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44.

 彼女はまだ菓子を食べ終えておらず、噛んでも噛んでも無くならない高密度の焼き菓子に、いつまで経っても喋り出すタイミングを見つけられずにいた。伯爵令嬢として、口にものが入ったまま喋るなんてことはできない。


「精霊に排泄は必要ないだろうが」

 スウェンにも通じたので、この世界にも「お花を摘みに行く」という隠語はあるらしい。社交にまったく出たことのないサンドラは今日一番の驚愕を覚えた。


 菓子に口の中の水分を全部持っていかれるので、お茶のお代りを貰う。お花を摘みに行きたくなるのはサンドラの方かもしれない。


「誰も便所に行きたいなんて言ってません~、俺ちゃん綺麗な精霊だからお花畑が恋しいだけです~、やだねご婦人方の前で排泄なんてバッチィこと言うなんてデリカシーのない坊やだことウベッ、おいすぐ暴力に訴えるんじゃねえ!」


 スウェンはもうすっかり精霊を杖で殴ることに躊躇いを覚えなくなっていた。

 なにせ、精霊の口調が昼間から酒場で管を巻いているジジイどもと同じなのだ。下町育ちのスウェンは、そういうジジイに遠慮しても碌なことにならないことはよく知っていた。


 それに対して、フリーダはずっと怪訝な表情で火の精霊を眺めている。

「お嬢様、やはりこの精霊は口を塞いだ方がよろしいのでは? さっきから一人で会話したり、己を照明器具だと錯覚したり、知性があるとは思えません」


 フリーダは貴族の端くれ。ほとんど平民と変わりない生活をしてきたとはいえ、どうしようもない飲んだくれを見る機会はなかった。ついでに、真面目な性格なのでボケやツッコミなどへの理解もなかった。


「いや今のは一人で会話してるんじゃなくてだな、浮いてピカピカ光っているだけの俺ちゃんの姿が照明みたいだなってことを自分で言っちゃって、自分で言うことじゃないだろってツッコミで笑いを取ろうと、ってボケを説明させんじゃねーよ!!」


 また火の精霊はビシッとツッコミを入れたようだが、説明の途中で再び一人で会話をし始めた精霊に、フリーダはただただ怪訝な表情になる。

 特に面白くもないため、一人漫才という概念を知っているサンドラとスウェンも無反応だ。


「やりづれ~~」

 無法者火の精霊も流石に心が挫けそうだった。


 そこでようやく菓子を食べ終えたサンドラが一息吐いた。引き籠りで体力はないけれど、胃腸は年相応に健康なので、重たいものを食べたところで胃もたれを起こすこともない。

 しかし、ただでさえ足りていない運動量に対して、カロリー過多であることは間違いない。筋トレをするためのリハビリは継続しているが、運動量を増やすべきか悩むところである。


 何より、サンドラが懸命に運動をしていると、この精霊のようなオッサンがいちいち野次を飛ばしてきて煩いのだ。

「私も口を塞ぎたいのだけど、口を塞ぐとピカピカと色を変えて光り出して、とても鬱陶しいのよ」

 精霊曰く応援してやっているそうだが、ニヤけた面を見る限り明らかに冷やかしている。


 サンドラは、この屋敷内では自分の味方になる者しかいなかったため、このように自分へ悪意でもなく腹の立つ態度をとる輩の扱いがわからない。

 前世の一般人として生きた記憶がなければ、今頃精神を病んで精霊を滅していただろうに、前世の良識的な記憶が今ばかりは邪魔だった。


「俺ちゃんの存在が輝かしくて申し訳ない」

 しおらしい顔をする精霊だが、腹立たしい謝罪をしながら屁をこいているから、反省するつもりは一切ないことはわかる。

 精霊に排泄は必要ないので、この放屁は本当にただ相手を馬鹿にするだけのパフォーマンスだ。それでいて、最低限、食事中は屁をこかないという微妙な配慮を見せるところが、これまた絶妙に腹立たしい。


「他の精霊を呼び出そうと思っても、あれ以来召喚の儀式もうまくいきませんしね」

 フリーダは眉間に皺を寄せながら杖を振るうが、火の精霊もここまで突かれれば慣れる。忌ま忌ましくも杖を掻い潜ってドヤ顔をしているが、短い手足をじたばたさせて空中を逃げ回る様子は無様でしかない。


 今日この地下室に助手二人も集まっているのは、新たに精霊召喚の儀式をするためだ。

 フリーダとスウェンは、サンドラの助手であると同時にこの屋敷の使用人であるから、サンドラの命令が第一とは言え、他にも使用人としての仕事はある。いつでもこの部屋に入り浸っているわけではないのだ。


 しかし、フリーダの言う通り、召喚の儀式で精霊を呼び出せたのは最初の一度きりで、以降成功していない。最初の召喚で出たのがこのオッサンなので、サンドラたちからすると一度も成功していないと言える。

 今行おうとしているのは精霊を交換するという儀式なので、一から召喚を行うより然して手間もかからないのだが、手を変え品を変え様々なアプローチを試みても、別の精霊は来ないしこのオッサンは帰らない。


「もう一度勇者に協力を要請してみては?」

 スウェンも考えたが、最初と今とで違う点と言えば勇者がいるかどうかしか思い当たらない。

 あの悪態ばかり吐く勇者を再び招集するのは本意ではないが、なんやかんや文句を言いながら勇者は昼食をきっちり平らげて帰っていったから、また食事を用意すればすぐにおびき寄せられるのではないかと思う。


「しかし、この変なオッサンが来たのは勇者のせいかもしれません、本人は否定していましたが、変なオッサンを呼び寄せる原因が他に思いつきません」

 フリーダは勇者を使うのは反対だった。勇者や勇者の使役する精霊は、自分たちのせいではないと言い張っていたが、変なオッサンの精霊が来てしまったのは勇者のせいではないかと、フリーダは今も疑っていた。


 この場にいないのをいいことに、飯でおびき出せるやつだとか、変なオッサン吸引機だとか、好き勝手に思われているテオドールは、誘拐犯を探して森の中を駆け回りながら、イラっとする気配を感じ取り人知れずイラっとしていた。

 そんな気配を、火の精霊だけは察して、憐みの表情で首を振る。

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