49.
薄暗い室内で、魔族のような女と魔女のような少女とカーニバル男がテーブルを囲んでいる。更に青白い光を添えて、その場に薄気味悪さをちょい足ししてしまっているイフちゃんだが、この場の混沌さにはドン引きせずにはいられない。センスが悪いのはサンドラだけだと思っていたが、そんな令嬢の悪趣味を受け入れてしまっている家族が恐い。
だが、火の精霊を恐れ戦かせようと、今ここで行われているのは親子の朗らかなお茶会である。
「ロベルトは小さい頃から頑張り屋さんね」
カリーナは大変誇らしげな笑みで息子を眺める。
ロベルトはまだ十代であるにも関わらず、王宮での評価も高く、正真正銘自慢の息子である。既に御立派なお家からの見合いの申し込みも多いが、妹の性格を思い遣り、結婚については慎重に考えている大変心優しい兄でもある。
そんな息子が今回の帰郷では、立派に家騎士団の指揮官を勤め、領内の安全を護ろうと走り回っているのだ。ゆっくり話す時間がないのは寂しいけれど、親として頑張る息子を労いたいと、こうして茶会の席に呼んだのだ。
ちなみに、カリーナが食べているのも、勇者パーティーの一員ラーシュが持ってきた手土産の菓子だ。あまりに重くて甘くてぎっしりしている菓子を、いくらか食べやすくしようとシェフが試行錯誤して、酒に漬け込んで柔らかくするという方法を編み出した。
酒を染み込ませた菓子というのはこの世界にも既にある。大人の嗜好品なのでサンドラはまだ食べたことはないけれど、母が酒の香りのする菓子を好むことは知っていた。
だが、今カリーナが食べている菓子は、酒の香りがするどころではない。フェルセン伯爵領特産の、非常に酒精の高い蒸留酒に一晩漬け込んだもので、酒を沁み込ませた菓子というより、菓子入りの酒を呑んでいるという方が正しい。
母が酒を好んでいることは、サンドラもロベルトも良く知っている。手土産の菓子を酒に漬けこませたのも、菓子という態をとっていれば、昼間のお茶会に出しても問題ないという、昼間っから酒を呑むためのカリーナの策ではないかと思っている。
だがしかし、サンドラもロベルトも何も言わない。カリーナがどれだけ呑もうとも、正気を保てるザルだということも知っているから、母の楽しみをそっとしておくのも子の務めだと考えている。
隣からのキツい酒の香りをものともせず、というよりサンドラの用意した魔除けの香も大概キツい香りなので、もう匂いなんて気にもならず、サンドラはケーキをつついていた。
こちらも勇者パーティーの一員アリシアの手土産であるクヌヌの実を、ジャムにして挟んであるケーキだ。クヌヌの実も大量に頂いたが、真っ赤に熟したものは日持ちしないため、潰れてしまったものも含めてシェフがジャムにしてくれた。
カステラのような生地に、ジャムを挟んだだけのシンプルなケーキだ。真っ赤なジャムが滴る様は、サンドラの不気味な格好のせいで、新鮮な臓物を思わせるような光景になっているが、ジャムは酸味が強めで甘い生地によく合う。ただの美味しいケーキだった。
「真面目過ぎますわ、貴族たるもの多少の遊びも嗜むべき、と何かの本で読んだことがあるような……」
サンドラは慌てて言葉を濁した。たぶん、これは前世の知識である。今世では、サンドラは社交に出たこともない世間知らずな引き籠り令嬢なのだ。親に習う以外の貴族社会の知識を持っていては怪しまれてしまう。
悪魔関連の怪しい知識を山ほど持っている怪しい令嬢ではあるが、前世の記憶があるなんてトチ狂ったことは人に知られるべきではない、という常識くらい持ち合わせていた。
向かいではロベルトが同じケーキを食べていた。完璧な所作でお行儀よく、クズ一つ落とさず食べている。カーニバルなのは見た目だけなのである。
「ハハハ、父上にも言われた、上司が働き過ぎると部下が休みづらいと、部下たちの休みに気が回らず、私はまだまだ至らないところばかりです」
妹の指摘を怪しむこともなく、ロベルトは笑い声を返す。しかし表情は優れない。仮面のせいで顔はほぼ見えないけれど、元気がないのは声からも伝わる。
今日ここでお茶会をしているのも、父マルティンに言われたからだ。ロベルトは初めて家騎士団の指揮を任されて、張り切り過ぎて休日を失念していたのだ。
指揮官がずっと働いているのなら、当然、部下である騎士たちだって休むことはできない。
そのために、今日は強制的に休日ということになり、母に連行され、妹に陽気な仮面をつけられ、ゆっくりと茶をしばいているのである。天候が優れないため本日の軍行は休止、というのが建前であった。
まだ行方不明事件は解決していないから、騎士団は見回りを続けているが、こちらも交代制で休暇をとっている。
「ほら真面目過ぎるのですもの」
サンドラは、休日だというのに仕事のことばかり考えている兄に溜息を吐く。カリーナは笑い声をあげた。
「しかしだな、実際に行方不明事件はまだ解決していないんだ、行方不明者も見つかっていないし、またどこで領民がいなくなるかわかったもんじゃない……」
不貞腐れた顔をしながらも、ロベルトはやはり仕事のことを考えてしまう。
これはもう生来の性だ。ロベルトに休日を言いつけた父マルティンだとて、結局は息子に休息を与えるために、仕事を代行し今日は屋敷を留守にしているのだ。親子そろって真面目過ぎる性格なのだ。
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