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17.

「ご、ご、ご領主様、そ、その姿は……?」

 ガタガタと震えつつも村長を支えて訪ねてきた青年は、おそらく村長の息子か孫だ。挨拶もせずに伯爵に声をかけるなんて無礼千万ではあるけれど、今この状況では仕方がない。騎士も使用人も咎める者は誰もいなかった。


「ああ、驚かせてしまったな、これは気にしないでくれ、ただの魔除けだから」

「ただの、まよけ……?」


 マルティンも心の広い貴族なので、平民の無礼の一つや二つで目くじらを立てるつもりはない。

 ロベルトも心優しい青年だから、無礼を咎めるどころか、突然座り込んだ村長を心配そうに見ている。顔が見えないけれど、たぶん形の良い眉を下げているだろう。


「どうしたんだ、具合が悪いのなら家に送ろう」

 しかし、村長が腰を抜かした原因はわかっていないから、ロベルトは上に立つものの当然の気遣いとして手を貸そうとする。


「ひぇええ!! 大丈夫です!! 申し訳ありません!!」

 村長を支える青年は、歩み寄ってきた魔物の毛皮を被った男に怯えに怯え、ブンブン頭を下げながら村長を引っ張り起こすという器用な真似をした。


 そもそも身分の高い者と接する機会の少ない田舎者だ。礼儀作法なんてほとんど知らないのに、たぶん領主の家族だと思われるが、魔物の毛皮を被ったみょうちきりんな輩に対して、どのように接するのが正しいのかなんてわかるはずもない。

 近くで見ていたフレデリクですら、未だに魔除けを堂々と着こなす主家のみなさんへの接し方は戸惑うばかりなのだ。村長たちの気持ちは痛いほどわかる。


「し、し、し、失礼いたしました、私はアロア村の長をしとりますドリストンと申します、これは私の倅です、ご領主様は、その、ええ、あの、えらく都会的なお姿で、ええ、ご機嫌よろしく……」


 気を取り直した村長が挨拶を続ける。マルティンたちの恰好は、きっと王都での流行りなのだろうと無理矢理納得したらしい。

 間違っても王都でだってこんなフェンキーでクレイジーな服装な流行っていないけれど、村から出たこともない田舎者たちにはそう思わせておくのが無難だろうと、屋敷から付いてきた使用人たちも何も言わないでおいた。


「早速だが、行方不明者がいるという報告を受けたが」

 マルティンも笑顔で応答する。自領の領民であろうと、領主を前にして緊張でどもってしまう輩はよくいる。大汗を掻いて挙動不審なドリストンの態度も、マルティンは笑顔で見守っていた。首飾りの大きな獣の髑髏も、心なしか弱き者を憐れむ笑みを浮かべているように見える。


 そんなマルティンの大らかな心が伝わり、ドリストンも少しは落ち着きを取り戻した。やはり王都で変な服装が流行っているだけで、まさか自分の領地を治める立派な方が魔族のような輩なわけがない、と己に言い聞かせる。

「へえ、そのことなのですが、申し訳ごぜぇません行き違いになりまして、ご報告するのが遅れてしまいまして」


「なんだ、行方不明の者が帰ってきたのか」

「いいえ、そうではねぇのですが……」

 ペコペコしていたドリストンが合図すると、村の男たちが大きなものを担いでぞろぞろとやって来た。

 男が数人がかりで持ってきたのは大きな獣の死骸だ。


 丸太に前足と後足を括りつけて六人がかりで担いでいるが、それでも引き摺ってしまいそうなほど多きい。熊のような身体に狼のような頭、額から鼻っ柱まで三本の角が生えているから、ただの動物ではなく魔物であることは明らかだ。


「これは……」

「へえ、ホーンベアとグリーンウルフの混ざりもんだろうと思います、近頃じゃ、今までにない魔物が出てきていると聞きますし」

 近頃とは魔王が復活してからのことだろう。言われてみれば毛並みはほとんど茶色だが、背中の鬣は緑色をしている。角のある熊ホーンベアと風魔法を使うグリーンウルフの特徴を兼ね備えていた。


「村の猟師が昨晩獲ってきまして、こいつが村の者を食ってたにちげぇねぇと」

 この魔物が捕まったから、ドリストンは行方不明事件はこれで解決だと考えたらしい。


 マルティンとしても、行方不明者は魔物に食べられたのだろうという線は考えていたから、村長の意見には疑うところは特にない。

 このような大きな魔物が領地内で出没するようになったというのは由々しき事態だが、今日は行方不明事件の調査としてきたのだ。魔物対策を講じるならば、計画を立て直して再度訪問するべきだろう。


 せっかくこのように大所帯で出向いたけれど、このまま帰るか、別の村を見に行くか、フレデリクと相談しようとマルティンが考えていたその時、ギャアッと鳥の醜い鳴き声がすぐ近くで聞こえた。


 その場の全員の視線がサンドラに集まった。


 正確には、みんな彼女の持っている杖の先端にある鳥の剥製を凝視した。


 すっかり剥製だと思っていた鳥が、大口を開けてもう一度ギャアッと鳴く。


「え、生きてたのか……?」

 騎士団の中からそんな声が零れたが、誰も咎める者はいない。鳥は間違いなく生きていない。馬車に揺られている間も微動だにせず、ガラス玉のように透明な眼は間違いなくガラス玉である。

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