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2.

 あれから八年の時が過ぎた。


 十三歳になったサンドラは立派な引き籠りになっていた。

 悪魔が恐くて恐くて仕方がなく、外に出ることができず、窓に近付くこともできず、知らない人に会うこともできず、困り果てた両親に地下室を貰いそこに引き籠った。


 それでも恐くて、世界中からありとあらゆる魔除けのお守りを取り寄せてもらい、悪魔に関する書籍を読み漁り、悪魔を祓うために魔術の研究もした。

 おかげで希少な黒魔術を使えるようになったが、外に出ることがないので今のところ魔術師として働くこともない。


「サンドラ様、御当主様がおかえりです」

 ノックと共に使用人がドアの向こうから声をかけてくる。この地下室はサンドラの許しがない限り勝手にドアを開ける者もいない。


 父マルティンは公務のため王都へと出向いていた。今日帰ってくることは、昨日のうちに母から聞かされていた。

 だから、サンドラもこうして、防御魔法のかかったドレスを着て、魔除けの首飾りや腕輪や指輪を付けられるだけ付けて、悪魔の目をくらませる黒いローブを被り、部屋中に悪魔感知の魔道具を並べて、父を出迎える用意をしていたのだ。


 悪魔感知の魔道具がちゃんと作動しているか最終確認をしてから、サンドラはそっと扉をちょっとだけ開いた。まだ全部は開けない。

 薄く開かれた扉の隙間から銀色の髪が覗き見えた。更にその長い前髪の隙間から、赤い瞳がぎょろりと覗いた。


「お父様、約束は守ってくださいましたか」


 廊下には父が立っていた。窓のない通路は昼夜問わず暗黒に閉ざされている。人の出入りが制限されている地下では、安全のためにいつも廊下に火を灯しておくわけにはいかないのだ。

 今も灯りは使用人が持ついくつかの蝋燭だけである。闇の中に居並ぶ使用人たちを小さな火がゆらゆら照らす光景は、まるで幽霊の葬列のようであった。


「ああ、サンドラ、おまえに持たされたお守りは肌身離さず持ち歩いていたよ」

 ドアの隙間から覗いた父は、確かに王都へ向かう前に貸した魔除けの腕輪をしっかりと付けていた。


 貴族男性らしい伝統的で品のある、言ってしまうと地味な正装をしたマルティンの片腕には、異様な輝きを放つ腕輪が嵌められている。

 切れ目のない太いバングルは、アクセサリーというより手枷に近い。黒光りする金属の中央には大口を開けた獣がいくつも彫りこまれている。歳相応の品格と落ち着きのある佇まいの中でそこだけが異質、物々しい黒いオーラが見えるような違和感があった。


 サンドラとしては魔除けの品はもっと渡したかったが、あまり装飾品の類をたくさんつけていたら王宮で悪目立ちするというから、一番強力なものに、持ち主が解除しない限り決して外れない魔法をかけて渡したのだった。勿論、持ち主とはサンドラのことだ。

 決して外れない魔法は無理に解除された形跡もないし、かけ直された様子もない。サンドラは狭い視界の中で何度も父を見回して確認する。


 更に、それだけでは済まない。


「合言葉を」


「おお、えーと……アンドロ、リ、シビナ、イムス……」

 父は不安そうな表情だったが、ちゃんと約束の言葉を覚えていた。


 サンドラの部屋に入る時の合言葉だ。悪魔が決して口にできない言葉というのがいくつかあり、それをランダムに合言葉と決めている。

 父が王都へ向かう前に教えて、メモすることも人に教えることも禁止していたがちゃんと覚えていてくれた。マルティンは髪は娘と同じ銀色だから目立たないが、白髪の増える歳になってきても記憶力には自信があった。


 合言葉を言い切った瞬間、地下室の扉が開かれた。

「おかえりなさいませお父様」

 サンドラは完璧な淑女の礼をした、と思われるが、裾を引き摺るほど長いローブで全身を覆っているため、扉を開けても姿はほとんどわからない。


「ただいまサンドラ」

 ようやく部屋に迎え入れられたマルティンだが、父が一歩部屋に入った瞬間、悪魔の魔力を感知する魔道具を突き付け、頭のてっぺんから爪先まで辿る。


 棍棒の先に猿のような生き物の剥製が付いた気味の悪い魔道具を突き付けられても、マルティンは表情一つ変えずに黙って佇んでいる。後ろに控えていた使用人たちも、部屋に入ることなく廊下に整列して黙っているだけだ。

 正面からだけではなく右からも左からも後ろからも、父の周りを二周してから、サンドラは魔道具を下ろした。


「どうぞお座りになって、今お茶を用意しますね」

「おまえが元気そうで何よりだ」


 娘のこの奇行を目の当たりにしても、マルティンは笑顔で娘の勧める椅子に腰かけた。

 かれこれ八年も悪魔恐怖症の娘の奇行に振り回されていれば、家族も案外慣れるものだ。


 椅子も悪魔が決して座れない魔法がかかっているという、どこか山奥の部落から取り寄せた禍々しい彫刻の施された代物だが、当主は特に気にせず腰を下ろす。腰を下ろしたマルティンこそ悪魔の頭目のような絵面になってしまう。


 フェルセン家の使用人たちも慣れたものだったが、その中に一人だけ、地下に下りてからの謎の儀式に戸惑いの顔をする者がいた。


「お嬢様、お茶なら私が」


「ひぇぇええ?! 悪魔!! 悪魔が来たのね!!」


 マルティンの後ろに控えていた使用人の一人が気を利かせた途端、サンドラが発狂した。

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本人は至って真面目に怖がっているのにどこかコミカルで微笑ましく見えてほっこりしました
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