53.
入り口は屈まなければ通れないほど狭かったが、少し下ればテオドールが立って歩けるほど広くなった。
沢の水が増えればここも水に浸かってしまうのだろう。今は水量が少ないため中に水はなかったけれど、足元はぬかるんでいて歩きづらい。おそらく、元は獣の巣穴だったものが、放置されて、雨期の度に中が水に侵蝕されて広くなったようだ。
テオドールは隠密の魔法と暗視の魔法をフル活用しているので、真っ暗な洞穴の中でも正確に周囲の状況を把握できるし、足音一つ立てずに移動できる。
洞穴は奥で折れ曲がっていて、その先に人の気配は複数感じる。だが、それほど奥行きのない洞穴で灯り一つ漏れていないのだ。
中の犯人たちも魔法を使えるかもしれない。テオドールはそう考えて、慎重に洞穴の奥を覗き見た。
そこには五人の人間がいた。全員やせ細り汚れた格好をしているけれど、おそらくここらの村人だろう。武器もなく、服装も平凡で、特に戦闘に秀でた者も見当たらない。
不審な点と言えば、テオドールの目にはこの場は全て不審に見えた。
なにせ、連れ去られたはずの村人たちは誰も拘束されていないし、見張りらしい見張りもいないのに、誰もここから逃げ出すこともなく留まっている。
三人は座り込み二人は立っているけれど、立っている人たちも周囲を警戒している様子はない。
ただ、みんな感情のない無表情で虚空を眺めているから、何らかの精神魔法をかけられて行動を封じられているのかもしれない。
見張りがいないのならば村人たちをすぐに救助すべきだろうが、精神魔法などは下手に触れるとどんな影響が出るかわからない。
ここは一旦引いてアリシアに村人の状態を診てもらうべきか、今すぐ村人を安全な場所に連れ出すべきか。
テオドールが一瞬迷った隙に、立っていた村人が侵入者の気配に気が付いたらしい。
「何者だ!」
大きな声にテオドールは観念して姿を現した。やはり村人に扮した見張り役がいたらしい。そう思ったけれど、やはりこの場にいる人たちはみんなおかしい。
声を上げた者も戦えるような風貌ではない。怒号に反して表情は一切なく、身体も棒立ちだ。
その他の村人たちも怯えるでもなく助けを求めるでもなく、無表情で動かずにいる。まるでみんな人形のようだ。
しかし、精神魔法をかけられているなら反応がないのも頷ける。
テオドールは通路を塞ぐように戦闘態勢をとった。武器は出さない。洞穴の中では邪魔になるし、万が一にも人質に怪我をさせてはいけない。
「おまえが誘拐犯だな! その人たちを解放しろ!」
この大声は外のラーシュにも聞こえただろう。他の仲間たちももう到着するころだ。抵抗しそうなのは立っている一人のみ、テオドールだけで人質を護りつつ制圧は可能だろう。
そこまで考えて犯人の前に姿を見せたテオドールだったが、彼の言葉にハッと反応を示したのは、無表情に座り込んでいた村人だった。
「た、助けてくれー!!」
叫び声を上げたと思えばテオドールの方へと走ってくる。続けて座っていた残り二人も「助けてくれ」と叫びながら駆け寄ってきた。
「外へ!! 仲間が待機している!」
テオドールは自分の声で精神魔法が解けたのだろうと考えた。しかし、錯乱した人質たちが視界を塞いだ隙に、立っていた二人が走り出したのも見えた。
通路とも言えない狭い洞穴だが、助けを求める人質たちに集られて、横をすり抜ける犯人を押さえることができなかった。
「逃がすか!! ラーシュ犯人がそっちに行ったぞ!!」
人質を引き連れつつテオドールも洞穴の出口へと走る。犯人たちは外へ逃げたとしても、一つしかない出口の真ん前でラーシュが待ち構えているから逃亡は不可能だ。
「大人しくしろ!!」
ラーシュは飛び出してきた二人を取り押さえた。外見で犯人なのか人質なのか判断できなかったので、取り押さえただけだ。
「ん? おまえは……ヨシフか、やはり誘拐犯の一員だったんだな」
やせ細っていて一目ではわからなかったが、逃げ出した犯人の一人は村で遭遇したヨシフだった。
テオドールが人質三人を連れて洞穴から出た時には、アンスガルがアリシアとイニゴを連れて駆けつけていた。
三人の手を借りて、二人の犯人と三人の人質を沢から引き上げ、ラーシュとテオドールも自力で崖を登った。
「これだけ?」
「ああ、洞窟の中にいたのはこれで全員だ」
「周囲にも人の気配はないな」
洞窟内にいたのは、領内でわかっている行方不明者の人数と同じ。裏で手を引いている組織があるかもしれないが、それはこれから犯人に尋問すればいい。
捜索はそこそこ手古摺ったが、見つけてしまえば呆気ない幕引きだった。
「あーあ、足がびしょ濡れだぜ」
ラーシュは犯人を捕まえる際に沢に入ってしまったらしい。びしょ濡れになったブーツに悪態を吐いている。
「履き替えるのは森を出てからにしなさい」
「犯人も村人だったのか、何故こんなことをしでかしたんだ」
犯人を縛り上げているイニゴが怪訝な顔をする。
村人が人攫いをするというのはない話しではないが、この犯人たちは攫った人たちをこんな森の奥に隠すだけで、売るでもなく、殺すでもなく、ただ隠して生かしていたなんて、目的がやっぱりわからない。
「取り調べは坊ちゃんの騎士団にやらせればいいだろ」
アンスガルは誘拐犯が捕まれば仕事は終わりだとばかりに、捕縛にも人質の介抱にも手を出さない。彼の業務範囲以外は一切手伝わない主義はいつものことだ。
ちなみに、坊ちゃんの騎士団とはロベルト率いるフェルセン伯爵家騎士団のことだ。
アンスガルは貴族を毛嫌いしているため、貴族の令息はみんな無能なボンボンだし、貴族に買われている騎士なんてみんなヘッポコだと思っている。
「まずは捕まっていた人たちに回復魔法を、精神魔法もかけられていたみたいなんだ」
テオドールはいつでも人命第一だ。犯人の対処よりもまず先に人質の無事を確認したい。
「私に診せて……テオドール!?」
振り返ったアリシアは途端に血相を変えて叫んだ。
少しでも面白いと思ったら是非ブックマークお願いします。
リアクションや★付けていただけると嬉しいです。
感想やレビューも待ってます!




