45.
「この部屋の悪趣味さを顧みろよ、古今東西の変態を呼び寄せそうなインテリアじゃないの、って誰が変なオッサンじゃい!!」
火の精霊は懲りるということを知らないらしい。というより、この場では誰もネタにノッてくれないから、自分でボケて自分でツッコミを入れるしかないのだ。ウケるかどうかは関係なく、オッサンなので思い付いたボケは口にせずにはいられない性質なのだ。
一人ノリツッコミをした火の精霊に、相変わらずフリーダは怪訝な表情をするし、サンドラとスウェンは無表情のままだ。火の精霊が居座っているおかげで地下室はいつもよりも温かいはずだが、空気は一向に冷え冷えとしていた。
「どうして儀式が上手くいかないのかしら、必要な物はもう一度揃えたし、魔石も充分だし、火の精霊も撒き餌として使えるはずなのに」
精霊のボケはなかったことにして、サンドラは腕を組んで考え込む。
精霊召喚の儀式ほどではないとしても、精霊を交換する儀式にも入手困難なアイテムが必要だ。それらを、またもや父マルティンは喜んで用意してくれた。準備は万端なはずなのである。なのに、他の精霊がやってこない。
そこで、無視されて拗ね切った精霊がケッと唾を吐いた。
「当然よ、俺ちゃんがいるのに他所者を入れるわけねーだろ」
言ってしまってから火の精霊はハッと口を押えた。手は届かないので、蝙蝠の羽で大きな口を押えたが、もう遅い。
もともと冷めていた室内が更に凍り付いた。冷たかった三人の視線が、いよいよ犯人を発見した刑事のようにギラリと精霊の元に集まった。
この眼光の鋭さ、氷のように冷たい殺気、こいつら本当に魔族化しているんじゃないかと、火の精霊すら背筋に冷や汗が伝うのを感じる。
「つまりあなたを消滅させれば別の精霊が召喚できる、と」
「いやん、俺ちゃん役に立つぜ、それに精霊の消滅なんて力の無駄遣いだって、そんなことに魔石使うより他に使った方が絶対いいって」
今更可愛い子ぶっても可愛げは欠片もない。
とはいえ、精霊を消滅させるのが困難であることはサンドラもわかっている。消滅させる方法はあるが、それを実行するためには、対する精霊と同程度の魔力が必要なのだ。
火の精霊は今のところ下品なオッサンでしかないけれど、精霊としての力は非常に大きい。今手元にある魔石を全て消費しても、消滅できるかどうかは微妙なところだ。
実際は、サンドラの力を持ってすれば精霊の消滅もできるだろう、ということを火の精霊だけはわかっていた。馬鹿正直に教えてやる気はない。
「どこへなりとも自由にお行きなさいと言っても、屋敷の中をフラフラと使用人たちを追いかけ回すだけだし」
「正確にはメイドの尻を追いかけ回してるだけですね」
だからこうして紐に繋いでいる。
とりあえず消滅の話しは回避できて、火の精霊は密かに冷や汗を拭っていたが、変態を見る目を向けられても白けた顔をしている。このまま話を逸らすため、しょうがないと言うように溜息を吐いた。
「精霊の生態はあんまり教えたくないんだがな、おまえら悪魔を相手にしようってんならこれだけは教えてやらぁ」
そうして精霊は偉そうに話し出した。
曰く、精霊や悪魔などこの世で実体がないとされている者たちは、この世界とは別の次元からやって来たという。
精霊と悪魔ではまた住む次元が違うけれど、どちらもこの世界に魔力を供給している高エネルギー世界から来ているので、精霊も悪魔も人間には使えないような上位魔法を使うことができるのだ。
しかし、生きる次元が違うので、この世界ではこの世界の生き物に憑りつくか契約するかしなければ、自由に動き回ることはできないという。
だから、悪魔も村人などに憑りついたのか、とサンドラは納得した。
おそらく、悪魔たちは最初は漫画の流れの通りフェルセン伯爵家の者を狙ったのだろうが、サンドラの悪魔除けの結界のおかげで近付くことができなかった。
しかし、この世界に出てきてしまった以上、誰かに憑りつかなければ遠くへ行くこともできず、テキトウな村人の身体を乗っ取って様子を見ていたのだろう。
どうしてフェルセン家が狙われたのかはわからない。もっと悪魔信仰などが盛んな地域に行っていれば、積極的に悪魔と契約してくれる人もいただろう。
ここフェルセン伯爵領では、サンドラが悪魔恐怖症になって以来、悪魔信仰やそれに類するものは一切許されていない。
悪魔信仰者は見つけ次第、拷問の上火炙りの刑に処される。親戚や知り合いに悪魔信仰者がいるだけで、一族郎党も同罪とみなされる。悪魔信仰者に物を譲渡、売買しただけでも罰を受ける。そんな徹底的な悪魔信仰撲滅キャンペーンが、八年もの間続けられているのだ。
勿論、それらを発案したのはサンドラだ。
前世の反社会的組織撲滅キャンペーンをモデルとして、更に中世の魔女狩りや、宗教弾圧なども参考にした大変えげつない計画を進言し、父は躊躇わず実行したのであった。
勿論、良心的な人格者として知られているフェルセン伯爵は、冤罪などをできる限り排除するため、悪魔信仰狩りと同時に領内の裁判制度や、被疑者の調査方法なども見直した。そのおかげで、今のところ拷問や火炙りの刑はほとんど実行されていない。
ただ、伯爵令嬢の発案で、本当に悪魔信仰者がいた場合は、一族郎党拷問の上火炙りの刑に処せられるという恐ろしい法令は、本当に発布されているので、巷では伯爵令嬢こそが悪魔ではないかと噂されているのであった。
というわけで、この地に悪魔が根付く余地は一切ない。悪魔はここに来てしまったが最期、運の尽きなのである。
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