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22.

 サンドラは父と兄と別れて数分も経たず、重大なことを思い出していた。


 体力がないのである。


 村人に話しを聞き、使用人と護衛の騎士を引き連れ村の中央を目指し歩いていたが、それだけで息が切れてふらついていた。

 小さな村であるから、木々が邪魔で見通せないだけで、入り口広場から村の中心までなど目と鼻の先である。


 しかし、サンドラがこの八年間歩いたと言えば、絨毯の敷き詰められた屋敷の中だけである。それも月に一回歩くかどうかで、ほとんどを地下の自室に閉じ籠って生活していた。

 引き籠る前だって屋敷の庭までしか出たことはない。思えば、これがサンドラの人生で最長の歩行記録かもしれない。


「お嬢様、不躾ながら、おんぶ、いえ、あのー……お支えいたしましょうか?」

 護衛の騎士もこれには扱いに困る。

 幼いお嬢様ならばおんぶや抱っこでもいいだろうが、サンドラは十三歳だ。真っ黒い衣装に身を包み背中を丸めて歩く姿は老婆のようだが、一応は歳若いけれど幼児とは呼べない御令嬢だ。

 一介の下っ端騎士がおんぶや抱っこをするわけにはいかないし、かと言って乗馬の経験もないらしい。となれば、結局は老人介護のように支えて歩くしかない。


「いいえ、ハアハア、ありがとう存じます、けれど、ゼエゼエ、自分で歩きますわ」

 本当にただ歩いているだけなのに死にそうな息遣いは、本当に弱り切った老婆のようだ。

 今にも倒れやしないか、魔女のように変身したりしないか、騎士は色んな意味で気が気じゃない。心なしかロザリオに彫られた顔の彫刻も疲労困憊のように見えて、逃げるように後ろへ下がった。


 これには、奇行に慣れ切った屋敷の使用人たちも困ったが、今は大きな荷物の他に、大きな魔物の死体まで引き摺っているから、お嬢様を魔物と一緒に引き摺るわけにもいかない。


「フウ……フウ……体力……悪魔に対抗するためには、体力がいるのですね……」

 村の中心に辿り着いた時には、サンドラは既に這う這うの体であった。悪魔に対抗するも何も、まだ対抗する準備すら整っていない時点でこの様である。サンドラはこれからは筋トレも行うことを心に誓った。


 だが、ここまで来ればこっちのもんだ。というか、あとはこの場に魔方陣を描いて儀式を執り行うだけだ。魔方陣ならば這いずってでも描けるから、体力が底を尽いていたってどうとでもなる。


「フリーダ、スウェン、私の言うとおりに魔石を配置してくださいな、あなたたちは離れていてくださいまし」

「はい、お嬢様」

「かしこまりました」

 テキパキと指示を出すサンドラに従い、魔術には明るくない騎士たちは離れた所へと移動する。


 御令嬢らしく堂々としているのは声だけで、サンドラは杖に縋ってようやく歩いている状態だ。実際は杖を使って地面に魔方陣を描いているはずだが、離れたところで見ると、いよいよ杖を突いて歩く老婆のようだな、と騎士たちは思ったが口にはしなかった。


 屋敷の使用人は全員、フェルセン家に仕えるための義務教育として魔術の基礎は教わっている。その中でもサンドラ専属のフリーダとスウェンは特に魔術に詳しい。

 二人とも魔術の才能もそこそこあるから、身分や経済的な問題がなければ魔術学校にも入れたであろう。

 だが、残念ながらフリーダは貧乏子爵の末娘、スウェンにいたっては従僕の倅、どちらも学校に通えるような家庭ではなかったし、宮廷魔道部隊の推薦を受けられるほどの才はなかった。


 だからこそ、彼らはフェルセン家の門を叩いたのだ。フェルセン家の御令嬢が魔術に傾倒しているという噂を聞き、働きながらでも魔術に触れることができるのではないかと期待して、変な噂も山ほどある謎多きお嬢様の元へとやって来た。


 斯くして、噂はだいたい本当で、フリーダとスウェンはサンドラと共に魔術を学ぶ事ができた。傾向が黒魔術に偏り切っているのは少々誤算だったが、二人とも魔術を学ぶ機会を与えてくれたサンドラには感謝しているのだ。

 彼らにとってもこれは初陣である。二人ともサンドラの奇行に振り回されてきたおかげで、表情が碌に動かなくなっていたが、無表情ながら初めての実践に内心ワクワクが止まらない。


 村のほぼ中心であると思われる場所に魔物の死体を置き、その周りにサンドラがよろよろと杖で書き上げた魔方陣は、宣言通り悪魔除けの術だった。

「これだけで足りるのでしょうか?」

 スウェンが魔方陣を見下ろして不思議そうな声を上げる。相手は人間を三人は食っているかもしれない悪魔だし、各所に配置した魔石の量からしても、強力な魔除けの儀式を行うものと思っていた。


 しかし、サンドラの描いた悪魔除けの術は、対象とも魔石の量とも釣り合わない。


 離れたところで眺めていた騎士たちは、魔術に多少の覚えのある者でも、何が描かれているのかちんぷんかんぷんだ。

 古い書物にしか登場しない悪魔に対抗するために、サンドラは現代では廃れかけている古代魔術を用いていた。その上、どこのどんな悪魔が相手かわからないから、複数の言語を混ぜ合わせている。多少の知識では読み解くことは不可能だ。


 それをスウェンがあっさり読み解けたのは、サンドラの元で魔術を学んできたからだ。むしろ、彼は普通の魔術はさっぱりわからない。サンドラが復活させ、更に改造を加えた、ほとんどオリジナルの黒魔術しか知らないのである。


 サンドラは助手からの指摘に満足気な笑みを浮かべた。前髪から覗くニンマリと歪んだ口元は、悪しきことを企んでいる魔女にしか見えないけれど、本人としては、よくできましたというような笑みを浮かべているつもりだ。


「良いのです、これは悪魔を避けるためではなく炙り出すための術ですわ、この村から完全に追い出してしまっては、悪魔の首魁がどこへ行くかわからないでしょう」

「成程、愚かな質問をしまた、申し訳ございません」

「構わなくてよ」

 スウェンもサンドラの作戦を理解した。

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