15.
二人の後から、しばらくもせずマルティンとカリーナも姿を現した。
マルティンは外出用の軽装で、馬車での移動になったが一応馬にも乗れるような装備を身に着けている。カリーナは留守番なのでいつものドレス姿だ。
ロベルトとサンドラの禍々しい姿を見た後では、伯爵夫妻の極々平凡な格好が聖人のように見える。例え夫人の美しい髪から干からびた魔物の手のようなものが飛び出していても、遠目ならば小枝を模した髪飾りに見えなくもない。
騎士たちは背筋を伸ばし、伯爵家の人々をなるべく見ないように心掛けた。誰が言ったわけでもないが、全員が「俺は何も見ていない」という合言葉を胸に目を細める。
「サンドラちゃん、気分の優れないところはなくて? あまり陽に当たっては駄目よ、お外は慣れていないのだから」
「問題ありませんわお母様、こんな晴れやかな曇り空ですもの」
曇り空で晴れやかとはどういうことだろうか、フレデリクは心の中でツッコミをグッと堪えた。
「ああ、サンドラちゃんがっ、お外に……っ!!」
「大変喜ばしいことです」
まだ屋敷の玄関先ではあるものの、八年間屋内に引き籠っていた娘が空の下にいることに、カリーナは感極まって涙ぐんだ。
夫人にハンカチを差し出すトビアスも大きく頷いている。歳若い令嬢に有るまじき野暮ったいドレスも、悍ましい剥製の乗った杖も、いつものことなので気にしない。
「気になることがあればすぐに私やロベルトに言いなさい、決して無茶をしてはいけないよ」
マルティンも感動し、たかが領内の視察だが大変張り切っていた。もっと準備期間があれば、大々的に領内に通達して道々で祭りでも催したいくらいだったが、幸いなことに傍迷惑なお嬢様外出記念祭を企画する暇はなかった。
「ありがとうございますお父様、承知いたしましたわ」
当のサンドラは外に出たくらいでは燥がない。今は悪魔を倒すことで頭がいっぱいなのだ。どんな悪魔がどれだけいるのかもわからないから、頭の中は世界中のありとあらゆる宗教の魔術が渦巻いている。なんなら前世の知識も渦巻いている。
そして、残念なことに、前世からサンドラは周囲の視線を気にする性質ではなかった。
やりたいことにのみ全力投球するオタク気質だったため、自分の外見など二の次である。服装は実用性一辺倒か、自分の好きなものを詰め込むにいいだけ詰め込んだ推しコーディネートしか知らない。
だから、前世まで知識を遡ったところで、今の自分の外見については何ら疑問も抱かない。悪魔に立ち向かうという強い意志と、悪魔対策一辺倒の服装でもって、どこからどう見ても一番悪魔のような見た目になっていることに、本人ばかりは気付かないのだった。
ただ、この場では、お嬢様の奇行に慣れていない騎士たちだけが、サンドラの只ならぬ雰囲気に息を飲んでいた。ただ姿を見せただけで、令嬢は悪魔に憑りつかれているという噂が真実味を増してしまう。
「ではお父様もこちらを」
サンドラが後ろに視線で合図する。黒いベールで視線も見えないが、たぶん黒いベールが微かに揺れたから視線を向けたのだろう。
そうすると、大きな荷物を持っていたフリーダが心得たという顔で一歩前に出た。彼女も今日はサンドラに同行する。両耳に付けた目玉のイヤリングがギョロギョロと揺れ、服装は黒いローブ以外至って普通のメイドなのに、魔女の使い魔の如き出で立ちだ。
彼女の持っていたのは、トランクケースではない大きな箱だ。持ち運び用ではない入れ物はこの場に置いていく。それを開けば、大きな獣の頭蓋骨がゴロゴロと三つも入っていた。
「首飾りです」
「くっ……ゴホッゴホッ失敬」
首飾りかよ!? というツッコミが口まで出かかって、フレデリクは慌てて咳払いで誤魔化した。
サンドラが持ち上げてみれば、確かに頭蓋骨たちは紐で繋がっているし、ところどころに色とりどりの石や房飾りも着いている。しかし、頭蓋骨のインパクトが大き過ぎて、身に着ける装飾品とは思えない。
「ああ、今日の魔除けだね」
マルティンは何事もない様子で受け取り、平然と身に着けた。余りの大きさに首にかけるだけでも妻と息子に手伝ってもらっているが、それが返って、恭しく首飾りを身に着けさせる魔王のような光景になっている。
今日の魔除けという言葉のインパクトにも騎士団は着いて行けないのに、フェルセン家の方々に何の躊躇いも疑問もない様子に、いよいよ騎士たちの顔色が悪くなる。
「ハハハ、これはまた張り切ったねサンドラ」
娘から贈られた首飾りを、妻と息子にかけてもらったマルティンはむしろご機嫌だ。
「あら、今日のジャケットとお色がピッタリですわね」
カリーナの言う通り、マルティンの青い上着と首飾りの房飾りがだいたい同色で、色味は合っているけれど、頭蓋骨が大き過ぎて首飾りというより鎧になっている。
奇しくも、中央の一番大きな頭蓋骨が胸を覆い、左右の小ぶりな頭蓋骨が肩に乗っているから、鎧ではないけれど、鎧としては完璧な配置だ。
こうして、魔女と魔獣に、更に魔族の戦士の如きマルティンが加わり、本日の領内視察を行うメンツは揃った。
「では出発しよう」
マルティンの声に、騎士団は脊髄反射で背筋を伸ばし敬礼したが、心の中はみんな同じだ。
こんな連中の護衛するのかよ~~~~?! という心の叫びを察したように、屋敷の周りのカラスたちが一斉に飛び立ち、雲の中でゴロゴロと雷鳴が唸る。
魔族の軍行ならば相応しい門出だが、伯爵家のただの領内視察としては大変に不穏な出発であった。
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