59.
三人に遅れてぞろぞろと普通の騎士たちも駆けつける。極々普通の騎士を見て、ようやくイニゴとアンスガルも警戒態勢を緩めたが、ロベルトへの「なんだコイツ」という視線は緩められなかった。
「丁度良いところへ、私一人では全員に治癒魔法をかけるのは無理でしたから」
気を取り直して、アリシアが前に出て騎士団に話しかけた。笑みが引き攣ってしまうが、代表者以外はまともな騎士たちなので、代表者さえ薄眼で見るようにすれば、なんとか普通に接することはできる。
「彼らは被害者か、治癒のできる者は聖女様に協力を」
ロベルトがテキパキと指示をするが、如何せん陽気な仮面をつけているので、どれだけ真面目に仕事をしようと戯けてんじゃねーと言いたくなる。アリシアは引き攣った笑みで、ワサッと動く羽飾りを出来るだけ見ないようにしていた。
騎士団の中で治癒魔法の使える者が被害者の治療に当たる。
「しかし、この者は誘拐犯では?」
被害者だと言われた村人の顔に、騎士団は少々困惑気味だ。
「いいえ、この方は悪魔に操られていただけですわ」
「悪魔……?」
サンドラは前に出てキリッと言い放つ。本人はキリッとしているつもりだが、見た目が魔女の老婆なので、謎の凄味があるだけだ。
ついでに怪しげな使用人二人も便乗してキリッとするから、余計におどろおどろしい三人組になるだけで、騎士たちはまだ懐疑的だ。
「ええ、これが悪魔ですわ」
しかし、サンドラは誰もが信じざるを得ない証拠、本物の悪魔を捕獲していた。
イフちゃんが村人の身体から追い出し弱らせた悪魔を一匹、最初にイフちゃんを繋いでいた紐で縛り上げておいたのだ。この紐は元より精霊用のリードではなく、悪魔捕縛用に用意していたので、ようやく当初の目的通りに使えた。
サンドラも悪魔研究を八年間続けていたが、本物を見るのは初めてだ。どれだけ悪魔に関する書籍を読み漁っても、実物が無ければ研究は行き詰ってしまう。
今日、本物の悪魔を生きたまま捕らえられたことで、これからサンドラの悪魔対策は更に向上するだろう。
そう、悪魔はここにいるだけではないのだ。
前世で読んだ漫画でも、悪魔に憑りつかれた伯爵令嬢は物語中盤で打ち倒されるが、この後も魔王を支持する悪魔たちが人間界へと降り立ち、軍団を作り人類を脅かすのである。
サンドラの悪魔研究は、まだようやくスタートに立ったに過ぎない。
「これが、悪魔か……」
ロベルトは不思議そうに眺めている。騎士たちも本物を前にしても訝し気だ。
なにせ、悪魔は既に虫の息で、真っ黒いネズミのようなものが紐でぐるぐる巻きにされているだけなのだ。
「これは既に死にかけですが、力のある悪魔は人間の身体を乗っ取り、人心を惑わせ社会に大きな災いをもたらすのですわ」
サンドラの言葉に、神妙な顔をしていたのはロベルトだけだった。そんな彼も変な仮面で顔を覆っているから、神妙さは誰にも伝わらない。
騎士団たちは、口にこそ出さないけれど、「え? これが?」という顔をしている。
「人間に憑りつくというのは本当だ、人を操り人の言葉を話してその人になり切っていた」
テオドールがサンドラの言葉を肯定する。サンドラに信ぴょう性が無いのは本人の格好のせいだから、助けるつもりは毛頭ない。こいつに任せていたら埒が明かないと思っただけだ。
「私たちも悪魔だと思って対峙しなければ気付きませんでしたわ」
「もしも、権力のある人間に成りすましていたら、被害はもっと大きくなっただろう」
アリシアとイニゴも肯定して、ようやく騎士団も悪魔の危険性を理解した。
「……御伽噺は、本当だったのか」
団長のフレデリクがごくりと息を飲む。弱り切った小さな物体が途端に禍々しく見えてくる。それにしても、深刻な顔になったのは何よりだが、主家の令嬢の言葉は訝しんで、勇者一行の言葉は素直に信じるのは解せない。
幸い、フェルセン家は大らかな性格だったので、騎士団の不敬な態度も言及はしない。
ロベルトは縛られたネズミのようなものを指さして首を傾げた。ワサッと揺れる羽飾りが鬱陶しい。
「それで、これはどうするんだいサンドラ?」
わざわざ一匹だけ生かして捕獲していたのは、何も騎士団に見せるためだけではないだろう。いくら悪魔の存在が知られていないとはいえ、勇者パーティー全員の目撃証言があれば疑う者はいなくなったはずだ。
「勿論、私の研究に協力していただきますわ、本物が手に入ったのです、悪魔退治の研究がまた一歩前進しますわ」
サンドラは満面の笑みを浮かべた。悪魔からすれば自分たちを滅ぼすための研究に利用されるというのだから、正に悪魔の微笑だ。恐れ戦き必死に藻掻くけれど、最早この地獄から抜け出す道はないのであった。
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