57.
「逃げたら容赦しませんよ、村人に怪我を負わせてもいけませんからね」
「わぁってるよ、チッ、なんで俺ちゃんがこんなこと……」
ブツブツとぼやきながらも、自由になったイフちゃんは今しがたぶつけられた悪魔の身体に飛び掛かる。一番弱っているからだ。
頭のデカい蜥蜴が、アンデットのような人間の胸に体当たりをしただけに見えたが、すり抜けるように中へ入ったイフちゃんは、背中から出てくることはなかった。
「うぉりゃ――――!! 待ちやがれこの野郎!! とりゃあうりゃあオメェはもう袋のネズミよぉ!!」
途端に村人が一人で暴れ出した。両腕を振り回し、両足をバタバタさせている動きは、壊れた玩具のようで見ている方が不安になる。
声からしてイフちゃんが体内で悪魔を追い詰めていることはわかるけれど、この人は肋骨を折っているのだから、あまり身体を動かさないであげてほしい。怒声を上げながら吐血までしている。
「イフちゃん、村人を傷付けてはいけないと言ったでしょう」
「わぁってるっつーの!」
イフちゃんだって、村人が死んでしまったら自分も滅せられるとわかっているから、無暗に暴れているように見えて、ちゃんと村人の体内に防御魔法や強化魔法も施していた。
だから、見た目ほど村人にダメージはない。ただ、見た目にまで配慮する発想がないだけだ。
「オラァ捕まえたぜ!! これで止めだうおおおおお――!!」
ようやく動きが止まったと思えば、吐血してボロボロの村人は両腕を振り上げて雄叫びを上げる。
それと同時に眩いほどの光が溢れ出した。
神々しい輝きにサンドラは目が眩んだ。テオドールたちも目元を覆いながら、しかし、その美しい光から目が離せない。
これが精霊の真の力なのか、と思わずにいられない。聖なる光に心まで浄化されていくようだ。その中で悪魔の力がみるみると小さくなっていく。
そして、ブリッと村人の尻から黒い塊が飛び出した。
神々しさが台無しだ。
美しい光の洪水に見惚れていたサンドラも勇者一行も、一瞬で醒めた。教会で祈りを捧げるような恍惚とした顔が、瞬く間に「うわ」という顔になった。
「イフちゃん、あなたはどうしてそんなに御下劣なんですの」
飼い主として恥ずかしい、とサンドラは首を振る。今さっきモーニングスターを振り回していたサンドラも、大概、品性の欠片もなかったけれど、自分のことは棚に上げる。
「うっせーバーカ、精霊魔法ってのは想像力がものを言うんだよ、人間の身体から不要な物出すっつったらおまえらだって何イメージするよ、ケツからひり出すイメージするだろうがよ!!」
村人の身体の中にいるままイフちゃんは喋るから、ただの被害者である村人が、非常に下品で態度の悪いオッサンになってしまっている。酷い二次被害だ。
「そんなことよりそいつ逃げるぞ」
イフちゃんは相変わらず村人の中に入ったまま、地面を指さした。そこには黒い蛇のようなものがもぞもぞと蠢いている。村人の中からはじき出された悪魔の成れの果てだ。
「触ってはいけません、憑りつかれてしまいますわよ」
サンドラの声に、今にも飛び掛かろうとしていたテオドールがハッと動きを止める。
イニゴとアンスガルは、他の悪魔に憑りつかれている村人を見張るのに忙しいし、ラーシュとアリシアはマムシにもケムシにも見える黒い物体なんて、元より近付きたくもない。
「これなら浄化魔法で事足りんだろ」
イフちゃんの言葉で、一斉にアリシアに視線が集まった。
「わ、私ですの……?」
アリシアは目いっぱい顔を歪める。
勇者と冒険に出てから前よりは虫にも慣れたけれど、やっぱり虫は嫌いだ。特にケムシやムカデなどうねうねと長い虫が大の苦手だった。
「触れとは言ってないんだ、離れたとこから浄化魔法を放てばいいだろう」
アリシアの気持ちがわかるラーシュは精一杯励ます。でも自分は絶対に近付きたくないという顔をしているから、後で何回か殴る、とアリシアはラーシュを睨み付けた。
アリシアだって躊躇っている場合じゃないことはわかっている。まだ戦闘可能な悪魔は四匹もいるし、この間だって村人たちは刻一刻と弱っていっている。
意を決して一歩前に出たが、それ以上は近付きたくないので、引け腰で出来るだけ杖を前に突き出して、浄化魔法を放った。
しかし、悪魔だって死に物狂いだ。
土の上で蠢くばかりだった黒い塊が、最後のあがきとばかりに跳び上がって魔法を避ける。
跳び上がった悪魔は、真っ直ぐとアリシアに向かって飛んでくる。
「キャアァア!? こっち来ないで――?!」
アリシアは半狂乱だ。災害級魔獣ヒュドラを相手にした時だって、こんなにも取り乱しはしなかった。
「いや――!! ギャ――!! 死ね!! 死ね!! 死ねぇえ!!」
身も蓋もなく泣き喚き、杖を振り回して浄化魔法を撒き散らし、最後は聖女に有るまじき言葉を叫びながらも、見事悪魔を滅ぼした。
アリシア一人壮絶な戦いだった。
「ハァ、ハァ……ふ、ふふ、やったわ、正義は勝つ……!」
荒い息を吐き瞳をギラ付かせる聖女は、正義があるとは思えない表情だが、本人は勝利に酔い痴れ笑みを浮かべる。彼女の虫嫌いを知っている仲間たちは、そっと目を反らしておいた。
「お見事ですわ、流石は聖女様」
サンドラは素直にアリシアの雄姿に感服し拍手する。なりふり構わず敵を打ち滅ぼさんとする気概は見習いたい。
「残りはたったの四匹ですわ、気張っていきましょう」
サンドラの言葉に、勝ち誇っていたアリシアの顔はみるみると青褪めていった。
聖女様も厳しい世の中で苦労しています。
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