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14.

 魔女みたいなのが出てきた、と騎士団長は遠い目をしていた。


 視察へ向かう朝、ロベルトにエスコートされて館から出てきたサンドラは、見紛うことなく魔女だった。


 先ほどまで辛うじて雲間から差していた陽光も、館から歩み出た魔女に遠慮したかのように、黒雲に覆い隠されてしまった。

 朝とは思えないほど暗い空の元、サンドラと彼女の手を取るロベルトの姿は、この世に迷い込んだ悪魔の如き光景である。


 サンドラの真っ黒いドレスと真っ黒いベールは仕立ても良く、流石は伯爵令嬢と言えるところだが、しかし頭から爪先まで真っ黒だし、ベールと長い前髪に顔は完全に隠れていて前が見えているのか心配になる。

 父親似の銀髪は美しい輝きを纏っているはずだが、黒いレースの下に隠されると、老婆の白髪のようにどこか不気味なものに見えてしまう。

 だが、それだけならばまだよかった。問題は首にかけている大きなロザリオと、手に持った大きな杖である。

 ロザリオは一見すると美しい装飾の施されたただの十字架だが、よく見れば中心の大きな宝石には何者かが嘆いているような顔が彫られている。

 酷く不気味な上に、たまに顔が動いているようにも見えるが、あれはただの彫刻だと思いたい。

 大きな杖は見るからに禍々しい。持ち主よりも長い杖の先端には獣の頭蓋骨と黒い鳥の剥製が乗せられ、黒曜石のような支柱には毒々しい色の爬虫類の皮が巻き付けられている。どっからどう見ても魔族の親玉が持っていそうな杖だ。


 正門前に並んでいた騎士団の面々も、ざわめきをグッと堪えた気配があった。

 フレデリクの耳に「魔女だ」という囁きが聞こえたが、背後でドスドスと小突き合う音も聞こえて、それ以上の私語は上がらなかった。昨日の作戦会議で厳命したことが守られている。


「サンドラ、今日はそれだけでいいのかい? 久しぶりに外へ出るというのに軽装じゃないか」

 ロベルトの心配そうな声に、これで軽装なのかよ、とフレデリクは心の中で驚愕する。

 だが、それ以上にロベルトの格好も大変なことになっていて、フレデリクはここで一歩前に出て挨拶をするべきなのに、身体も動かないし口も開けない。


 ロベルトは普通に外に出るので、騎士団の面々も彼が平凡な貴族令息であることはよく知っている。常にどこかに変な装飾品を一つは身に着けているけれど、それも「妹からのプレゼントなんだ」と嬉しそうにする姿を見れば、変な感性の持ち主だとは思えなかった。


 そんな平凡な貴族令息が、今は何故か赤い魔物の毛皮を被っていた。

 毛皮で衣装を仕立てるのは別に珍しいことではないが、ロベルトが被っているのは魔物そのままの、剥製にされた頭部や鍵爪まで付いている毛皮である。

 おそらく元は二メートルはある魔物だったのだろう。そこそこ長身のロベルトが被っても足の方は引き摺ってしまう。毛皮のマントというより、本物の毛皮で作った着ぐるみを着ているような有様だ。

 魔物の真っ赤な毛並みが美しいと言えなくもないが、ロベルトの母親譲りの艶やかな茶色い髪も、父親譲りの爽やかな青い瞳も、禍々しい魔物の毛皮に覆い隠されている。

 今の彼を見て貴族令息だと思う者はいないだろう。毛皮の下はきっちりとしたスーツを着ているのに、どこかの山賊の頭のような無残な姿だった。


「良いのですお兄様、悪魔除けばかり身に着けていると当の悪魔が逃げてしまいますわ、道具は別に用意しております」

 そう言ってサンドラが振り返った先には、大きなトランクケースを持った使用人が二人並んでいた。今回はスウェンだけでは持ち切れなかったので、もう一人従僕が付いている。

 一つだけでも長期出張にでも行くのかというトランクケースを、一人につき二つずつ持っているから、外国へ留学にでも行くかのような大荷物だ。

 明らかに日帰りで領内を見て回るような荷物ではない。


「なるほど、敢えて装備を軽くして我が身を囮にするつもりだな、なんて献身的な子だろう、でも無茶をしてはいけないよ」

 近付くもの全て呪いそうな出で立ちのサンドラを見て、即座に献身的な計画を理解するロベルトは流石だ。


「はい、悪魔を殲滅するまでうかうか死んでなどいられませんわ」

 サンドラは間違ったことは言っていないのに恐い。声だけは控えめな小鳥の囀りのようなところが尚更に恐い。


「ご、ご、ご機嫌麗しゅうロベルト様、サンドラお嬢様、本日護衛を勤めさせていただきます者たちです」

 意を決した引き攣り笑顔で、フレデリクはようやく一歩前へ踏み出した。


 門前に控えていた騎士たちは動揺を押し隠しつつ、なんとか礼儀正しく主家の嫡男と令嬢に敬礼をする。後ろに控えている屋敷内の使用人たちが、何故あれほど平然としていられるのか不思議でならない。

「ああ、よろしく頼む、父上ももう出て来られるだろう」

 ロベルトは笑顔で、魔物の頭を被っているため顔が見えないがたぶん笑顔で、騎士団長とその後ろの騎士たちに声をかけた。


 サンドラは外の者と顔を合わせるのも八年ぶりなので、兄の背に隠れるようにして一礼するのが精一杯だ。ロベルトはそんな妹を無理に前に出そうとはしない。守るように妹の肩を抱き寄せる。

 貴族令息として頼もしくも優雅な身のこなしのはずなのだが、如何せん魔物の毛皮に覆われているので、何をしてもおどろおどろしく、全てのものを威嚇しているようにしか見えない。兄妹寄り添う姿は魔女と魔物のキメラのようだ。


「お兄様はそのマントを決して取らないでくださいまし、悪魔を食らう北の神獣バナースパチーの毛皮ですのよ」

「ああ、サンドラからのプレゼントだからね」


 ただの装飾品ではないとは思っていたが、想像以上になんかすごい物らしい。神獣って殺して毛皮剥いでも良いのだろうか、と思わないでもないが、騎士団の面々は命令が無くても絶対に触れないようにしようと心に決める。

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