42.
炎がにゅるりと爬虫類のような形になる。
真っ青な炎にこの場にいる四人は息を飲んだ。火の精霊の中でも最も強力な青い炎だ。
しかも、頭が大きく手足の短い間抜けな姿ではあるが、はっきりとした形を成している。
強大な精霊であることは間違いない。
しかし、それは酷く軽薄な声でべらべらと喋り出したのだ。
「いや~やっと召喚されたぜ、もうぜんぜんどっこにも繋がらないから窮屈で肩凝っちゃったつーのやれやれ、もしかして人間どもは精霊召喚の方法忘れてんのかなと思って不安になってたけど、最近になってやっとこさ召喚も再開されて一安心だぜ、出来れば可愛い女の子がいいと思ってたけど、この際シャバに出られんなら婆さんでもいいやと思って、あれ? もしかして女の子? めんごめんご野暮ったい服着てるからババアかと思ったぜ、若い子ならラッキー、俺ちゃんはこの通り永~い年月存在してきた最強の精霊様よ、長年娼館の暖炉に憑りついてエロパワーチャージしてきたから専門は幽霊退治、そこらの悪霊なんてちょちょいと祓ってやるぜ、これからよろしくな嬢ちゃん」
「チェンジで」
「返品交換不可で~す」
即座に儀式のやり直しをしようとしたサンドラだったが、火の精霊が腹の立つ顔をして短い手でバツ印を作った途端、さっきまであった魔法陣が消え去った。もう一度魔法陣を作り直す材料はない。
「おいおいおい、こんな強くて格好良いドラゴンを追い返そうなんて正気か~」
火の精霊はニタニタと笑いながらサンドラに詰め寄る。強いという点は認めるしかないが、格好良いドラゴンとは誰のことなのか一瞬わからなかった。
オッサンみたいな喋りの精霊は、前世で言うところのオオサンショウウオの身体に、蝙蝠の羽が付いている形だ。
確かに、空飛ぶ爬虫類と言えばドラゴンだろうが、そうと言われなければわからない。オオサンショウウオは両生類だったはずだ。
見た目だけならキモ可愛いと言えなくもないけれど、とにかく喋るとウザいオッサンで、動きも表情も腹の立つことこの上ない。
「精霊って喋るのですか?」
サンドラは鬱陶しい精霊を一先ず無視して、勇者に訊ねた。
「ヴルは喋らない」
テオドールも不審な眼で、今しがた現れた火の精霊を眺めている。傍らにいる可愛らしい火の精霊も「喋らないよ」と言うように首を振っている。
「そうそう精霊ってみんな無口で詰まんねーんだよ、俺ちゃんは最強の精霊だからそんな雑魚とは格が違うんだが、詰まんねーから人間界で出来れば綺麗なオネエチャンと仲良くしたいと思って召喚待ちしてたんだよな、おっ、そこのネエチャンは結構美人じゃん、俺っちとランデブーしなブエッ」
べらべらと勝手に喋る精霊は、近付いてきたフリーダをナンパしようとして、杖で潰された。
「確か、古代魔術で魔物の声を奪うという術があったはず」
「強力な精霊ではありますし、黙らせれば使えるのでは?」
一緒になってスウェンも杖で精霊を潰す。
ツンツンと杖で突きまわす二人は、まるで木の枝で小動物を苛める子供のようだが、当の小動物に可愛げがないために憐れにも思えない。
「そうね、口を塞いで手足をもげば、武器としては使えるかしら」
「発想がこえーよ、おいやめろこのジャリども、俺ちゃんを誰と心得る?!」
精霊はあくまで偉そうだが、黒づくめの変な三人組に突っつかれていては、威厳もへったくれもない。
「ハズレ」
「下品なトカゲ」
「勝手に来たオッサン」
「召喚に応じてやった最強の精霊様じゃい!!」
元から騒々しかった三人の魔族に、騒々しい精霊まで加わってしまった。
傍から眺めていたテオドールは呆れた目をする。姦しさに毒気を抜かれて、サンドラへの不信感は薄れてしまった。むしろ、こんな連中を危険視していた自分が馬鹿みたいだ。
隣を見ればヴルが必死に身振り手振りで無罪を訴えている。
こんな変なやつを連れてくるつもりはなかったけれど、暇そうにしている火の精霊の中で、一番強かったのがこれで、しかもちょっと声をかけたら勝手に飛び込んできたから、この事態は自分のせいではないのだと、可愛らしい仕草で弁明している。
自分の契約した精霊がヴルでよかったなと、テオドールはしみじみ思い知った。どれほど強力でもオッサンのトカゲは嫌だ。
「でも私の目的は悪魔祓いですもの、あなたの専門とは違うのではなくて?」
「悪魔~? まさか魔王が復活してんのかよ、げえ最悪」
「あら、でしたらおかえりになっていただいて……」
「でも頑張りま~す、俺っち最強だから悪魔なんて屁でもねーぜ」
嫌な顔をするくせに、火の精霊は頑として帰ろうとしなかった。
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