27.
「いいや、構わない、勇者一行には特別に配慮するよう王家から直々に言い遣っている」
ロベルトの声は穏やかだったが、彼を良く知る者たちは、青筋を浮かべながら冷ややかな笑みを浮かべている顔が容易に想像できた。きっと目は笑っていない。しかも今は顔が見えない。貴族令息らしく感情を顔に出さないことに長けたロベルトだが、今は獣の毛皮の下から憤怒のオーラだけが漏れていた。
王家から直々に言い遣っているのは本当だ。別に、本当に王様から直接言われたわけではないけれど、王国中の貴族家へ王室から書状が届いていたのは確かだ。勇者一行の行動には邪魔をせず、出来る限りの援助をするように、と。
だから、ロベルトも勇者一行が勝手に領内をうろついていたことを咎めるつもりはない。勝手に行方不明事件の調査をしていたことも別に構わない。勇者パーティーに助力を求められれば応じることも吝かではない。
だがしかし、ロベルトが憤慨しているのはまったく別のことであった。
「先も言ったが、このマントは妹が私のために用意してくれた魔除けの品だ、今回の行方不明事件が悪魔の仕業である可能性を考えて、優秀な魔術師である妹のサンドラが!! 私のために!! 特別に取り寄せた!! 貴重な品である!!」
ロベルトは胸を張り、被っている獣の毛皮を見せつけるように高らかに言い放った。
勇者一行が領内で好き勝手するのは、領民に被害が出ない限り一向に構わないけれど、サンドラの行いを否定することは許せない。
ロベルトが宣言すると、マルティンも立ち上がって誇らしげに胸を張る。彼にとっても大き過ぎる首飾りは娘が選んでくれた特別な品である。娘自慢ができる機会に飢えていた親馬鹿のマルティンは、ここぞとばかりに首飾りを見せつける。心なしか獣の髑髏も誇らしげな顔をしている。
ついでにフリーダとスウェンも得意気だった。彼らも魔術師の助手としての自負があった。
「行方不明事件の調査に必要な装備を身に着けているだけだ、何らおかしな格好ではない」
フェルセン家の者たちは当たり前の恰好をしているだけだったが、領主家の常識を知らない者たちからすると、ロベルトの主張はトンチキそのものである。
行方不明事件が悪魔の仕業かもしれないなんて、今時、子どもだって信じない世迷いごとだ。そんな迷信を信じて怪しげな道具を身に着けるなんて、怪しむどころか精神的な疾患を心配してしまう。
勇者一行はフェルセン家へ可哀想なものを見る視線を向けてしまうが、伯爵の後ろで騎士団長らしき男が懸命に「郷に入りては郷に従え」というようなことを、身振り手振りで懸命に伝えてくるから、流石に口は噤む。
アリシアは悪魔なんか信じてはいないけれど、魔族の存在は知っている。
それに、幼いころから光魔法の修行を受けてきた彼女の目から見ても、フェルセン家の者たちが身に着けている品からは確かに強力な魔力を感じた。古臭い呪術ではあるが、魔を持って魔を制する、悪い物を身に着けることで逆に悪いものを遠ざける術があることも知っていた。
謎の魔除けがどれだけ魔族に効果があるかは知らないけれど、田舎では土着の神を祀っていることも珍しくない。フェルセン家の魔族のような格好も、田舎ならではのファッションだと思えば、独特な民族衣装に見えなくもない。
アリシアは己にそう言い聞かせて無理矢理納得した。
「配慮に欠ける発言お許しください」
その言い方ではおまえも変な格好だと思っていたことを暴露しているようなもんだぞ、とラーシュは胃を痛めたが、テオドールを押さえつけるのに手一杯なので何も言えない。
「わかってくれたのならいいさ」
ロベルトは基本的に温厚な性格だ。とりあえず妹への謝罪が聞けたのなら細かいことは気にしない。
「ありがとう存じますわ、それで、あなた方はここで何を?」
アリシアもホッと息を吐き、ようやく本題である行方不明事件の話しに入れた。
すっかり忘れ去られていたが、彼らの傍らには魔法陣と魔物の死骸があった。
魔法陣はすっかり踏み荒らされているいるが、残った部分を見るに古代の魔術が用いられていることはわかる。しかし、残念ながらアリシアは古代魔術に明るくなかった。
ラーシュは魔術については専門外だし、テオドールは魔術の才能はあるが体形的に学び始めてまだ日が浅い。古代魔術なんて存在も知らなかった。だから、謎の魔術を使おうとしているサンドラたちを魔族と判断したのだ。
「悪魔除けの結界を張る儀式を進めていました」
「お嬢様はこれを用いて、村に潜んでいる悪魔を炙り出そうとされていたのです」
この場で古代魔術の説明ができるのはフリーダとスウェンだけだ。サンドラは未だにぐったりと座り込んでいる。体力がないので、おそらく数日はぐったりしたままだろう。
「はあ、さようですか……」
古代魔術に悪魔除けの結界、正直者のアリシアの顔には「胡散臭い」という気持ちがハッキリ出ていたが、最低限の礼節は身に着けているので口には出さない。
彼女の表情を見て騎士たちも居た堪れない気持ちになる。サンドラの護衛をしていた騎士たちも、一時はサンドラの実力を信じかけたけれど、結局、儀式は不発で終わってしまった。やっぱりお嬢様の黒魔術は一般的ではないんだな、と勇者一行の表情を見て現実を思い知る。
だが、マルティンは娘を信じて疑わないから、周囲の空気が微妙なことにも気が付かない。
「そう言えば、君たちは村人に助けを求められたと言っていたな」
「は、はい、ここに魔族みたいなものがいると……」
「誰がそんなことを?」
アリシアの話しを聞き、ロベルトは首を傾げる。
村の入り口に集まっていた村人たちなら、サンドラが何をしようとしていたか知っているはずだ。小さな村だから話はすぐに行き渡ると思っていたが、あの場には村人全員が集まっていたわけではない。
まったく何も知らない村人から見れば、魔術を使う余所者は怪しく見えるかもしれない。
だからと言って、いきなり魔族だなんて、何を以てしてそんなトンチンカンな勘違いをしたのだろうか。ロベルトには全く理解できなかった。
「あ、そう言えば名前はまだ……中肉中背の木こりの男性ですわ、髪を後ろで縛っていて、毛皮のベストを着た……」
アリシアの話す男の特徴を聞くと、当て嵌まるのはヨシフである。
ロベルトとマルティンは顔を見合わせた。入り口広場にいなかった村人ならまだわかるが、ヨシフは事情をだいたい知っている。だからこそジャンを呼びに行ったはずなのに、何故勇者一行に嘘を吹き込んでいるのだろうか。
「その男は今どこに?」
「ええ、昨日魔物が出たという現場に、仲間を案内させていますわ」
アリシアが説明するのを見計らったかのように、森の中から男が二人現れた。
「あれ? こんなところで何してんの?」
「何故このような場所に」
やって来たのは勇者パーティーの斥候アンスガルと、僧侶のイニゴだった。アリシアが言っていた魔物が出た現場を見に言っていたのはこの二人だ。
「それはこっちの台詞よ、あなたたち森の奥へ行ったのではなくて?」
「ああ、ヨシフに案内された通りに歩いてたんだが」
冒険者のアンスガルは優秀な斥候ではあるが、初めて訪れた村の地理などわかるわけがない。この村は半分森の中に家々が点在しているから、森の中を歩かされている間に村の中央へと向かわされても気付けないだろう。
「案内してた男はどこだ」
ラーシュは早くも拙いことになった気配を感じていた。この地の領主家族を犯人扱いした上に、自分たちの方こそ村人を騙る不審者にまんまと騙された可能性がある。
「それが、途中ではぐれてしまってな」
斯くしてラーシュの予感は大当たりだった。
この日、領主と勇者パーティーが行方不明事件の調査に入ったにも関わらず、新たに村人のヨシフとジャンが姿を晦ましたのであった。
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