58.
「悪魔一匹に大袈裟な嬢ちゃんだな」
イフちゃんは呆れた顔で鼻をほじっている。未だに村人の中に入ったままなので、ただの被害者であるはずの村人が、どんどん太々しく態度の悪いオッサンになっているのでいい迷惑だ。
「その身体、乗っ取る気じゃないでしょうね?」
「そんなことしねーやい」
サンドラに言われてイフちゃんは心外だとばかりに即答するけれど、ちょっと考えていた。
だが、この死にかけの人間の身体の回復を待つのは怠いし、今更そこらの村人として生計を立てるのも面倒だ。
サンドラは薄気味悪い変人だが、これでも伯爵令嬢、彼女と契約していれば、豪華な寝床で小綺麗なメイドたちを眺める生活は約束されているのである。
勇者一行は最早謎の敵に手を拱くばかりではない。悪魔の攻略法はもうわかった。
「あれならヴルもできるんじゃないか?」
勇者が呼びかけると、火の精霊ヴルが任せとけと言う顔で飛び出してくる。
そうして、イフちゃんがしたように、悪魔に憑りつかれた人間の中へ飛び込んでいく。
「うう……うううっ……!!」
ヴルが入った人間はとても静かだ。突っ立ったまま眠っているように白目を剥き、たまに痙攣をおこし呻いている。そのうちパタリと倒れ込み、口からころりと黒い塊が飛び出した。
優秀な精霊ヴルは、イフちゃんのやり方が人間たちに大変不評だったことも学習し、出来る限り下品に見えないように配慮したらしい。空気の読める頼もしい精霊だ。
「これなら然程汚く見えないし、村人の身体にもダメージがないな」
テオドールに褒められて、フヨフヨと出てきたヴルは得意気に胸を張る。緑とオレンジ色の混ざった精霊は、真っ青のイフちゃんよりも力は弱いが、コミュ力と品性でもって評価は上位精霊を遥かに上回っていた。
「カーッしゃらくせぇ!! あんなペーペーに俺ちゃんが負けっかよ!!」
イフちゃんは勝手に煽られて、次の悪魔憑きの人間に飛び込んでいく。雑に身体を離れたので、最初に飛び込んだ村人がばったり倒れてしまう。
「イフちゃん! 人様の身体を雑に扱うのではありません」
サンドラは飼い主として叱りつける。雑だろうが丁寧だろうが、そもそも人様の身体を好き勝手してはいけないのだが、そこらへんの倫理観は横に置いておく。
アリシアはこれ以上聖女として醜態を晒すわけにはいかないので、あと虫に特攻されるのは懲り懲りなので、テオドールに結界魔法で悪魔を取り押さえてもらったうえで、浄化魔法で悪魔を滅していく。
最初に手古摺っていたことが嘘のように、対処法さえわかれば悪魔退治はあっという間に終わった。
それもこれも、サンドラが八年間屋敷に悪魔除けの結界をかけ続け、悪魔に行動を起こす機会を与えなかったおかげだ。
勇者一行は怪し過ぎる令嬢の認識を改め、ようとしたが、下品な精霊と倫理観の欠如した会話をしている姿を見て、やはり怪しいのは怪しいなと思い直した。
村の方向から多数の足音が近付いてくる。
サンドラはふとそちらに目を向けたが、勇者一行は誰も気にすることはなかった。統率のとれた集団、どれも訓練を受けた騎士の足音であるから、姿が見えなくてもこの周辺の騎士団だろうとわかった。
だが、余裕で構えていた勇者一行は、飛び込んできたものたちにギョッとすることになった。
「サンドラ!!」
「お嬢様!!」
「ご無事ですか!!」
藪を掻き分け現れたのは、黒いローブに身を包んだ怪しげな二人と、曇天の薄暗さを一人で照らし尽くさんとするような、ド派手な黄金仮面をつけた男だった。
「悪魔の一味か……?!」
「いや、新たな敵では……?」
イニゴとアンスガルが身構えるけれど、ラーシュとアリシアはギョッとしたまま固まっただけだ。
二人は珍妙な三人の正体がわかっていたが、ただ、魔族のような恐ろし気な格好を見慣れていたため、カーニバルのような陽気な方面の仮装もあることにギョッとしたのだ。
「馬鹿みたいな仮面だな」
テオドールは素直な感想を口にしていた。仲間たちはみんなギョッとしていて、口を塞いでいる余裕はなかった。
「お兄様、お待ちしておりましたわ、フリーダ、スウェン、案内ご苦労様」
サンドラだけはいつも通りだ。家を出る時にあれだけ焦っていた兄だ、まさか外出用に着替えるなんて悠長なことはするまいと思っていた。
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