47.
「俺ちゃんと契約すればカロリー消費になるぜ」
「しょうがないですわね、この精霊と契約して有効に使うしかないようだわ」
サンドラは精霊としての有用性よりも、運動量を増やさなくてもカロリーが消費出来る方を選んだ。ズボラではなく効率重視である。
精霊と契約すれば、精霊は契約者の魔力を使いこの世に留まることになる。体内の魔力は生命力、つまりカロリーとほぼ同義だ。魔力とカロリーは微妙に性質は異なるが、精霊を使役することでカロリーも消費出来るのは本当だった。
「お嬢様、本気ですか?」
「こいつを消滅させる方法を探した方がいいのでは?」
フリーダとスウェンはまだ懐疑的だ。
どれだけ食べても簡単に体形が維持できるというのは、フリーダも魅力的だとは思う。しかし、それに付随するのが下品で知性のないオッサンだというなら、デメリットの方が多いような気がする。
スウェンはこういう胡散臭いオッサンの言う、美容法だとか健康法ほど信用ならないものはないと思っている。
しかし、サンドラだとてダイエット器具として火の精霊を手元に置くわけではない。
このオッサンが力のある精霊であることは確かなのだ。その実力を持ってしても、下品で鬱陶しく不愉快な性格のデメリットを補いきれなかったけれど、カロリー消費になるというメリットを上乗せすることで、ようやくマイナスがゼロになったというだけだ。
「消滅させるにしても、力だけは本物の上位精霊だもの、消滅させるにも追い返すにも大量の魔力が必要でしょう」
「そうそう嬢ちゃんの魔力全部使っても消えてやらね~」
いやいや嬢ちゃんなら結構簡単に消滅させられるかもしれないけどね~、とは思ったが、火の精霊もこうなったら意地でもこの世にしがみ付いてやる所存だ。
「だったら契約して使う方がマシだわ、力だけは本物なのだから、力だけは」
火の精霊があまりにオッサンだったため忘れかけていたが、サンドラが精霊を召喚したのは悪魔に対抗するためなのだ。精霊の性格とかはそもそもどうでもよかった。兵器として使えるかどうかだけが重要なのである。
「力以外も本物の精霊だわ」
「で、契約はどうすればいいのかしら」
火の精霊のツッコミは無視して、サンドラは真面目な顔で向き合った。
精霊との契約の儀式は、実は召喚の儀式と同時に終えている。後は精霊ごとに異なる契約の条件をクリアするだけで、主従関係が成立するのである。
「簡単よ、俺ちゃんに名前を付けてくれりゃあいい、格好良いのいっちょ頼むぜ」
それなら簡単だ。サンドラは最初から精霊につける名前は考えていた。
「イフリートのイフちゃんか、サラマンダーのさっちゃん、どちらがいいかしら?」
「どっちもヤダ」
ペットの名づけじゃないんだからよ、と言いたげな精霊の表情に、サンドラは特に気にした様子もなく第三案を出す。
「じゃあ、あなたは今日からボーボー燃え太郎よ、いいわね」
「…………イフリートのイフちゃんがいいです」
もの凄く不本意な表情で、火の精霊は今日からイフちゃんになった。
不本意な契約にはなったが、精霊に名前を付けた瞬間、大量の魔力が消費されたことがわかった。菓子を一つ食べてお腹いっぱいになっていたのに、もう既にお腹が空いている。
これならばもう一つ食べてもいいのでは、と思ったサンドラだったが、寸前で思い止まった。それではカロリーハーフなら二つ食べてもいいという、デブ理論と同じになってしまう。
しかし、ならばもっと魔力を消費するようなことをすればいいのだと思い至る。
せっかく精霊を使役したのだ。上位精霊は人間界にはない魔法も知っているはず。特に実体のないものに対する魔法、つまり対悪魔戦にも使える高等魔術だ。
「さっそく、悪魔退治に使える魔法を教えなさい」
「おう、また今度な、まずは散歩だ」
だが、イフちゃんはやる気がなかった。元より悪魔と戦うつもりなど毛頭ない。
サンドラと契約したのは、この世界でブラブラ遊び回るためだ。働く気なんかないから、精霊魔法を教えてやる気もない。
このままのらりくらりとお貴族様の屋敷で贅沢三昧してやろう、というイフちゃんの内心は知らないが、イラっとするような気配は感じ取ったサンドラは、イフちゃんを縛っている紐を掴んだ。
「では、私のランニングに付き合ってもらいましょう」
「ランニングって、部屋の中を徘徊するアレか? 嫌だよ紐を解いて外に出せ」
いそいそと蠢き始めたサンドラに連れられて、イフちゃんもフヨフヨと部屋の中を移動する。
「外には出られないわ、今日は屋敷の中の結界を見回る日ではないし」
「おまえは出なくていいよ、俺ちゃんだけを出せ、おい、出せって、おい、せめてランニングというなら走れ」
「走るですって、なんて酷いことを言うのかしら、そんなことしたら死んでしまうわ」
「病人かおまえは、いいよいいよ動けなくても、いざとなったら俺ちゃんがちょちょいと浮かせて運んでやるから、だから自由にしてくれ」
移動速度が鈍いため、イフちゃんはいよいよ水の流れに身を任せるオオサンショウウオそのものだ。
「いけません、私は打倒悪魔のため、いずれは剣だって槍だって振るえるようにならなければ」
「目標だけは高ぇ~、無理だよ、それこそ死んじゃうって、何してんの?」
「腕立て伏せですわ」
「肘が曲がるか確認してるのかと思った~」
こうして、お互いに思い通りにならない主従が誕生してしまった。
日課の運動を始めたサンドラに、イフちゃんは無理矢理付き合わされながら延々と文句を言っている。
まるで徘徊老人と悪たれ老人の喧嘩だが、いつもより口数の多いサンドラを眺めて、案外と相性のいいコンビになるのではないかと、フリーダとスウェンは顔を見合わせる。
主に、お互いに足を引っ張り合う形で暴走を免れるような、グダグダな方面に相性がよさそうだ。なんにせよ、割となんとかなりそうな雰囲気に、無表情のまま頷きあう。
魔物の巣穴のような地下室の中を、蠢くサンドラと精霊を眺めてから、フリーダとスウェンは一礼して退室した。
イフちゃんの一人称は通常「俺ちゃん」です。格好付ける時は「俺っち」です。
6/30誤字報告ありがとうございます。
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