23.
今ある魔物の死骸と魔石の量ならば、完全にこの村から悪魔を追い払う術も行使できるだろう。しかし、追い払うだけだ。まだ正体もわからない悪魔を滅ぼすことはできない。
だから、サンドラは中級悪魔を避ける程度の術を、村全体に薄っすらと施すことにした。そうすれば、村の中に隠れているかもしれない悪魔も動かざるを得ないし、もしも人間に化けていても正体を現すだろう。
「悪魔除けの儀式を行うと同時に、悪魔感知の術も発動します、フリーダ、出来ますね?」
「お任せください」
フリーダも当然サンドラの魔方陣は読み解いていた。
術は村全体に施すと言っているが、ところどころに穴が空いていることにも気が付いている。もしも村の中に悪魔がいれば穴に逃げ込むはずだから、村の全てを正確に見張る必要はない。ならば、魔石の残りの魔力を使って一人で村全体を把握することはできる。
「スウェンは悪魔感知に引っかかるものに印をつけなさい」
「かしこまりました」
魔力によるマーカーだ。だからこそ魔物の魔力も使う。人の魔力だと悪魔に気取られる可能性があるが、魔物の魔力ならば森の中にあっては目立たない。印を付けた術者だけが感知することができる。
「今日は追いかけなくてもよくてよ、ただ、村の中で暴れそうであれば、騎士のみなさんを連れて急行してください、よろしいですね?」
「は、はあっ!!」
突然、話しを振られた護衛の騎士たちも居住まいを正して答える。魔術はよくわからないけれど、とにかく従僕が動いた場合付いて行けばいいということだろう。
「さあ、配置についてください」
サンドラの一声でフリーダとスウェンは動いた。丸い魔方陣の中に描かれた正三角形の、それぞれ頂点に立つ。
残りの使用人たちも、トランクケースを片付けて離れた所へ移動する。
騎士たちは少々狼狽えたが、スウェンの指示で動けと言われているから、とりあえず彼の近くに移動した。
「それでは始めましょう、皆さまご静粛に」
ここにはサンドラと、その助手と、護衛の騎士しかいないけれど、サンドラの一声で風や鳥まで静かになったような気がした。
騎士たちは悪魔の存在なんて信じていなかったし、ここまで来てもサンドラの儀式は半信半疑であるけれど、場の雰囲気に飲まれて、もしかすると、あの御令嬢は本当にすごい魔術師なのではないか、という気がしてきた。
サンドラは背筋を伸ばし、身体の前に真っ直ぐと杖を立てた。緊張に震えそうな手でギュッと杖を掴み直す。
これまで積み上げてきた知識を持ってして構築した魔方陣だ。これまで練習は幾度となく繰り返してきた。フリーダとスウェンの実力も信頼している。
それでも、初めての実践である。緊張する。悪魔は恐い。失敗の不安もある。それでも、それだけではなく、初めての本格的な魔術の行使に、サンドラの胸は躍っていた。
杖に魔力を流すと、先端にとまる鳥の剥製がギャアッと鳴いた。
見守る騎士たちはごくりと息を飲む。
フリーダは術にのみ集中し、頬を伝う汗にも気付かない。
スウェンは硬く瞼を閉じ、魔力感知を研ぎ澄ます。
サンドラが更に杖へと魔力を込めると、先端の髑髏が目玉を得たかのように眼孔を光らせた。
悪魔除けの術がいよいよ発動する、という瞬間、森の中から飛来した人影によって儀式は打ち破られた。
「あ」
サンドラの口から出たのはそれだけだった。
本当にあっという間の出来事で、誰も反応できないうちに、サンドラは地面に倒れ込んでいた。眼の前には地面に突き刺さる剣があった。
そして、身体を押さえ込むように、何者かが身体の上に乗っていた。
「観念しろ!! この魔女……」
「きえええええええああああ悪魔あああああ!!!!」
身体の上に乗っかっている者が何事か言う前に、サンドラは発狂して絶叫を上げた。
「サンドラ様!!」
最初に動いたのはフリーダだった。魔術は行使している途中で放棄すると暴走する可能性があるが、サンドラが暴漢に襲われた時点で儀式は破綻している。優秀な魔術師見習いは魔方陣が停止ていることを確認してから、即座にサンドラの元へ駆けた。
しかし、サンドラに剣が突き付けられている状態では、迂闊に近付くことはできない。
相手は頭からすっぽりとマントを被っているから顔は見えないが、声の様子からすると若い男のようだ。眼にも止まらぬ早業を見ただけでも、只者でないことは確かだ。
「何者だ!!」
続いてスウェンと、その後ろに控えていた騎士たちも慌てて動いた。特に騎士たちはサンドラの護衛のためにここにいるのに、当のサンドラの絶叫に動揺して固まっていただなんて、騎士としてあるまじき失態だ。
しかし、サンドラを押さえつけていた暴漢の方が反応は早い。即座にサンドラを引っ張り起こして、腕を掴んだまま、盾にするように自分の前に立たせ、首に刃先を突き付ける。
「おまえたちも動くな!! 魔族ども!!」
周囲を警戒しつつ、近くに落ちていたサンドラの杖を蹴っ飛ばして手の届かないところへやる。手際が良い。杖の先端の髑髏と鳥の剥製が恨めし気に暴漢を睨み付けているようだ。
「ま、魔族?」
「え? どこに?」
サンドラの身が心配ではあるが、暴漢の言葉にフリーダとスウェンは目を丸くした。
この場に魔族などがいないことは二人こそよくわかっている。なにせ、サンドラが厳選した魔除けの品を付けているのだから、この場に魔に類するものなど近付けるはずもない。
近付けないが暴漢を取り囲むように警戒態勢を取った騎士たちは、ハッと声もなく察していた。だが、お互いに「どうする」「おまえ言えよ」「おまえが言えよ」という視線を交わすばかりで、誰も何も言えない。
この場に魔族に間違えられる人間がいるとすれば、おどろおどろしい格好をしたサンドラと、グロテスクな装飾品を身に着けた使用人二人くらいしかいないだろう。しかし当の本人たちにその自覚はないのだ。
使用人たち相手ならまだしも、主家の御令嬢相手に服装の難を指摘するなんて、下っ端騎士たちには困難なクエストである。微妙な表情で口を噤む外ない。
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