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20.

「そうだな、この魔物を狩った時にその場にいた者は全員前に出なさい」


 マルティンは村人たちに声をかけた。堂々としたその姿は本人としては領主としての威厳を見せたつもりだが、まるきり魔族の頭目である。優し気な顔よりも、首から下がる大きな獣の髑髏が睨みつけてくるようで、村人からは悲鳴を飲み込む声が上がる。


 しかし、前に出てきたのは、先ほど村長と話していた四人だけだ。話によれば現場には六人いたはずであるのに、ここにいるのは昨日の見回り当番だったアベールとヨシフと、木を伐りに森に入ったゴーリーとその息子だけだ。

 別に、村人たちもマルティンの姿を恐れて出られないでいるわけではない。むしろ恰好が恐ろし気なだけで何もしてこないマルティンの方が、追いかけ回してくる魔女の如き令嬢よりもマシだと思った。


 ただ、領主が求めた者がこの場にいなかっただけだ。


「ジャンとベスターは来てねぇのか」

 ドリストンが冷や汗を掻きながら村人たちに呼びかける。今日は領主に魔物が捕まったことを報告して、魔物対策をお願いするだけで終わると思っていたのに、何故だか大事になってきた。しかも領主家族は恐ろしい格好をしている。しくじれば何らかの生贄にされそうだ。片田舎の村長には荷が重すぎる状況だ。


「そう言えばジャンは朝から見てないな」

「うちの人なら家にいるよ」

「父ちゃんは今日はドアの修理をするって言ってた」

 前には出ないが、身を寄せ合う村人の中でジャンの妻と娘が声を上げる。


 サンドラに追いかけ回されていた村人たちは、逃げ場を求めるようにぞろぞろと村長の元へと集まった。村人たちの盾にされたようなドリストンは更に汗を拭き出している。


「ここに集まっているのが全員ではありませんの?」

 一通り村人に杖を突き付けたサンドラは、不思議そうに首を傾げた。声と仕草だけは御令嬢のそれだが、黒いベールの下でザラリと揺れる白い髪は亡霊のようだ。その髪の隙間から覗く赤い瞳が丸まると見開かれ村人たちを凝視するから、村長などはいよいよ泡を吹いて倒れそうなほど怯えている。


 サンドラはまず屋敷の外に出たことがないので、一般的な村の規模など知らない。視界に入る限り家の数も少ないから、この場に集まったのが村人全員だと思っていた。


 だが、ここは森に半分埋まっているような村だから、森の中にも家々が点在しているという。そして、今日は別に村人を集めろという指示はされていないから、ここに集まっているのは暇な野次馬だけだ。


「べスターは朝会ったが……」

「昨日の狩りで怪我をしたと言ってたな」

「リンダも来てないぞ」

「怪我の具合がよくないんじゃないかい」


 押しくらまんじゅうのように身を寄せ合う村人たちも、村長のあまりの怯えように助け舟を出す。小さな村は助け合いで成り立つもの。とは言え、お嬢様は恐いから、村長の後ろでボソボソと言葉を交わすくらいしかできない。

 昨晩の大捕り物に加わっていたベスターは、妻と自宅に籠っているようだ。


「ふむ、怪我人がいるのか、薬箱の用意は」

「ございます」

 マルティンが気遣わし気な声で使用人に訊ねた。使用人は大きな荷物の中から即座に治療セットを取り出す。領内に医者や薬師はいるけれど、この村から一番近い診療所は馬を走らせても一時間はかかる。


 普通は、領内の視察だけなら薬箱だって持っては来ないけれど、今日はなにせ八年ぶりに外出するお嬢様を連れているのだ。その上、そのお嬢様は悪魔との戦闘も視野に入れて準備をしている。当然、怪我をすることも想定して万全の態勢を整えてきた。


「では私はここにいる者たちに話を聞く、ロベルト、その怪我をしたという者の家へ」

「そんな畏れ多い、あの、なんでしたら話をまとめて後日ご報告した方が……」


 恐縮しきった様子で提案したのはヨシフだ。それを聞いてドリストンも慌ててマルティンを止めようとする。

 医者にかかるのも金がいるから、領主から慈善で治療をしてもらえるというのは有難い。だが、一人が特別扱いを受けると他の村人との軋轢が生まれかねない。それを考えると、命に関わる怪我でもなければ特別な治療は受けない方がいい。


 ついでに、弱って家に籠っている時に、突然、毛皮を被った謎の男が押しかけてきたら、それこそ命に関わる精神的ストレスになりかねない。獣の生皮を見慣れた猟師だって、山賊の親玉と対峙したことはないはずだ。


 しかし、マルティンは何よりも人命を優先する善良な性格であった。それは息子にも引き継がれていた。

「いいや、今回は事情を聴くためでもある、治療はついでだ、だからロベルトに行ってもらうんだ」


「任せてください、ベスターに話しを聞いた後はジャンにも」

 父からの指示を受け、ロベルトは頼もしい笑顔で、顔は見えないけれど声の調子だけは頼り甲斐のある嫡子らしく、胸を叩いて見せた。


 使用人たちもそれに従い、治療の心得のあるものはロベルトに付いて行くと直ちに決定する。

 護衛の騎士たちだけは、せめて先ぶれを出して「お宅に魔族のような男が来るけれど領主の嫡男なので無礼のないように」と言っておきたいが、当の領主家族を前にしてそんな無礼な行動はできない。いつも通りを装って人員の割り振りを考えるだけだ。

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