54.
テオドールは不覚にも油断していた。
背後にいたはずの三人の人質に、あっという間に身体を押さえ付けられていた。
「やっとまともな肉体が手に入る」
さっきまで無表情だったはずの人質が、不気味な笑みを浮かべていた。こけた頬に落ちくぼんだ目元、今は更に顔色も尋常ならざる青白さになり、まるで骸骨のような人相になっている。
「おまえたちも共犯だったのか?!」
憤慨するテオドールだが、こんなやせ細った一般人の拘束なんて通用しない。一振りで三人とも払い除けて、今度こそ剣を抜いた。
だがしかし、非力な村人たちの顔には、何故だか余裕があった。今世最強と謳われる勇者パーティーと対峙しているにも関わらず、ケタケタと不快になる笑い声を上げている。
「いいのか~、そんなことをしたらこの身体が死ぬぞ~」
「は?」
人質のふりをしていた誘拐犯が、何故か自分自身を人質にしている。テオドールたちの目にはそう見えていた。
次の瞬間、ニタニタ笑っていた犯人の一人がハッと目を見開いた。途端に人相まで変わるほどに雰囲気が一変した。
「お、俺は何を……ここは、なんだ、いてぇ?! いてぇ……どうなってんだ……!?」
犯人だった村人は痛い痛いと呻きながらその場でのた打ち回る。テオドールに払い除けられた時に片足を骨折したのだろう。涙と脂汗を流しながら足を押さえて悶える姿は、演技とは思えない。
そして、呻いていた男はまたハッと顔を上げ、今度は顔を青褪めさせてガタガタと怯え始める。
「なんだ、なんだおめぇ!? ヒィイイ!! 来るな、やめろ、やめろぉ……!!」
悲鳴を上げて、バタバタと両手を振り上げ、何もないところを掻き回していたかと思えば、またピタリと動きを止めて無表情に戻った。
傍から見れば男の下手な一人芝居だが、勇者パーティーは全員魔法に耐性がある。自分で魔法は使えないラーシュだって、魔物や魔族との戦いの中で悪意ある魔力を見抜く目を養ってきた。
そんな勇者たちの目にはハッキリと、村人の身体の中で蠢く悪意の塊が見えていた。
「村人を操っているのか!?」
「なんて卑劣な……!」
憤るテオドールとイニゴの横で、ラーシュとアンスガルも不愉快そうな顔をしている。
一人、アリシアだけが、信じられないものを見るようにゆっくりと瞬きをした。
「違うわ……身体の中に何かが巣食っている」
「寄生するタイプのモンスターだというのか?」
アリシアの言葉にイニゴは怪訝な顔をする。
人体に寄生するタイプの魔物は見たことはある。自分を護るために寄生主を操って攻撃をしてくることもあるが、それらは大抵身体を操るだけで、自我までは乗っ取れない。せいぜい意識を奪うだけだ。
だが、今目の前にいる村人たちは明らかに知能がある。喋る上に、人質に成りすまして騙し討ちをしたのだ。これは寄生型の魔物ではなく、傀儡魔法などで操られているとしか考えられなかった。
「いいえ、傀儡魔法なら術者との繋がりがあるはず、しかしその気配はありませんわ、寄生型の魔物は喋ったりしない、あれは……」
あり得ないと思ったアリシアだったが、自分の出した結論に半ば確信してもいた。
なぜなら、あり得ない結論を肯定するように、不気味な藁人形がカタカタと反応を示している。
あの魔女のような令嬢、サンドラ・フェルセンに持たされた悪魔除けの首飾りである。
「あれは、悪魔ですわ……本当にいたなんて……」
言い切ったアリシアも未だ信じがたい。
しかし、人の身体を乗っ取り悪行を働く知恵ある者、そんな条件に一致するのは悪魔以外に思いつかなかった。
アリシアの言葉に村人たちは、縛られている二人まで、ゲラゲラと異様な笑い声をあげ始めた。さっきまで怯え痛がり脂汗を流していた者まで、気が狂ったように笑っている。
「やはりここには悪魔を知る人間が残っていたんだな、まったく厄介なことだ」
今の今までどこぞのゴロツキのような笑い声をあげていた村人、もとい悪魔が、途端に冷徹な声を発した。
途端に他のものたちもピタリと笑い声を消した。顔はニタニタといやな笑みを浮かべている。
だが、揃って腹の内は忌ま忌ましさに煮えくり返っていた。
魔力が豊富で光魔法の気配のない場所を吟味して、人間界へと繰り出した悪魔たちだったが、大誤算があった。
この付近の権力者の館が、要塞のような悪魔除けの結界を張っていたのだ。
人間界を徘徊する魑魅魍魎から得た情報によると、今の時代には最早、悪魔の存在を信じる人間はいないはずだった。
悪魔の世界でも、千年前に人間界へと遊びに出た大悪魔がいたことは知られているが、それが人間界で滅ぼされたという噂が流れてから、めっきり人間界へ渡る悪魔はいなくなっていた。
悪魔から見れば、人間界はいわば娯楽の宝庫、玩具にも御馳走にもなる人間がうじゃうじゃいる宝箱だ。
しかし、娯楽であるがゆえに、必ずしも悪魔にとっては行く必要のない場所である。悪魔は悪魔の世界だけで存在を保てるのだ。
しかし、悪魔の世界は嗜好品は極端に少ない。何もせずとも存在していられる詰まらない世界で、悪魔たちは指を咥えて人間界を夢想していた。
そんな折に起きたのが、魔王の復活だった。
この世を暗黒に染める者、悪の力の権化、悪魔の理解者にして最高の支配者だ。
これで大手を振って宝箱に飛び込み、嗜好品を貪り食うことができる! そんな希望を胸に人間界へとやって来た第一陣が、今ここでみすぼらしい村人の中にいる弱り切った悪魔たちである。
こんなはずじゃなかった、と人間界へやって来て何度泣いたことか。
この地域には光魔法こそなかったけれど、光魔法以外のありとあらゆる悪魔除けの術や道具が集まっていたのだ。
悪魔も厳しい世の中で苦労してます。
2025/6/30誤字報告ありがとうございます。
2025/7/4誤字報告ありがとうございます。
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