21.
「では私は村全体に悪魔除けの結界を張ります」
父と兄で話がまとまる間、サンドラは軽い口調で提案した。
伯爵と嫡男は格好がアレなだけで言うことは真面だが、令嬢だけは格好もアレだし言うこともアレだ。田舎者にとって悪魔除けなんて、詐欺師が変な道具を売りつけてくる時の常套句という認識だ。とは言え、領主のお嬢様に意見できる村人はいないから、アレなものを見る目を向けるくらいしかできない。
しかし、村全体を覆うような結界術となると、高等魔術師が数人集まって取り扱うような大規模な術となる。ちょっと村を散歩するようなノリで使えるものではない。
「サンドラ一人では無理だろう」
マルティンは心配そうに娘を見る。顔は見えないけれどおそらくロベルトも妹を心配している。
二人ともサンドラの魔術の腕と知識は信じているけれど、如何せん引き籠り歴が長いので体力面には不安しかなかった。護衛を付ければ安全面は問題ないだろうが、まず村の中を歩くだけの体力があるかが疑問だ。
その護衛の騎士たちは、悪魔除けの結界という時点で目を点にしていた。
悪魔なんて御伽噺の中にしか存在しないものである。それを避けるための魔術の手伝いとは、自分たちはいったい何をさせられるのか。シラッとした顔をしている屋敷の使用人たちに目で訴えかけても答えはない。
しかし、初めての悪魔退治に燃えるサンドラは己の運動不足を忘れ去っていた。使ったことはないけれど、魔術については自信がある。実戦で使ったことはないけれど、練習では上手くできたのだから。
「大丈夫ですわ、丁度良い生贄がありますもの」
サンドラがそう言って村人たちの方を振り返ったから、その場は騒然とした。
「ひ、ひええええ!! お許しを、お許しを!!」
「おおおお許しください!! どうか命だけは……!!」
村長を中心にして村人たちは即座に命乞いを始めたが、それこそ無礼だ。
「お、お嬢様、それは……!!」
フレデリクも咄嗟に村人を庇おうとした。伯爵家に忠誠を誓う騎士として有るまじき行動ではある。
だが、これらの勘違いも致し方ないことではあるから、サンドラについていた使用人たちは止めもせず、ただ静かに成り行きを見守っていた。
「この魔物をくださいませ」
一歩進んで、サンドラは杖で魔物の死体を指した。彼女が一歩動いただけでドリストンは泡を吹いて失神し、村人たちは生贄は自分たちではないとわかり安堵し、結局、全員その場で腰を抜かした。
フレデリクもハッとして、マルティンの方をチラッと見てから、何事もなかったかのように元の場所に戻った。騎士団はスンッと何もなかったことにした。マルティンとロベルトも何も見なかったことにした。
「これからはもう悪魔の気配はしませんもの、犯人捜しの役には立ちませんわ」
サンドラはもう目の前の魔物の死体に夢中だ。大きな死体の周りをぐるりと歩き、口元にうっとりと笑みを浮かべた。本人にそんなつもりはないけれど、まさに魔女の如き微笑みであった。
別に死体に見惚れる趣味はない。ただ、昨晩死んだばかりの魔物にはまだ魔力も残っているし、大きな魔石の気配もあったのだ。この魔物の死体と持ち込んだ魔石を使えば、村一つ分くらいの結界を張ることは可能だ。
「強力な結界は難しいですが、村全体に薄っすらと悪魔除けの魔法さえかければ、高等悪魔を探し出せますわ」
「成程、魔石と生贄の補助を使えば、一人でも可能か……」
サンドラの意見にロベルトも顎に手をやって考え込む。彼は魔術については専門ではないけれど、妹の御託を聞き続けてきたおかげでそこそこの知識を持っていた。
それはともかくも、魔物の死骸を前にして話し込む兄妹の姿は、魔族の饗宴という趣きで妙に絵になる。
「高等魔術まで研究しているとは流石はサンドラだ」
「宮廷魔道部隊からも声がかかってしまうのではないか」
「いやですわ、お父様ったら」
しかし、実態は朗らかな家族のお喋りだ。朗らかな笑い声が絵面に合っていない。
父と兄の目にサンドラはただ優秀な魔術師に見えているが、悪魔の存在自体が伝説とされている現代において、対悪魔特化の黒魔術しか扱えない者が、宮廷魔道部隊にスカウトされることはない。要注意人物としてマークされる可能性はあるけれど。
主家と世間の果てしないズレに遠い目をしているフレデリクであったが、村人に動く者があり気を取り直した。例え領主家族がアレでも、今は仕事中である。
「だったらジャンは俺が呼んできまさあ」
手を上げたのはヨシフだった。
「しかし、おまえにも話を聞く必要がある」
「うちの人ならマリーに呼びに行かせればいいよ」
マルティンとジャンの妻が引き留めるけれど、ヨシフは気の良い笑顔で手を振った。
「俺の方が足は早えから、ご領主様は俺が戻ってくるまでにアベールとゴーリーに話しを聞いてりゃいいでさあ」
そう言ってヨシフは走っていってしまった。
「申し訳ございません、あいつはいつもせっかちで……」
失神しているドリストンに代わり、息子が頭を下げる。彼は父に似て中肉中背の特徴のない男だが、精神面はなかなかの強者らしく、領主家族の奇抜な格好にも既に慣れてしまったらしい。
「構わない、ここに連れてくるなら手間が省ける」
「では私はベスターの家に行ってきます」
「私は結界の準備を」
そうして、フェルセン家の面々も一旦別れた。
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