18.
死んでいる鳥が動いて鳴いている。ゾッとする光景に、騎士団も村人も杖を見上げたまま固まっている。マルティンとロベルトも流石に怪訝な表情をしていた。
サンドラだけが優雅にドレスの裾を揺らして一歩前へ踏み出した。
ただ、優雅に見えたのは本人も予想外の出来事に呆然としていたせいだ。
悪魔対策に身を投じて八年、その間に遭遇した悪魔と言えば、悪魔とも言えない魑魅魍魎くらいだ。この世界では現在、悪魔とは伝説上の存在になりつつある。サンドラが悪魔の存在を信じる根拠は前世の記憶のみ、つまりは不確かな己の思い込みしかなかったわけだ。
この村には間違いなく悪魔がいるという確信を持ってやって来た。この杖の先にいる鳥は、死して尚悪魔を狩る地獄鳥であることも疑っていなかった。
しかし、その鳥が初めて悪魔を感知して鳴き声を上げた瞬間、サンドラも「あ、これ本当に使えるんだ」という感想を持たずにいられなかった。
だが、しかし、呆然としているわけにはいかない。前世の記憶を取り戻してから今日まで、サンドラは打倒悪魔を掲げて一心不乱に引き籠ってきたのだから。
「その魔物を仕留めた猟師を連れてきてくださいまし」
気持ちだけは凛とした声で堂々と言い放った。
「と伝えてくださいましお兄様」
如何せん引き籠りが長かったせいで、注目を集めている中で喋るなんてできるわけがない。背中を丸め、兄の魔物皮の影に隠れて、蚊の鳴くような声でボソボソと囁くのが精一杯だ。
「その魔物を仕留めたのは誰だ?」
妹に代わってロベルトが訪ねた。こちらはちゃんと全員に届く声量ではきはきと喋っているけれど、如何せん見た目が山賊の親玉なので、村人は怯えた顔で身を寄せ合うばかりだ。
「仕留めたのは、えー、ありゃ、誰だったか?」
ドリストンが何故か首を傾げた。隣にいた息子も覚束ない表情で村人を見回した。魔物を担いできた男たちもお互いの顔を見合わせている。
曰く、行方不明者が出てからは、捜索や調査のために村人たちが交代で森の中を見回っていた。
森で何が起きるかもわからないから、三人から五人程度のグループで常に行動していたという。昨晩、魔物を狩った時も見回り当番が四人いたから、はっきりと誰が狩ったかというのは確認していなかったそうだ。
「ええと、昨日見回ってたのはアベールとジャンとヨシフ、あと、ベスターだったか」
「あれ? 報告に来たのは見回りのやつらじゃなかったはず」
村長と息子が話し合っていると、四人の男がおどおどと話に入ってきた。そのうちの一人はまだ子供だ。
「魔物を見つけたのはゴーリーじゃなかったか」
「木を伐りに森に入っていただろ」
木こりのアベールとヨシフは、昨日の見回り当番だったため森に入っていた。見回りの途中で森の中で木を伐っていたゴーリーとその息子に遭遇し、少し世間話をしてすぐに別れたという。
その後すぐに魔物が出たと誰かが声を上げたから、慌てて物音のする方へと走ったそうだ。悲鳴のような声だったから、誰の声だったか判然としないらしい。
「俺は魔物は見てねえ、息子が先に声を上げて……」
「最初に魔物を追ってたのはジャンだったよ」
ゴーリーは息子を見下ろして言うが、息子は首を振ってアベールたちを見返した。
子供の話しでは父が木を伐っている最中に走ってくる人影が見えたから、木が倒れるぞと注意をしに行った。そうすると、大きな獣と斧を持った人が走り抜けていったという。
木々が邪魔でよく見えなかったけれど、おそらく獣を追っていたのは木こりのジャンだったと思う、と心許なく証言した。
「止めを刺したのはアベールじゃ……」
「いやいやあのナイフはベスターのもんだ」
ゴーリーは息子を連れてすぐに逃げたという。魔物を追っていたジャンと、既に抗戦していたベスターと合流して、アベールとヨシフも魔物と対峙した。昨日の見回り当番の中で専業の猟師はベスターだけだった。他の男たちの武器は斧や鎌だったそうだ。
しかし、なにせ森の中、統率のとれた兵隊でもないから、木の間を駆け回る魔物を追いかけ、見回り当番だった四人は無我夢中で斧やナイフを振り回した。そうして、なんとか村に入られる前に倒せたということだ。
「ふーむ、むむむ……?」
「結局、誰が仕留めたんだ?」
話しを聞き終わっても、マルティンとロベルトは眉間に皺を寄せる。誰の意見も中途半端で、誰が見つけたのかも誰が仕留めたのかも判然としない。
当の魔物の亡骸を見ても、あちこちに切り傷や打撲痕があるため、どれが致命傷かはわからない。よく見れば肋骨が浮くほど痩せこけているから、昨晩の戦闘ではなく、飢餓か病で死んだ可能性もある。
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