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6.

「そうして勇者は廃鉱山で火の精霊と契約したそうだ」

「まあ、本当に勇者様はお強いですわね、火の精霊は悪魔祓いの儀式にも使えますのよ、特にグルビジャ教は火の精霊を召喚し聖なる炎で魔を祓うのです」

「うむ……すまないサンドラ、火の精霊は捕獲を代行させるわけにはいかないからな……」

「わかっておりますわお父様」


 サンドラのお喋りが盛り上がると、父はすぐにそれを入手してやろうとする。

 しかし、精霊というものは自分で召喚するか捕まえに行って、直接契約を結ばなければ協力してくれない。甘やかされっぱなしのサンドラだって、精霊を買ってきてなんて無茶を言うつもりはなかった。


「精霊召喚は自力で行います、だからそれに必要な材料を揃えたくて」

「任せなさい」

 お願いする前にお願いが通った。やはりマルティンは娘を甘やかしすぎだと思うが、有難いのでサンドラは黙って微笑んでおいた。顔は半分も出ていないから、ニヤッとした口元しか見えないが、それでも父には可愛い娘の笑顔だった。


 廃坑で勇者が火の精霊と契約することをサンドラは知っていた。漫画で読んだからだ。

 廃鉱山に住み着く邪竜が火の精霊を虐げ隷属させていたのだ。その邪竜を勇者一行が退治して、火の精霊を救い出すのである。


 サンドラはこの時を待っていた。この国に邪竜がいる間は、火の精霊の召喚術は国中で難易度が上がっていた。

 先に父へ説明した通り、火の精霊は悪魔祓いの儀式にも使えるというのに、なかなか召喚の儀式ができずにいたが、勇者が火の精霊を解放した今ならば召喚の儀式は成功するだろう。


 そういえば、自分には関係ないことと思ってサンドラは忘れていたけれど、漫画ではこの廃鉱山へ向かう途中で勇者パーティーは奴隷商の一団を討伐し奴隷を解放する。その一人に弓使いのエルフの少女がいて、勇者パーティーに加わるのだった。

 空を飛ぶ邪竜を退治するにはエルフの弓と風魔法が必要だ。それにこのエルフは後に勇者と結ばれる正ヒロインである。


 勇者の恋愛模様などはぜんぜん興味がなかったから思い出しもしなかったが、奴隷商壊滅は結構大きな事件だと思う。その話が全く出てこないことは気になる。


「お父様、勇者様御一行に新しいお仲間などはいらっしゃらないのでしょうか?」

「さあ、聞かないね、どうしてだい?」


「いえ……あちこちで魔物だけではなく、盗賊や犯罪組織なども討伐なさっていると聞きますし、勇者様の御仲間になりたがる方もいらっしゃるのではないかと」

 話しにも出ないのにいきなり奴隷商のことを話すのは不自然かと思い、サンドラは遠回しに尋ねてみたが、マルティンは首を傾げるばかりだ。


「確かに勇者に憧れて仲間になりたいという申し出はあるが、いちいち勇者に選抜試験をさせるわけにはいかないから、勇者一行への加入申し込みは専用の窓口を開設しているんだ、そこで選抜試験も行われているけれど、今のところ合格者はいないようだね」


 行政しっかりしてるな、とサンドラは感心する一方、漫画には描かれなかった現実的な役人仕事に、なんだか微妙な気分にもなる。ファンタジーなのに夢がない。


「まあ仕方がないだろう、勇者は最初から強かったが旅を続けるうちに仲間全員が更に力を強くしている、今回の邪竜討伐なんて、空を飛んでいる竜に向かって僧侶が勇者を投げて頭に跳び乗ったそうだ、これに着いて行ける者はなかなか現れないだろう」


 風魔法の使い手がいないばかりに邪竜退治がものすごく力業になっている。サンドラは流石に呆れ果てた。漫画でも僧侶は僧侶と思えないほど筋骨隆々のスキンヘッドだったが、青年一人を数十メートルの高さまでぶん投げるなんて、人間業ではない。更にこんな作戦で竜を倒せてしまう勇者も勇者だ。絶対人間じゃない。


 しかし、勇者が想像以上にレベルアップしているのは、人間側としては有難い話しだ。別に問題なかった。

 それよりも、漫画の筋書きと合わない点が出ていることが気になる。エルフの少女が仲間に加わらなければ、今後の物語にも支障が出る。またどんどん原作から離れていくだろう。


 ただでさえ悪魔がいつ現れるかわからず困っているというのに、漫画の知識が役に立たないとなれば、サンドラの不安は更に倍増する。


「ああ、こうしちゃいられないわ……もっと、もっと悪魔除けの結界を強めなくては……」

 サンドラはブルブル震えながら立ち上がり、戸棚を漁り、引き出しをひっくり返し儀式の準備を始めた。


 実態は脅威に怯える少女なのだが、震える手で魔法の杖を突いて歩く姿はまるきり老いた魔女である。気味の悪い魔道具を並べ、毒々しい色の煙を上げる香を焚き、ブツブツと隙間風のような呪文を唱えるサンドラは、どこからどう見ても邪悪な悪魔の如き姿である。


「サンドラは向上心があって偉いね、私は邪魔にならないよう退散しよう」

 マルティンは、きっと娘が勇者の奮闘話を聞いてやる気を出したのだろうと思った。悪魔恐怖症の発作が突然起きるのもいつものことだ。


 父を見送ることもなく、サンドラは悪魔除けの儀式に没頭した。フェルセン伯爵家の屋敷には今夜も不気味な呪文が響き渡る。いつもの平和な夜だった。

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