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61.

 数日後、行方不明事件は後片付けに追われていたが、概ね、騒ぎは落ち着いていた。


 被害者の村人たちはまだ療養中であるが、聖女や騎士団の治癒魔法によって、命に別状はない程度まで回復していた。

 回復した後も、悪魔憑依の影響などを調べる必要があるため、彼らの日常復帰はもう少し時間がかかる。


 フェルセン家騎士団は悪魔の残党がいないか調査のため、今も領内を駆け回っている。ロベルトも騎士団の指揮のために、自領にいる間はずっと忙しくしているだろう。

 マルティンも悪魔という新たな脅威を発見した以上、王家へ報告し対抗策を講ずる必要がある。近隣領とも協力する必要があるため、妻カリーナと共に頻繁に近隣領主の屋敷へと赴いてる。


 そして、サンドラも本物の悪魔の検体を手に入れたため、悪魔退治の研究を新たなフェーズへと移行させようと張り切っている。のだが、如何せん体力がないため、先日の初の悪魔退治で体力も気力も使い果たし、ここ数日は地下の自室で寝込んでいた。


 しかし、これまでいつ悪魔が現れるか、本当に悪魔退治などできるのか、という不安に苛まれ続けていたサンドラにとって、この数日の睡眠は大変穏やかなものであった。


 なぜなら、恐怖の元たる悪魔が、傍らで嘆き悲しんでいるのである。


 悪魔を封じる魔法を幾重にもかけられた小瓶の中で、悪魔は惨めな黒い虫のような姿になり、近く訪れる消滅よりも恐ろしい拷問の日々に震え上がっていた。

 そんな悪魔の悲痛な泣き声が、一日中地下室に響いているのである。


 サンドラにとって、なんと心地良い子守唄であろうか。


「いや恐いわ」


 悪魔の拷問部屋になる予定の地下室に、ずっと繋がれたままだったイフちゃんはゲッソリしている。相手が人類に害成す悪魔であろうと、命乞いをする声を聞いてうっとりしているサンドラは、やっぱりおかしいと思う。

 散歩程度の外出でも、少しでもあの場を離れられてホッとしていた。


 今日は勇者一行の旅立ちの日であった。

 勇者一行も悪魔の残党捜査や被害者の治療などで、ここに数日留まっていたが、残党は見つからないし被害者の身体的な回復は進んでいる。もうこの地に留まる理由はなくなった。


 この日ばかりは、忙しいフェルセン家の面々も見送りに出ていた。といっても、勇者一行が領主に旅立ちの挨拶に来ているので、場所はフェルセン伯爵邸の門前だ。

 だから、相変わらず引き籠りのサンドラも、屋敷の玄関前くらいは外に出ている。


「随分とお世話になりました、フェルセン伯爵」

「今後の旅への支援までいただき、ありがとうございます」


 伯爵たるマルティンに対するのは、やはりアリシアとラーシュだ。

 僧侶イニゴは自分の出る幕ではないと控えているし、他二人については、後ろで面倒な社交辞令はさっさと終われという顔をしている。


 貴族の家柄であるアリシアとラーシュは、流石にそんな無礼な態度はとれない。

 この地に来てから衣食住の世話から、これからの旅の物資まで提供してもらったのだ。王家からの命令だからといっても、当たり前という顔はできない。自分たちと各自の実家の評判のためにも。


「こちらこそ、領内の事件解決のため、協力いただいたこと感謝する」

「勇者様方の旅の無事を祈っておりますわ」

 マルティンとカリーナも卒のない返答をする。


 最初こそ勇者の印象は最悪だったが、この数日は家騎士団とも協力して領内の安全を見回ってくれていたため、テオドールへの評価はまあまあ回復している。

 王家からの命もあるし、ノルディーン伯爵家とクランツ子爵家への義理もあるので、ここは大人としても貴族としてもきちんとした態度を貫くべきだ。


 そんな定型通りのやり取りを眺めながら、サンドラは密かに感動していた。


 台詞が漫画の通りなのである。


 しかし、前世で読んだ漫画では、悪魔に憑りつかれていた伯爵令嬢は亡くなり、フェルセン伯爵家の面々は黒い喪服に身を包み、陰鬱な表情で、いっそ娘を殺した勇者へ恨みを抱きつつ、定型通りの台詞を吐いてさっさと勇者一行を追い出すのである。


 だが、今は、相変わらずフェルセン伯爵領は見渡す限りの曇天が広がり、快適で心穏やかに薄暗いけれど、伯爵家の面々の顔に陰りはない。何よりサンドラは生きているし、勇者一行とまあまあそこそこの友好関係を結んでいる。

 漫画より状況はずっと良くなっているはずなのだが、如何せん、見た目は漫画の展開よりもずっと悪く見えた。


 マルティンは今日も魔除けの首飾りを付けている。ペンダントトップに自分の頭よりも大きな魔物の頭の剥製が付いている、立派過ぎてどちらが本体かわからない代物だ。勇者の見送りとあって、かなり張り切り過ぎたらしい。

 何なら、魔物の頭の上から人の顔が生えているような姿だが、マルティンにとっては最早、娘から贈られた魔除けを付けるのが正装であるから、堂々と得意気に胸を張っている。魔物の剥製も心なしか誇らしそうな顔に見える。


 ロベルトはまたもや顔の隠れる仮面をつけている。仮面というより、どこぞかの大魔導士を模した被り物だから、頭がすっぽり見えていない。

 勇者一行としては、ロベルトの素顔を出しているとアリシアがここに残ると言い出しかねないので、顔を隠しておいてくれた方が助かるのだが、それにしても何の素材で作られているのか。まるで人の面の皮を剥いだように精巧に作られた被り物は、悪魔どころか人も寄せ付けぬ悍ましさがある。


 カリーナは普段通り小粋に不気味な魔物の毛皮を着こなしている。今日の小物は悪魔を食らう魔物の毛皮で出来たケープだ。

 魔物一匹ずつは小動物のようで可愛く見えなくもないが、その頭付きの毛皮を十三匹分連ねているから、どう見ても狩猟民族の女帝だ。捕らえた獲物を自慢げに吊るしているようにしか見えない衣装に、伯爵夫人らしい高貴なドレスを合わせているから、家族の中で一番戦闘力が高そうな雰囲気がある。

フェルセン伯爵領はいつも曇り空みたいですが、サンドラが地下に籠っている時は晴れています。

2025/6/30誤字報告ありがとうございます。


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