5.
勇者とは三年前に神のお告げによって選ばれた少年である。同時に魔王が復活するという予言もあり、アンデル王国は国家をあげて勇者を抱き込んだのである。
魔王復活の予言はほどなくして現実のものとなり、各地で魔物被害がじわじわと増えている。マルティンも王宮では危機感を持って対応しているが、領地ではまだ遠い話しで、それほど切迫した様子はない。
勇者も流石は神に選ばれただけあり、人並み外れた身体能力と底無しの体力、そして類稀なる魔法の才能を持ち、各地で精力的に魔物討伐に当たっている。
当然、国も勇者を全面的にバックアップしている。装備品や旅費は経費で落ちるし、強力な旅の仲間も付けた。光魔法を使える聖女、国王軍随一の槍の使い手、聖魔法と武道を極めた僧侶、A級冒険者の斥候という最強パーティーである。
マルティンはサンドラが勇者に興味を持つことを不思議に思わなかった。勇者と魔王が登場した時点で国中がその話題で持ちきりだったのだ。
それに娘が変わったことに興味を持つのは今更だし、日々魔術の研究に精を出しているから、きっと勇者の使う魔法に興味があるのだろうと思っている。
だが、サンドラは勇者パーティ―自体に興味があるわけではなかった。
むしろ、勇者一行の話しは前世の記憶の通りなので聞かなくても知っているし、前世の漫画を読んでいた通りの展開が予想できて、国のやることにちょっと口を出したくなったものだ。出さなかったが。
どうして国はただの村人だった勇者に、生粋の箱入りお嬢様の聖女と、プライドが山より高い騎士と、潔癖過ぎて頭の固い修行僧と、技術は高いが集団行動ができない冒険者を付けて、いきなり仲良く旅に出ろと言えたのか。
どう考えても絶対に上手くいくわけがない。漫画でも序盤はほとんど仲間割れだけで話が進むのだ。
国の上層部は結果だけを報告されるから、勇者パーティーの内情など気にしていないようだ。実際の旅の風景を知っているサンドラは、勇者の話しを聞くたびに胃が痛くなるような思いだった。
しかし、それはいい。勇者一行が行方不明者の続出する地域に赴くころには、だいたい気心が知れてパーティーらしくなっているはずだ。勇者たちがどれだけ苦労するとしても、サンドラには関係ないことだった。
サンドラが勇者の話しを聞きたがるのは、魔王の動向が気になるからだ。
前世の記憶があると言っても、漫画の時系列までハッキリと覚えてはいないし、そもそも漫画の中でハッキリと日時が描かれていることはなかった。
勇者と魔王の戦いが現実になった世界でも、魔王が親切に何をするか人間側に教えてくれるわけはない。だから勇者たちの行動からだいたいの流れを推測するしかないのだ。
それに、サンドラはいつか自分の身に起きることは知っていても、それがいつ起きるのかは全くわからなかった。
勇者たちがフェルセン家にやってくる時期だけはわかる。
サンドラが十五歳になる年だ。
この世界では、貴族の令嬢たちは幼いころから親に連れられてパーティーやお茶会に参加しているが、公式に令嬢の社交界デビューと言われるのは十五歳になる年、建国祭の日に王宮で開かれるパーティーに参加することを指す。王宮で開かれるパーティーに参加できるのは十五歳以上と決められているのだ。
悪魔は憑りついている令嬢が王宮のパーティーへ参加することを利用して、王都にまで魔の手を広げようと画策するのだ。そのための力を蓄えるために人攫いを増やしていたら勇者に目を付けられた、という間抜けな面もある。
だから、悪魔に憑りつかれたサンドラが勇者に討たれるのは、十五歳になる年の、建国祭間近であることは間違いない。
しかし、その前にいつどこで悪魔に憑りつかれるのかはわからないのだ。勇者が来る頃にはサンドラの精神はすっかり悪魔に食いつくされ、家族と使用人の洗脳も完了し、ここら一帯の悪党どもまで統率していたのだから、憑りつかれて一日二日の所業ではない。
そのためにサンドラは、記憶を取り戻してからずっと悪魔を恐れ続けていた。
しかも、漫画には悪魔としか描いていないから何教のどんな悪魔なのかもわからない。
悪魔は宗教やタイプやレベルによって対処法が違ってくるなんて、前世で漫画やゲームに夢中になった者なら常識だというのに、あの作品では悪魔なんてただの黒くてモヤモヤしたものとしか描かれていなかった。
お陰様で世界中のありとあらゆる悪魔の対処法を調べなければいけなかった。これだから世界観がぼんやりしている漫画は困る。勇者の倒す魔物などを知れば、あるいは魔王が何教なのかわかるかもしれないとも考えたが、それも今のところ収穫がない。
いかに最強の魔王だとしても、異教の悪魔を配下にすることはできないはずだ。たぶん、知らんけど。今のところわかっているのは、この国の教会も魔物に襲われているというから、魔王はおそらくアンデル王国の国教とは違う宗派なのだろうということくらいだ。
だが、候補が一つ減っただけでは何の意味もない。世界中には様々な宗教があるのだ。
この国の教会で修業した聖女やモンクの光魔法は魔王にも効くそうだが、光魔法なんて邪悪なもの全般に効く、なんでもいいから病気を殺す抗生物質と同じようなものだから、悪魔の宗派の特定には役に立たない。残念ながらサンドラは光魔法の適正はなかった。
サンドラは溜息を飲み込みながら父の話しを聞いた。せっかく娘のために勇者の噂話を集めてきてくれたのに、溜息を吐くなんて父に申し訳ない。黒魔術に傾倒する引き籠り令嬢だって、親への敬意くらいは持っている。
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