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26.

 これでは埒が明かない。当主が出てきた時点で見守る姿勢に入っていたフリーダが溜息を吐いた。


 勇者は完全にフェルセン家の人たちを魔族だと思い込んでいるし、マルティンとロベルトはサンドラを乱暴に扱われて頭に血が昇っている。


 話し合いができる状況ではないし、例え話し合いができたとしても魔族でないと証明する術はない。なにせ、フリーダ自身、己の恰好が魔族っぽいというのはわかっていない。彼女にとって目玉のイヤリングは、見た目がちょっとグロテスクナだけの立派な魔術道具だ。

 服装を指摘されても何をどう改善すればいいかわからないし、そもそも、既に魔族だと思われているなら、格好を改めたところで、それは魔族が人間のふりを覚えたことにしかならない。


 だが、このまま膠着状態が続くとサンドラが持たないだろう。元から体力が底を尽いていた上に、慣れない他人との接触が続き、勇者の腕の中でサンドラは既にぐったりとしている。

 マルティンたちを落ち着かせるためにも、とにかくサンドラ救出を最優先にすべきだ。そう考えてフリーダは隣にいたスウェンに小声で囁いた。


 スウェンは割と良い度胸をしているので、当主と勇者の恰好がおかしいおかしくないの問答を楽しんでいた節がある。彼もまた自分がそのおかしい格好の一人だという自覚はない。どれだけグロテスクな物でも、魔術師見習いが魔法道具を身に着けているのは何らおかしなことではないのだから。

 フリーダに脇腹を強めに小突かれると、スウェンは素知らぬふりで忠実な従僕の顔に戻った。


 騎士たちの影に隠れてこそこそと作戦会議をしてから、フリーダとスウェンは頷きあう。


 まずはフリーダが前に歩み出た。堂々と、何事もないかのように平然と、当たり前の顔をして行動すれば案外誰にも咎められないものだ。


「とにかくお嬢様を離しなさい、初対面の女性にベタベタと、この変態!」


 フリーダがそう指摘すれば、テオドールは予想通りみるみると赤くなった。


「なっ!? だ、誰が変態だっ!!」


 強気に反論しようとするも、反射的に手が離れる。

 勇者は見た目通り純朴で初心な性だったらしい。魔族を逃がすまいとは思うが、相手が女性だと主張すれば触れていられなくなる、というフリーダの読みは的中した。


 テオドールが手を離した隙を狙って、スウェンが横からサンドラを掻っ攫った。


「しまった!?」

「でかした!!」


 テオドールは咄嗟に戦闘態勢に入ろうとしたが、人質が解放されれば周りも動ける。

 ラーシュが即座にテオドールを羽交い絞めにして、マルティンとロベルトはサンドラの元へ走り寄った。


「おお、サンドラ、怪我はないかい?」

「酷い目にあったね、可哀想に」

 父と兄が来れば、スウェンは心得たように身を引く。力仕事はできても介抱なんかは苦手だ。代わりにフリーダが近付いてきてサンドラの体調を確認する。


「離せ!! 魔族を取り逃がす気か!!」

「頭を冷やせテオ!」

「そうよ、どちらにせよこの人数差では不利だもの、イニゴとアンスガルと合流して体勢を立て直すべきよ」

「アリシアは歯に衣を着せろ、でも一旦みんなで話し合うのは俺も賛成だ」


 勇者パーティーもテオドールを押さえつけて相談する。槍術の腕前だけで抜擢され、唯我独尊傍若無人と噂される天才騎士ラーシュも、個性派揃いの勇者パーティーではツッコミ役として頭角を現しているようだ。


 サンドラは辛うじて意識はあり、怪我らしい怪我はなかった。掴まれていたところは痣になるかもしれないが、骨にまで異常はなさそうだ。

 ただ、酷く憔悴している。ただでさえ外出で疲れ切っていたところに、いつか自分を殺すかもしれない勇者に刃を向けられていたのだ。精神的に疲労困憊で、表情はしおしおになり本当の老婆になってしまっている。


「とにかくサンドラに手当を」

 マルティンは連れてきた使用人を呼び寄せる。手当をするほどの症状はないけれど、こうも衰弱していると馬車まで運ぶことも難しい。

 使用人たちはサンドラに水を飲ませたり扇で仰いだりして、歩けるだけの回復を促す。


 サンドラさえ取り返せれば、例え相手が勇者だとて伯爵家が遠慮する必要はない。

「改めて名乗ろう、私はロベルト・フェルセン、フェルセン伯爵家の長男だ」

 サンドラを介抱しているマルティンに代わり、ロベルトが前に出て堂々と名乗った。伯爵家嫡男として威厳溢れる態度だが、獣の毛皮のおかげで相変わらず顔は見えないし外見は魔族だ。堂々とすると自ずと禍々しくもなる。


「君たちがどんな勘違いをしているか知らないが、我々はこの村で行方不明者がいると聞き、領主の務めとして調査をしにやって来たのだ、むしろ怪しいのは勝手に領内をうろついている君たちだ」

 ロベルトの恰好が怪しいのはともかく、言い分は真っ当だ。領主家族が自領内にいるのは当然だ。


 勇者一行は現王直々に国中を自由に移動することを許されているが、それでも、行く先々でまずはその地の領主に挨拶するのが礼儀である。


「妹君にご無礼を働いたこと、仲間に代わりお詫びいたしますわ」

 アリシアがテオドールを隠すように前に出て膝を折る。ドレスは着ていないけれど見事な淑女の礼である。冒険者風の恰好をした貴族令嬢と、魔族のような恰好した貴族令息が向かい合う、非常に珍妙な光景であった。


「ご挨拶が遅れてしまい申し訳ございません、改めまして、私はアリシア・ノルディーン、この村で不審な失踪者が相次いでいるという噂を聞きつけ、勇者テオドールと共に駆けつけた次第にございます」


「どうして伯爵家がそんな変な格好をム」

 ようやくまともな会話が始まった矢先、横やりを入れるテオドールの口をラーシュは慌てて塞ぐ。

 伯爵家同士の話し合いなのだ。ラーシュでさえ口を挟むのは憚られるのに、勇者と言えど平民で、しかもこの場では一番の狼藉者がしゃしゃり出ていい場面ではない。


「数々の無礼お詫び申し上げます、この者はまだ礼儀の勉強中の身故、何卒ご容赦を……」

 ラーシュがテオドールを羽交い絞めにしたまま深々と頭を下げる。必然、テオドールも頭を下げることになるが、彼はまだロベルトたちを魔族だと疑っているから、踏ん張って直立を保とうとする。ラーシュの全力を持ってしても腰を折らせることができない。

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