56.
光源は光魔法ではなかったから、悪魔には通じなかったけれど、突然のことに悪魔も動けなかった。
「お待ちになって」
一瞬で消え去った光の後には、小さな人影が一つ佇んでいた。
次の瞬間、その人影から何かが放たれた。
「ぎょええぇ――――――!?」
叫び声は悪魔のものではない。勇者パーティーも口を開いている者はいない。
絶叫の主は火の精霊イフちゃんだった。
「ぐぁあっ!?」
絶叫の次には悪魔の呻き声が上がった。
アリシアが近付いていた村人が、苦し気な表情でよろよろと後ずさる。
「思った通り、精霊は悪魔に効くのですね」
この場にそぐわぬ静かな声で冷静に分析しているのは、転移魔法でこの場に現れたサンドラだった。
転移した瞬間、聖女に接触しようとしていた悪魔にイフちゃんを投げつけたのだ。
リードは掴んでいるので、イフちゃんが飛んでいくことはない。今もフヨフヨと力なくサンドラの頭上を漂っている。
「な、なんてことしやがんだ……」
転移した瞬間に紐を引っ張られて投擲されたイフちゃんは、サンドラに噛みつきたいくらいだったが、悪魔に直撃して目を回していた。
サンドラの言う通り、精霊は悪魔に効く。この世に実体のない者同士触れることができるし、精霊の力で悪魔を祓うこともできる。
実体がないから人体には触れられない。だから、人の身体に憑りついている悪魔も、精霊ならば宿主にダメージを与えずに、悪魔だけを攻撃することができる。
サンドラの策はこれだった。
単純明快な暴力である。
前世の知識にはこうあった。暴力は全てを解決する、と。
「だって、悪魔祓いの精霊魔法を教えてくれないのですもの、身体を張っていただくしかないじゃないですの」
サンドラにとっては致し方ないことだった。元より対悪魔兵器として呼び出した精霊が、悪魔祓いの魔法を教えてくれないのだ。ならば武器として使うしかあるまい。
「だからっていきなり悪魔に投げつけるやつがあるか!! 精霊の使い方じゃねえ、あ、やめ、ブエ――――――!?」
イフちゃんが抗議している最中も、サンドラは容赦なくリードを引っ張って、悪魔憑きの人間にイフちゃんを叩きつける。
人間にはダメージはない。中の悪魔が悶え苦しみよろついている。イフちゃんもよろついている。
「な、なんだあの人間は?!」
さっきまで平静を装っていた悪魔たちも動揺し、すぐさまサンドラへ飛び掛かろうとするが、近付けない。恐ろしいほどの悪魔除けと悪魔祓いの気配を感じる。悪魔から見れば、サンドラは走行戦闘車両である。
なので、実を言うと魔除けの品を山ほど身に着けたサンドラが、悪魔憑きの人間に飛びつくだけで悪魔を滅することも可能なのだが、そのことに本人ばかりが気付かない。
怯んでいる隙に、悪魔たちは勇者パーティーに囲まれてしまった。
勇者一行もサンドラの蛮族のような戦い方には動揺していたが、流石の経験値で、動揺しながらも的確に倒すべき相手を見定めていた。この場に悪魔がいなければ、サンドラを危険人物として取り囲んでいただろう。
「ホホホホホ、このまま悪魔が滅ぶまでイフちゃんをぶつけましょう」
サンドラは活き活きとしている。念願だった悪魔退治がようやく出来るのだ。八年間も怯えさせられた腹いせだ。悪魔からしてみれば謂れのない八つ当たりだが、サンドラには溜まりに溜まった鬱憤があるのだ。
紐に繋いだイフちゃんをモーニングスターよろしく振り回す姿は、伯爵令嬢に有るまじき蛮勇にして、黒魔術師としても勇猛過ぎて、どこぞの山賊の如き暴れっぷりだ。
体力も腕力もないけれど、精霊には重さがないから、サンドラが振り回すには大変丁度良い武器だった。
「悪魔が滅ぶ前に俺の身体がもたねぇ~~?!」
精霊は悪魔に効くが悪魔もまた精霊に効くのだ。悪魔一匹くらいなら何とかなっても、流石に五匹も無防備にぶつけられたら、最強の火の精霊だとて無事では済まされないだろう。
イフちゃんは死に物狂いで自分に繋げられた紐を手繰り、サンドラの手にしがみ付いた。
「待て!! 待ってってこの野蛮娘が!! 俺にもっと良い案があるから!!」
「このまま殴れと?」
「ちげーよ!? ちょっとマジで話し聞けって頼むから!!」
今度は悪魔とサンドラの拳の間でボコボコにされる危険性を感じて、イフちゃんは身も蓋もなくサンドラの腕に縋り付いて懇願した。
「この紐解いてくれたら、俺ちゃんが身体の中に入って悪魔を追い出してやる、人間の身体から追い出された悪魔なら浄化魔法が効くからよ」
イフちゃんの提案に、サンドラは一旦殴る構えを解いたが、長い前髪の奥の瞳は胡乱気である。
「そのまま逃げる気じゃないでしょうね」
「逃げねーよ! ホント信じて! もう嬢ちゃんと契約しちゃってるから、逃げたって嬢ちゃんには居場所バレるだろ」
今まで散々役立たずな姿を見せつけてきたイフちゃんには信用がなかった。
しかし、悪魔への有効な手段は今のところイフちゃんしかない。
サンドラは訝し気な表情ながら、イフちゃんの紐を解きにかかった。
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