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16.

 かなりの大所帯になってしまった視察団は、しかし道のりは順調だった。


 なにせ、馬車の中にいる人たちの格好が奇抜というだけで、ただの領内の見回りなのだから、正直言えば騎士の数人だけでも足る仕事である。

 さっきまでの雷雲も嘘だったかのように、天候は回復し青空が広がっている。もしかすると、さっきの雷雲はフェルセン家の人々の不穏な服装が見せた幻だったのかもしれない。


 伯爵とその嫡男、更に御令嬢まで同行しているから、フェルセン家にある一番大きな馬車を出すことになったが、それでもサンドラの持っている杖は収まらなかった。

 外にいる使用人か騎士が持つというのも、サンドラは了承しなかったので、仕方なく馬車の天窓を開けて杖の先端を出している。


 たぶんきっと、馬車の背が高いから、近くにいれば屋根から飛び出す奇怪な骸骨と鳥の剥製は見えないだろうし、遠くからもおそらく変な飾りが付いているとしか思われないだろう。そうであってほしいと騎士団は切に願っていた。


「丁度良うございましたわ、杖が外に出ている方が悪魔を感知し易いですもの」

 馬車に揺られているサンドラは暢気なもんで、天井を突き抜けている杖を虫干しするような気分で見上げている。


「よかったねサンドラ、私もやはり外に出たかったな、窓からじゃよく見えないや」

 サンドラの隣に座るロベルトは不満そうに小さな窓を覗き込んでいる。やはり被り物のせいで視界が大分狭いようで、更に馬車の窓越しだとほとんど外は見えないらしい。


 彼は初め御者の隣に座って、移動の間も領内を見ていたいと言っていた。時期領主としての責任感ある態度だが、それを騎士団長は必至に説得して馬車の中に押し込んだのだ。

 魔物の着ぐるみを来た男が座っていたら、村人たちが恐がって変な噂が立つに決まっている。なんなら、旅芸人か見世物小屋かと思われて子供らが集まってきかねない。


 サンドラも本心では外に興味があった。領主館に引き籠って八年、その前もまだ幼くて屋敷の周りくらいしか出歩いたことはない。

 前世に読んだ漫画の知識で、フェルセン伯爵領は取り立てて見どころもなく、まさしく絵に描いたような近世の西洋の田舎そのものであることは知っている。

 だが、サンドラはそもそも近世の西洋の田舎を実際に見たことはない。だから見てみたい気持ちはある。伯爵家に連なる者として自領を実際に見るべきだとも思う。


 だがしかし、今はまだ悪魔への恐怖の方が勝る。屋敷から出たというだけで、悪魔恐怖症を克服したわけではないのだ。

 せっかく異世界転生というオタクならば一度は夢見る状況に陥ったというのに、悪魔という脅威がこの状況を楽しむのを阻んでいる。


「おのれ悪魔……おのれ悪魔……おのれ悪魔……」


 サンドラが杖に縋るように背を丸め、長い前髪を垂らし、ブツブツと恨み言を呟き始めたが、同乗するマルティンとロベルトはそっと見守るだけだ。奇声を上げ始めたら悪魔祓いの準備を始めるが、悪魔への恨みを漏らすだけならば問題ない。家族は呪詛を撒き散らす魔女の如き末娘の姿はすっかり見慣れていた。


 外では馬車の中から聞こえる不気味な声に騎士たちが慄いていたが、必死に堂々とした態度を心掛けている。ここで自分たちまで青い顔をしていたら、不穏な格好をしたみなさんを馬車の中に押し込んだ意味がなくなってしまう。

 どうせ、目的の村についたら魔族の戦士も魔女も魔獣も外に出るから、変な噂が立つのは避けられないが、フレデリクは主家の不名誉は最低限に抑えたかった。


 護衛たちの切なる願いはともかくとして、騎士と歩兵と大荷物を持った使用人たちをぞろぞろ引き攣れた大きな馬車は、田舎でも綺麗に整備された道をのんびりと進み、昼頃には目的地に到着した。


 アロア村出身の庭師の話し通り、特にこれと言った特徴もない平凡な田舎の村である。

 森に隣接していることもあって主要な産業は林業、村の男たちはほとんどが木こりで、兼業で猟もする。専業の猟師は数人いるくらいだ。家ごとに畑はあるけれど、家族で食べるだけの家庭菜園程度の収穫量だという。村人たちは基本的に純朴で問題のある輩もいない。


 村には今日領主一行が来ることは伝えてあったが、行事も少ない田舎では、大きな馬車が来たというだけで村人たちが集まってしまう。馬車の前に杖を突いて歩いてきたのが村長だ。


「ご領主様、本日は我々の村に起こし下さりヒ、ひぇえっ?!」


 頭を下げ定型の挨拶を述べていた村長だったが、馬車から出てきたマルティンの姿を見て悲鳴を上げた。更にぞろぞろとロベルトとサンドラも出てくるのを見て、一歩二歩後ずさって腰を抜かしてしまう。


 彼らの登場に合わせて、朗らかな陽気に包まれていた田舎の村が、なんだか薄暗く陰気な森深い集落に変貌したようにも感じる。

 たぶんきっと気のせいだと思うけれど、気温が一度下がったような、明度が一段下がったような、長閑なカントリー映画が突如ホラー映画に変貌したような、怖気立つ感覚に不慣れな騎士団は身を震わせた。


 村人たちも領主一家の姿を見て、身を寄せ合いどよめいている。これは朝のうちに先ぶれを出して領主一家の服装を村人に報せておくべきだった、とフレデリクは密かに頭を抱えた。

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