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サンドラ・フェルセンは悪役ではない  作者: 稲垣コウ
友情!努力!勝利!
35/63

35.

 この不気味な室内で、雰囲気だけは和やかなお茶会が始まった。想像以上に人間の適応力は高いらしい。アリシアとラーシュは自分たちの適応力に感心しつつ、この魔界のような場所に慣れていいものだろうかと思わないでもなかった。


「おお、これはとても甘いな」

「こんなに真っ赤なクヌヌをそのままだなんて、初めて見ますわ」

 マルティンとサンドラはこの場の惨状もいつものことなので、平然と出された果物に舌つづみを打つ。


 クヌヌは低木になる丸く赤い木の実で、甘酸っぱくて食べやすいため国中に広く流通している。

 しかし、大きくなるまでおいておくと虫が付きやすいし、真っ赤に熟すと柔らかくて潰れやすくなるため、一般に流通しているのは薄い紅色くらいの小さな実ばかりだ。

 真っ赤で大きな実は高級品として貴族を中心に流通しているが、やはり潰れてしまうものが多いため、ジャムにするか菓子の材料として使われることが多い。


「ええ、ええ、ノルディーン領には大粒のクヌヌを栽培する専門の農家がいますのよ」

 特産品を褒められてアリシアは鼻高々だ。彼女だってこんな最高級品を食べることは滅多にない。


 この木の実は本当に宝石のように扱われ、ガラス細工よりも厳重に、高級な木箱には衝撃吸収以外にも防腐防虫の魔法までかけられていた。

 香りも素晴らしいので、もっと空気の良いところで食べたかったけれど、食べ慣れた果物のおかげで充満する香の匂いも少しはマシになった気がする。


「それで、勇者様ご一行の調査に進展はありまして?」

 サンドラは世間話のように切り出した。


 もう少し当たり障りのないお喋りをしてから真面目な話をするべきだが、外に出ることのない彼女は実際の世間話などできない。ましてや、数日前に会ったばかりの勇者パーティーのメンツと話せる話題など他にない。


 しかし、これはアリシアもラーシュも願ったり叶ったりだ。二人だってこの魔女のような令嬢と話せる当たり障りのない話題など思い付かない。暗黒の世界の住人みたいなお嬢様だから、外の話しは全て地雷になりそうな気がする。相手からさっさと核心を聞いて貰えたのは有難かった。


「申し訳ございませんが、不審者の足取りはまだ掴めておりませんわ、どこの村でも目撃証言が全く無いのです」

「しかし、それは逆に犯人が人里に出てきていないという証拠でもあります、今は森の中などに潜伏しているのではないかと」


 アリシアとラーシュが顔を知っているのはヨシフだけであるが、ジャンや他の行方不明者についても村人の話しを聞いて似顔絵を描いていた。その誰もが目撃されていないのである。

 だから、勇者パーティーは今のところ森の中の、更に近隣住民さえ踏み込まないような場所を重点的に探し回っていた。


「成程、念の為ロベルトが近隣領にも似顔絵を配って探してもらうよう頼みに行っているが、関所でも目撃されてはいないようだな」

 マルティンも二人の話しに頷く。


「魔物や魔族なら姿形を変えるものもあると聞きますけれど、人に憑りついた悪魔は姿を変えることはできませんし、基本的にその人間の能力しか使えませんわ」

 サンドラも同意を示しつつ悪魔情報を開示する。


 この八年、悪魔の研究をしつつ漫画の知識とも照らし合わせたが、どうやら悪魔は生き物の身体を乗っ取らなければほとんど行動できないらしい。


 そして、乗っ取った人間の姿形を大きく変形させることはできない。魔法を使ったり身体能力を底上げすることは可能だが、無茶をすれば宿主が死んでしまう。死んだ人間を動かすこともできるようだが、能力は著しく減退するのか、あまり死体を好んで乗っ取ることはしない。

 つまりは、悪魔も乗っ取った人間を生かすために食事と睡眠が必要だし、身体能力を強化するのも限度がある。


 だから、近隣領へ逃れるために険しい山や大きな川を越える可能性は低い。もし他領へ逃れられたとしても、他所者が侵入すればすぐにわかる。

 変身魔法を使える可能性はあるけれど、それは悪魔ではない犯罪者だって使うことはある。どこの領地にも防犯のための魔法感知の道具は必ずあるものだ。


 宿主を変えるということもできるようだが、似顔絵が出回っているおかげで迂闊に人前に出られなくなっているのだろう。領民たちも行方不明事件が起きていると知って単独行動は控えている。

 悪魔の最大の脅威は人間社会に紛れ込むという点に尽きる。だから、乗っ取っている人間の顔が割れた時点で、悪魔は既に詰んでいるのだ。


 サンドラは密かに勝利を確信していた。実際はぜんぜん密かにではなく、黒いローブの下からクスクスと笑い声が漏れていた。


「そ、そ、そうなのですね」

「へ~、な、なるほど……」

 アリシアとラーシュは必至に当たり障りのない相槌を打つ。二人も行方不明の村人たちは何者かに操られているのではないか、とは疑っているけれど、悪魔の存在はぜんぜん信じていなかった。


 マルティンは娘が楽しそうで何よりだ。きっと悪魔の話しができる友達ができて嬉しいのだろうと、既にアリシアとラーシュをサンドラの友人として認めていた。二人が知れば穏便に断る手段を全力で探すだろう。

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