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13.

 悪魔とは御伽噺に登場するあの悪魔だろうか、と首を傾げる。今日になって団長は首を傾げてばかりだなと思うけれど、この世界での悪魔の認識はそんなもんだった。

 近くにいた副団長もぽかんと口を開けている。一緒に話していた庭師は、何か恐ろしい記憶が蘇ったように頭を抱えていた。彼が悪魔と聞いて思い浮かべるのは、昨晩のお嬢様の姿だった。別にお嬢様が悪魔だなんて思っていない。悪魔のように恐ろしい姿をしていたと思うだけだ。


 魔法を使う魔物や魔族というものは存在が確認されている。魔王が復活してからその数が激増しているし、各地で被害も増えているし、討伐数も増えていると聞く。しかし、悪魔の目撃情報や被害については上がっていなかった。


 遥か昔の記録には大悪魔が人を誑かしたという記述はいくつか残っているけれど、それを証明できる現実的な物証は何も残っていない。なにせ、悪魔というものは魔界からやってくる実体のない悪意を持つ何かだというのだ。実態がないから物的証拠も残るわけがない。

 そのために、現在の魔法学会での見解は、人に害を成す精霊などを古代人は悪魔と呼んでいたのではないか、という考えに落ち着いている。


 だから、大真面目にお嬢様が悪魔祓いをすると言う執事長は、騎士団長の目には滑稽に映った。傍で聞いていた副団長も怪訝な表情をしている。


 そんな視線を受けてもトビアスは平然としていた。今日は魔除けのブローチをループタイとして着けている。きっちりした執事服の中で、毒々しい色のブローチがギラギラと輝き、彼の現実離れした話しを肯定しているようだ。

「はい、悪魔祓いです、いえ、明日の視察でどこまでのことをするかはお嬢様しか知り得ませんが、悪魔探しをすることになるのは間違いないでしょう」


「は、はあ……いやいや、本気ですか?」

 辛うじて「正気ですか」という問いかけは口にしなかった。フレデリクも一応はお嬢様の悪魔除けの儀式を受けたことのある人間だ。しかし、それは五年も前の、子どものお遊びのようなものだと思っていたのだ。

 そんな子供のお遊びに、この真面目で優秀と名高い執事長が未だに本気で付き合っているという。


 フレデリクの問いかけに、トビアスもさもありなんと思った。彼は大変優秀で冷静な性格であったので、他所から見てフェルセン家御令嬢の言動は常軌を逸していることも、よくよく理解していた。


 だがしかし、理解した上で、トビアスはフェルセン伯爵家の忠実なる従者であるのだった。


「よろしいですか騎士団長殿、悪魔が存在するかどうか、あなたが信じるかどうかは関係ないのです、サンドラお嬢様が悪魔を祓うというのなら、それを実行するために尽力するのが我々の仕事なのです」


 トビアスは至って真面目な顔で静かに言った。変な熱に浮かされていたり、イカレた目をしているわけでもなかった。

「……な、なるほど」

 フレデリクはそれしか言えなかった。彼もあくまでフェルセン家の従者の一人に過ぎない。例え御令嬢が頭の心配な女の子であろうと、当主や嫡男は真っ当である。あの変な服装も末娘に付き合っているだけというなら、まだ転職を考えるには時期尚早であると思えた。


 ゆーんゆーんと脳味噌が揺れるほどに理解は追いつかないけれど、フレデリクはとりあえず目先の仕事に集中することに決めた。

 トビアスも一旦使用人部屋に戻って明日同行する人員を連れてくるというので、フレデリクは副団長と共に庭師にアロア村の詳細を訊ねることにした。


「あの噂、本当だったんですね」

「おい言うな」


 副団長の言葉をフレデリクはすぐさま遮った。他に人の気配はないけれど、聞かれていなくても主家の噂話をするのはよろしくない。傍にいる庭師に目をやるが、こちらも御令嬢の噂は知っている様子だ。

「だって、屋敷内どころかこの辺の者みんな噂してますよ」

 遮ったところで口は塞げない。副団長の言う通り噂は領地全体に広まっている。なにせ使用人たちがみんな実家に帰る度にお嬢様の奇妙な儀式の話しをするのだ。


「お嬢様は魔女だって」


 副団長の言う通り、サンドラの領内での認識は怪しげな魔法の研究をしている魔女だ。悪魔に憑りつかれているから外に出られないなんて噂もある。


 フレデリクも気まずそうな顔をするものの、何も言わない。こういことは無理に口止めすると信ぴょう性を増してしまうことはわかっている。当主からも特に口止めはされていない。

 それもそのはず、フェルセン家の面々はサンドラの行いを悪いことだとは一欠片も思っていないのだから、口止めする理由がない。むしろ我が子の勤勉さが領内に広まっていてマルティンなどは鼻高々なくらいだ。


「その呼び方は止めろ、お嬢様は魔術の研究をなさっているだけだと聞いている、いいか、魔女などという呼び方は絶対にしないように、団員たちにも徹底しておかなければ」

「そうしてください、あとお嬢様の前で迂闊に悪魔という言葉も使わないよう厳命してください」

「ひえっ?!」


 フレデリクの声にかぶさるようにトビアスの声が上がった。いつの間にか背後に立っていた執事長に、フレデリクのみならず副団長も庭師も跳び上がっている。


「おおおお早いですな、他のものは……?」

「はい、すぐに来ます、いいですね、お嬢様の前で悪魔という単語は御法度です、魔女は気にしないので構いません」

「構わんのですか……」

 女の子に対して魔女という方が悪口っぽいと思うのだが、トビアスの忠告にフレデリクは複雑な表情をした。


 しかし、やっぱりお嬢様は引っ込み思案で繊細なだけなのだ。あの大らかな伯爵の娘なのだから、少なくとも噂話にいちいち目くじら立てるような御仁ではない。

 フレデリクは自分に言い聞かせるように考えを改めた。魔女だと噂されているからと言って、本当に魔女みたいな女が出てくるわけがない、と。

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