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41.

 元より騒いでいたのは三人だけだが、三人が真面目な顔になっただけでなく、空気が沈んだように静けさに包まれる。大広間だけが切り離されて異界になってしまったようだ。


 魔力の流れに敏感なテオドールは、身体に圧し掛かるような魔力を感じていた。

 これなら生贄なんていらなかったんじゃないか、と悔しいかなサンドラの才能を認めざるを得ない。

 黒魔術というものはよくわからないから、タイプの違う魔力は感知しづらいけれど、サンドラもテオドールに匹敵するほどの魔力を有している。一声でこの場を支配できるのもそのせいだ。


 本人は実践経験がなくわかっていないようだが、おそらく、テオドールが魔力を提供しなくても、この精霊召喚は行えたであろう。


 しかし、精霊は悪しき者の声には応えないし、応えたとしても望みの精霊が呼び出せるとは限らない。

 精霊は意思のある存在なのだ。召喚の場が整っていたとしても、手が空いているやつがいなかったとか、気分じゃないとか、召喚者が気に入らないとか、些細なことで失敗する可能性もある。

 テオドールは渋々、後から「おまえいなくてもよかったじゃん」とか言われたら業腹なので、ヴルに頷いて仲間を呼び出す手伝いをさせる。この魔力に見合うだけの、強力で、且つ協力的な精霊を探してもらう。

 どうせ、見つかった精霊がサンドラと契約するかどうかは、サンドラ次第である。


 サンドラは呪文を唱える。その途端に奪われるように蝋燭の火が次々に消えていく。大広間は闇に包まれたけれど、不思議と魔法陣の上にいる四人の姿だけは、闇の中に浮かび上がって見えた。


 今回の召喚儀式は古代魔術式だ。

 現代魔術でも精霊召喚は行える。現代魔術はより実践的に洗練されているから、もっと手軽で準備も簡単だが、サンドラが望むのは悪魔を滅ぼすことができる強力な精霊だ。ならば、古代魔術で召喚した方が古き精霊が呼び出せるのではないかと考えたのだ。


 だから呪文も古代語なのだが、古代語は使われなくなって久しい言語、読み方はわかるけれど、イントネーションが正しいかイマイチ自信がない。

 前世でも、この漫画はそこまで人気ではなかったからアニメ化もしていなかったし、とりあえず間違えないように読み上げに集中すると、念仏のように平淡な演唱になってしまう。


 しかし、幸いなことに魔方陣は発動した。


 抑揚のない不気味な声が床を這うように、陣の中へ広がっていく。呪文に呼応して赤黒い線が発光する。そのままだと、ただ魔力が発散してしまうから、この場に押し止めるためにサンドラは杖を突き立てた。


 杖の天辺にとまる鳥の剥製がガラス玉の目を見開いた。獣の髑髏がガタガタと歯を打ち鳴らす。サンドラだけでなく勇者の強大な魔力が流れ込み、杖にすら今にも生命が宿りそうな勢いだ。


 沸き上がり流動しようとしていた魔力が、サンドラの意志によってピタリと抑え込まれる。

 だが、それでは駄目だと、テオドールは儀式の詳細はわからないけれど、直感的に察していた。なにせ、沸き起こる魔力の半分はテオドールの魔力なのだ。魔法陣は発動したが、全体に魔力が行き渡っていないことが感じ取れる。


 そのための、フリーダとスウェンである。

 二人も魔力の流れを見つめていた。サンドラの呼吸に合わせて、魔法陣の全体に魔力が行き渡り循環するように、フリーダも杖を突き、サンドラの演唱に合わせて呪文を唱える。


 こちらもイマイチ発音には自信がないので、抑揚のない念仏が二つ重なり合い、不協和音となって大広間に不穏な音が響き渡る。


 それでも辛うじて召喚術は正しく展開していた。なんて気味の悪い魔術だろうかと、テオドールは鳥肌を立てていたが、元より気味の悪い室内に気味の悪い声が不思議と調和して、奇跡的に儀式は滞りなく進んでいた。


 しかし、あまりの気味の悪さに余計なものを呼び寄せている。屋敷全体に結界を張っているにも関わらず、大きな力に引き寄せられて、魑魅魍魎が隙間風のように侵入してきていた。

 そのためのスウェンである。杖を高く振り上げ羽虫を蹴散らしていく。


 今日だけはこの大広間の結界を緩めているのだ。鉄壁の結界を張ってしまうと、肝心の精霊も入ってこれない。だから、今日は他所者を完全に入れないのではなく、招かれざる者は追い出す方向で作戦を練った。


 二人が念仏を唱え、一人が杖を振り回し、残る一人はただ座っている。洗練された現代魔法しか知らないものが見れば、不格好にもほどがある儀式だ。


 だが、テオドールは見事な連携に感服せざるを得ない。


 古代魔術による精霊召喚の儀式がどれほど難しいか、アリシアの熱弁を聞いていた。効率重視の現代魔術では、これほどまでの魔力は扱いきれない。だからこそ、古代魔術は難易度が高いといわれるのだ。

 テオドール自身は古代魔術なんてサッパリわからないけれど、儀式の不格好さとは裏腹に、淀みなく巡り、美しく輝き、心地良いほどに整然と組み上がっていく魔法を見れば、これは成功すると確信できる。


 ただ、近くにいる仲間に呼びかけていたヴルが、何故だか微妙な表情をしているのが気になる。


 精霊がいないのなら教えてくれるだろうし、いても弱いものばかりだったなら、それも報せてくれるだろう。だが、そうではなく、ただ微妙な表情で首を傾げているのだ。


 最後の仕上げにサンドラが杖を掲げ、精霊を招く言葉を発し、暖炉に向かって杖を突き出した。

 魔法の才がない者でもわかるほどに、大きな力は大きな風と音になり、屋敷を少し揺らした。

 激震がだんだんと収まり、静かに熱狂的だった魔法陣も緩やかに鎮まっていく中、闇を取り戻そうとしていた大広間の暖炉に、青白い光が浮かび上がった。


 ボウッと火が燃え上る音と共に、火の気のなかった暖炉に真っ青な炎が燃え広がる。


「ようようよう! 俺っちが来てやったぜ!!」


 だが、厳かだった空気をぶち壊したのは、その神秘的な青い炎だった。

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