52.
フェルセン家の愉快でシリアスな出陣から、時間は少し遡る。
勇者テオドールは仲間のラーシュと共に、森の奥深くに分け入っていた。少し先の樹上にはアンスガルもいる。彼は優秀な斥候のため、こういう森の中なら枝から枝へと飛び移って移動するのも得意だった。
この数日の間で森の中に点々と焚火の痕を発見している。近くの村の住人たちは、行方不明者が出てからというもの猟師でも森に泊まり込むことはなくなった。領主が隣の領地まで行方不明事件の話しを広めているから、最近やって来た余所者だとて迂闊に野宿などしない。
だから、森の中で見つかった最近の焚火痕は誘拐犯のものとみて間違いないだろう。そうでなくても、関所を通っていないならず者の仕業だ。
そんな犯人の痕跡が、少しずつ森の奥へ奥へと移動しているのだ。山を越えて近隣領へと逃れる道を探っていると考えられる。
他の領へ行かれると捜索活動は振り出しに戻ってしまう。一方で、装備もなく超えることは不可能と言われる山越えルートを探っているということは、犯人はそれだけ追い詰められているということだ。
そうして、勇者一行は二手に分かれて、夜間に集中的に行っていた犯人捜索を昼間にまで行い、犯人に短期決戦を挑むことにしたのだ。
「くそ、なんでこの俺がこんなことを……」
ラーシュはブツブツぼやきながら、伸び放題の藪を掻き分ける。ほとんど人の入らない森の奥深くには、当然のことながら道らしい道はない。歩きづらい上に、障害物が多いため彼が得意の槍術にも非常に相性が悪い。
「しつこいぞラーシュ、おまえが先を急ごうと言うから、二日間徹底的に捜索しようということになったんだろう」
前を進むテオドールの足取りは軽い。彼はド田舎のそのまた山奥の集落出身なので、これくらいの森はどうってことなく歩ける。
ラーシュはそれ以上無駄口は叩かなかったが、不満気な表情は消えない。彼は未だにこんなことは勇者パーティーのすることじゃないと思っている。地方の行方不明事件は、その地の騎士団か自警団に任せるべき案件である。
伯爵家が怪しいというのも、勇者パーティーが探ることではない。王家に報告して、その手の然るべき諜報機関が動くべきである。
「矛盾があるところには必ず裏がある」
前を歩いていても、テオドールにはラーシュの不満タラタラの顔はわかるらしい。ラーシュは溜息を吐いて無理矢理気持ちを切り替えた。
「わかっているさ、この件が普通じゃないことは間違いないからな」
テオドールの言った言葉は仲間の僧侶イニゴの口癖だ。ラーシュも何度も聞いていた。
確かに、この行方不明事件は単純な人攫いとは違う。
アンデル王国には奴隷制はなく、人身売買も禁じられているが、国中に法の目が行き届いているとは言い切れない。人攫いなどは、窃盗や暴行などと同じくらい有り触れた犯罪と言える。
人攫いの目的は身代金目的であったり、他国に売り飛ばすとか、もしくは何らかの恨みから殺して死体を隠し蒸発したことにするためだ。
しかし、今回はどれにも該当しない。
行方不明者は揃って身代金を請求できるような家柄ではないし、殺されるほどの恨みを買ったという話しもなく、裏で人身売買をするような組織が動いたという情報もない。行方不明者に家出をするような事情も出てこなかった。
人攫いの目的がないのに人が行方不明になっている。それに加担している村人がいる。だのに目的は一向にわからない。
怪しいことこの上ない。勇者パーティーはこれまでも、こういう小さな謎から巨悪を見つけてきた。
だから、ラーシュだとてボヤキはするけど捜査には協力する。しかし、こういう地味で根気のいる調査は性に合わないのでボヤキはするのだった。
その時、テオドールが足を止めた。ラーシュも気が付いている。数メートル先の樹上にいるアンスガルから合図があったのだ。
息を潜めて耳を澄ますと、まだ距離はあるけれど、確かに人の足音が聞こえる。アンスガルからは姿も見えているのだろう。
足音の主もテオドールたちに気が付いているようだ。一旦音が止み、しばらくしてからさっきよりも密やかに移動を再開した。間違いなく疚しいことのある人間の足音だ。
アンスガルが木の上で動き出す。それを追ってテオドールとラーシュも音もなく走り出した。二人とも本気を出せば森の中を気配を消して移動することはできるのだ。
無言の追跡はそれほどかからなかった。
前方でアンスガルが木から下りた。テオドールとラーシュも追いつくと、そこには小さな谷があった。
谷と言っても深さは二メートルもないくらいで、下には沢が流れている。雨季には水量も増えるようだが、今は足の踝までも水量がない浅い沢だ。
ここの捜索は既に済んでいたが、結論は人が潜伏できるような場所はなかったはずだ。
しかし、アンスガルは谷の下を指さす。犯人はここを下りていったという。彼は普段はお喋りな冒険者だが、仕事中は大抵一言も喋らない。隠密行動が身体に染みついている男で、冒険者になる前はどこかの諜報機関で訓練を受けたことがあるらしい。
テオドールが慎重に谷底を覗き込めば、沢を覆うように低木が茂っている。人が隠れられるような大きさではないけれど、その茂みに良く良く目を凝らせば魔力の流れが見て取れた。
どうやら目晦ましの魔法がかかっているようだ。テオドールの目には茂みの奥に横穴が見えた。
振り返ってラーシュとアンスガルに頷いて見せる。アンスガルはその途端に音もなく茂みの中に消えた。別の場所を捜索しているアリシアとイニゴを呼びに行ったのだ。
ここが誘拐犯の隠れ家で間違いないだろう。乗り込むなら仲間が集まってからが定石だが、ここにいるのは腕に自信があるテオドールとラーシュだ。どちらもただ待ちぼうけていられる性格ではなかった。
「俺が中に入る、ラーシュは外を見張っていてくれ」
テオドールの提案にラーシュは頷いた。敵が潜伏している洞穴に灯りを持って入るわけにはいかない。その点、テオドールは自力で暗視の魔法が使えるから、真っ暗な洞穴の中でも捜索は可能だ。
ラーシュは自身で魔法は使えないし、テオドールも他人に魔法をかけるのは下手だ。
それに、いくら最強の勇者パーティーでも、何があるかわからない狭い洞穴の中で、挟み撃ちになったら無事では済まない。外の見張り役は必要だ。
「気を付けろよ」
ラーシュの言葉に笑って見せて、テオドールは躊躇いなく洞穴の中へ入っていった。
少しでも面白いと思ったら是非ブックマークお願いします。
リアクションや★付けていただけると嬉しいです。
感想やレビューも待ってます!




