12.
とにかく、見るからに恐ろしい場所で、見るからに恐ろし気な御令嬢に詰め寄られて、村の規模や地理や人口だけでなく、植生や地質、村人の気質や人間関係に到るまで、一晩中質問攻めにあったのだった。
幸いなことに男は庭師であったから、地理や植生についてはそこそこ正確に答えられたが、村人一人一人の性格や人間関係なんて詳しく知るわけもない。
だが、初めて出会うお嬢様のお嬢様らしからぬ不気味さと迫力に気圧されて、両親の馴れ初めや、幼馴染の過去の失態などなど、知り得る限りの個人情報を全てぶちまけてしまったのだった。
あの恐怖の尋問徹夜コースを乗り切った庭師は、目の下に薄っすら隈をこさえていたが、新たなステージに立った者の顔をしていた。この場では緊張こそすれど、恐くはないし労働時間も守ってくれる。自分は既に家族知人にしばらく顔向けできないほどの暴露話をしてしまっている。もう何も失うものなどない。そんな半分自暴自棄になっている表情だった。
「サンドラはとてもヤル気だ、きっと荷物も増えるだろうし現地での作業も増えるだろうから、メイドだけじゃなく力仕事のできる者も付けるように」
ロベルトから指示されているのはメイド頭だ。これには騎士団の副団長から声が上がった。
「恐れながら、力仕事ならば騎士団から……」
彼としては存在も疑われるほどの引き籠り令嬢が外に出るというだけで、行き先はなんてことはない領内である。当主の命令であるから護衛の人数は増やすけれど、盗賊や狂暴な魔物の出現情報もないので、護衛は形だけのものになるだろうと考えていた。
だから、暇を持て余すと思われる騎士たちに別の仕事を割り振るのもお安い御用、のはずであったが、ロベルトだけでなく執事長やメイド頭からも睨まれてしまった。この視線にはフレデリクも困惑の表情を浮かべた。
「申し出は有難いが、サンドラの行動はとても特殊で繊細なんだ、慣れている者に手伝いを頼みたい、頼めるねトビアス」
ロベルトの声は真剣だった。干からびた蜥蜴がゆらゆらしていなければ、雰囲気も伯爵家次期当主に相応しい威厳を醸していただろうに、趣味の悪い帽子が全てを台無しにしている。
だが、声をかけられたトビアスは、趣味の悪い帽子など存在しないかのようにロベルトの目を真っ直ぐ見て、胸に片手を当てて生真面目に応じた。
「勿論でございます、サンドラお嬢様の日課はメイド頭ともども把握しております」
「はい、お嬢様の嗜みは心得ております、私どもも多少なり手ほどきを受けております」
メイド頭もビシッと背筋を伸ばして礼をする。
二人があまりに平然としているため、嫡子の変てこな帽子と伯爵の趣味の悪いベストは自分たちにしか見えていないのではないか、と騎士団の団長と副団長は密かに顔を見合わせて瞬きを繰り返す。
しかし、顔色の悪い庭師と、そっと目を背け続ける料理長を見れば、主家の恰好がおかしいと思ってるのは自分たちだけでないとは思う。
執事長とメイド頭の表情は、屋敷内で雑務を熟すだけの使用人ではない。特殊な訓練を受けた戦闘員のそれであった。
まさか騎士団とは別に当主は特殊部隊を密かに編成していたのだろうか、とフレデリクは息を飲んだ。副団長も何も言えなくなっている。
だが、執事長とメイド頭の知る戦い方は対悪魔戦だけである。しかも、実戦を知らないお嬢様から教わった、本当に通用するかわからない悪魔祓いの作法である。二人の戦闘力など皆無であったが、日々お嬢様の奇行に付き合ってきた者たちの精神力は騎士をも凌駕するほどであった。
「ではトビアス、人選についてはフレデリクとも良く相談するように」
「急な変更になって申し訳ないが、迅速に準備を進めてくれ」
当主とその嫡男の号令を持って会議は終了した。
マルティンとロベルトは部屋を出ていく。メイド頭もそれに続いた。まずはサンドラから人員の希望を聞いてから戻ってくるということだ。
庭師は副団長と早速行き先についての情報交換を初め、料理長は調理場に走りお弁当に割ける食材を検討せねばならぬ。視察に同行する人数が変わるなら必要な食料だって変動する。
フレデリクは窓から外を伺い、主人たちが建物を出ていくまでを見届けてから、聞いてよいものか迷いつつも執事長を振り返った。
「サンドラお嬢様の現地での作業とは、何をするのだろうか?」
会議の場では「みなさんご存じの」という雰囲気に流されて訊ねられなかったが、フレデリクはお嬢様の嗜みだとか手ほどきだとかは知らないのだ。そもそも、どうして今回いきなりお嬢様が同行することになったのかもわからない。
「悪魔祓いの儀式です」
トビアスは事も無げに答えた。彼はフェルセン家に最も長く仕えている。お嬢様の悪魔恐怖症は最早日常の一部であった。
「はあ……あくまばらい……?」
一方のフレデリクは目を点にした。
基本的に彼の職場は屋敷の隣の騎士団宿舎と訓練場だ。一般的な貴族家ならば、家騎士団の団長は屋敷への出入りも多いけれど、フェルセン家は例によって領主館への人の出入りは厳重に規制されている。騎士団長だとて屋敷の中のことはほとんど何も知らなかった。
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