36.
「ロベルトが村々へ警戒を強めるよう報せて回っているし、領内の警備も厳重に行っている、犯人はもう大きな動きはできまい」
ロベルトもマルティンにとっては自慢の息子だ。家騎士団の指揮を完全に任せたのは今回が初めてだが、優秀な息子は卒なく騎士たちを遣っている。
常に謎の魔除けに身を包んでいるために畏れられてはいるけれど、マルティンの目には領民たちからも尊敬されている息子の姿が見えていた。
「はい、その間にテオドールが森や山を探し回ればきっと犯人は見つかりますわ」
「人里離れた場所の捜索はお任せください、テオに」
アリシアとラーシュも得意気に賛同するけれど、未開地の捜索は勇者任せだ。
冒険慣れした勇者パーティーだとしても二人は貴族なのだ。大自然を駆けずり回るのはなるべく避けたいし、野生児のテオドールやアンスガル、山中にて修行を積んできたイニゴと同じだけ走り回れる自信はなかった。
「まあ、流石は勇者様ご一行、頼もしいですわね、私も微力ながらご協力させていただきとうございます」
サンドラがそう言ってフリーダとスウェンに頷いて見せる。二人は心得たという顔で、アリシアとラーシュに小さな箱を差し出した。
「こちらをどうぞ身に着けていてくださいまし」
二人が恐る恐る箱の中を覗き込むと、中には二つの首飾りがあった。ビーズを連ねてある二つの輪っかは、たぶん首飾りだろうが、それぞれトップに不気味な藁人形が付いている。何故か頭の部分に幾本もの釘が刺さっている、どう見ても呪いの藁人形だ。
「こ、これは……?」
アリシアは勇気を振り絞って訊ねてみた。
「ただの悪魔除けですわ」
「ただの、あくまよけ……」
正体を聞いても謎が深まるばかりだが、これ以上深く聞く勇気も出ない。
「行方不明者の捜索にご協力いただいているのですもの、差し出がましいかもしれませんが、勇者様ご一行の安全も心配ですわ、これを必ず、肌身離さず、必ず身に着けてくださいまし」
サンドラはしつこく言い含めた。
この首飾りは本当は悪魔除けではなく、悪魔感知の魔法が施されている。身に着けている者が悪魔と接触すれば、サンドラにもわかるようにできていた。
勇者パーティーが悪魔などに負けるわけがないので、猟犬として首輪を付けようという算段だった。
「もしも身に着けていなければ……」
別に何が起きるわけでもない。本当にこの首輪は悪魔感知と、それをサンドラに報せる機能しかない。ただ、持ち主が身に着けていないこともサンドラにはわかる。
必ず付けておいてほしいけれど、あまり脅すようなことを言うのも信頼していないようで失礼に当たるかと、サンドラは思い直して言葉を切った。
「いいえ、気にしないでくださいな、是非身に着けてくださいましね」
身に着けないとどうなるんだよ!? とアリシアとラーシュはツッコミを入れたかったが、ニヤッと口元を歪めるサンドラに気圧されて、黙って首輪を受け取るしかなかった。
「ご、ご心配、ありがとうございますわ」
「あ、ありがたく、使わせてもらいます」
恐ろし気な首飾りは触るのも恐かったが、恐いから身に着けないこともできない。
「あと、そうですわ、私、勇者様にお会いしたいのです、是非お願いしたいことがありまして」
「「え?!」」
サンドラの申し出に、アリシアとラーシュはこれ以上は無理だと思っていた表情が更に引き攣った。
テオドールは未だサンドラのことを魔女だと疑っているのだ。反省なんてまったくしていない。
だから、最大の狼藉者である彼をここには連れてこなかったのに、被害者であるはずの御令嬢の方から会いたいと言い出すなんて想定外だった。
「あ、あ、あの~テオドールはちょっと~……反省しているとはいえ、サンドラ様に無礼を働いたものですし……」
「わ、我々で出来ることならなんでも協力しますよ」
「私、火の精霊を召喚したいと考えてますの、勇者様は既に火の精霊と契約なさっていると聞きましたから、ご協力いただきたいのですわ」
そりゃテオドールにしか頼めないわ、とアリシアとラーシュは頭を抱えた。わざわざテオドールに頼むということは、使役している火の精霊を含めて魔力源として協力してほしいのだろう。
アリシアもラーシュもこれ以上伯爵家に失礼があってはならないと思うけれど、勇者の尻拭いのために精霊召喚の生贄にまでなりたいとは思わない。
テオドール本人も魔力は並外れて強いから、生贄にされても死ぬことはない。決して仲間を売るのではない。お詫びの印として本人を提供するだけだ。
「どうか勇者様にお伝えください、もし来て頂けないのでしたら……」
サンドラは別に人間相手にどうこうする気はない。ただ、ようやく念願だった火の精霊の召喚の儀式ができると思い、テンションが上がっていた。さっきからくるくるとフォークで玩んでいたクヌヌの実がグチャッと潰れてしまう。
「あら、本当に柔らかい木の実ですこと」
はしたないことをしてしまいサンドラは笑顔で取り繕う。アリシアとラーシュは白い皿の上で、血のように赤い汁を飛び散らせた木の実に己を重ね合わせた。
「必ずテオドールに伝えますわ」
「ふん縛ってでも連れてきます」
満面の笑みで請け負った。背筋は冷や汗でびっしょりだった。
こうして、詫びのお茶会は笑顔で締めくくられたのだった。
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