪役一味を束ねるボスの風格がある。
漫画よりもフェルセン家の様子は悲惨なようにも見えるけれど、領主家の恰好が怪しいだけで何の危険もない。この地から悪魔の脅威は過ぎ去ったのは間違いない。
そんな不穏ではあるが実際不穏でない光景を見て、ようやく死亡フラグを回避できたのだと実感できた。
悪魔を倒した時の高揚感ではなく、静かな安堵感に、サンドラは常になく落ち着いていた。燃え尽き症候群も多少発症していたかもしれない。
少しぼんやりしていたサンドラだから、勇者テオドールが近付いてきても、特に何も思うことはなかった。
「俺たちの仲間にならないか、サンドラ」
そう言えば、出会い方が最悪だったから、碌に外見を注視することもなかったが、勇者テオドールはイケメンなのであった。とサンドラは今更ながら思い出した。
真正面から見ると、成程、キリッとした目元に意志の強そうな口元、身体つきもただの村人だったとは思えないほど逞しく、これはまさしくイケメンである。
まあ、サンドラはこの後登場するこの国の第一王子の方が推しだし、今はテオドールの見た目なんてどうでもいい。何をいきなり名前を呼び捨てしてるんだと、多少イラッとする方が勝っている。
「は?」
思考がどうでもいい方に飛んでしまうほど、テオドールの言葉にサンドラはポカンとした。
フェルセン家の面々だけでなく、勇者の仲間たちもポカンと口を開けているから、これは勇者一人の思い付きだったらしい。
テオドールだけは大真面目だった。
「これからも未知の敵は現れるだろう、サンドラの知識と魔法はきっと必要になる」
勇者は正義感が強過ぎて思い込みが激しいところがあるが、基本的には偏見や差別を許さない。
サンドラがどれだけ怪しく見えても、共に悪魔を倒したからには、正義の名のもとに協力できると信じている。黒魔術がどれだけおどろおどろしくても、悪を倒す力ならば、勇者は過程の不穏さは気にしない。
それに、あからさまに黒魔術師という外見も、魔族だけでなく、犯罪者などにも威嚇になって悪くないだろう。と割と失礼なことを考えていたが、勇者の辞書にデリカシーという言葉が刻まれることはない。
「ゆ、勇者様それは……」
マルティンが咄嗟に断ろうとしたが、彼は娘の意志を尊重する。まずは本人の答えを聞くべきだと口を噤んだ。例え娘の選ぶ道が危険であろうと、マルティンは娘を止めることはせず、進む道の脅威を排除する方法を考える。
あと、勇者が実力を認めるとは流石はサンドラ、という顔を隠せていない。ついでに、ロベルトも心配げだが妹の実力を認められて鼻高々だし、カリーナは勇者も見る目だけはあったのかと得意気に笑っている。
親馬鹿、兄馬鹿はいつものことなので、サンドラは特に気にしないが、テオドールのこの誘いは予想外もいいとこだ。
確かに、漫画でも勇者パーティーのアドバイザー的なキャラは何人かいるし、途中で仲間になるキャラもいる。
しかし、中途採用の仲間は、勇者が命がけで助ける元奴隷で風魔法の使い手で、健気で美しく勇敢で、いずれ勇者と結ばれてめでたしめでたしになるエルフの少女である。
間違っても、序盤で悪魔に憑りつかれて勇者に倒される不運な悪役令嬢は、ヒロインの器ではない。この原作漫画は正統派過ぎてそこまで大人気にはならなかった、テンプレと在り来りで構成された王道ファンタジーなのである。
それに何より、原作の流れを大事にしなくても、サンドラにはこの誘いを受けられない重大な問題があった。
「無理ですわ、体力がありませんもの」
サンドラはきっぱりハッキリ断った。
「それは確かに」
テオドールも納得せざるを得ない。というか、知っていて何故誘ったのかわからない。
なにせ、あの悪魔を倒した日に、サンドラは全ての悪魔が滅せられたのを見届けて、その場で倒れたのである。過労だった。
魔法は転移魔法しか使っておらず、ただ精霊を振り回しただけだから、魔力的には問題なかったが、数分の間動いただけで体力が底を尽きたのである。魔王討伐の旅になど耐えられるわけがない。
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