11.
サンドラが屋敷の外へ出ると言い出したので、フェルセン伯爵家は上へ下への大騒ぎになった。
今すぐにでも現地へ向かうというサンドラを引き止めて、マルティンは領内視察の予定を一日遅らせた。
なにせ、八年間外へ出たことがない娘を連れて行くのだ。
当主と息子だけならば最低限の護衛を付けて、なんなら本人たちも馬に乗って移動したってよかったけれど、乗馬どころか階段の上り下りすら滅多にしない娘を連れて行くなら、馬車を出さなければいけない。護衛も増やさなければいけないし、身の回りの世話をするメイドも必要だし、おそらく儀式などの準備にも人手はいるだろう。
嫡男が帰ってきてすぐの気軽な遠乗り程度に考えられていた外出が、大規模な領主家族の視察になってしまった。
家族の晩餐会の翌朝、フェルセン家では急遽会議が開かれた。
屋敷の隣にある騎士団宿舎の会議室に集まったのは、マルティンとロベルトの他、執事長やメイド頭、家騎士団の団長と副団長、更には料理長や庭師までが呼び出された。
「お、お嬢様が外出なされる、と……!!」
今日初めてその事実を聞かされた騎士団長のフレデリクは驚愕の声を上げた。昨日、大広間で本人の声を直接聞いていたトビアスやメイド頭も、未だ信じられない様子で俯いている。
ちなみに、騎士団の副団長は、「サンドラお嬢様って実在したのか」ということに内心驚愕していた。屋敷の中に入ることがほとんどない者たちの間では、フェルセン家の御令嬢は実在するかも疑わしいほど、噂だけの存在であった。
騎士団長フレデリクは一度だけサンドラに直接会い、謎の儀式を受け、魔除けの首飾りを貰っている。その首飾りは謎の動物の骨で作られている不気味な品だったが、主家の御令嬢から賜った品を騎士団長は言いつけ通り肌身離さず身に着けていた。
しかし、如何せん五年以上も前の話しだから、フレデリクの中でサンドラは自分の腰にも届かないほどの子供のままだ。そんな幼い子供の護衛をせよという。子供と言えば我が子の幼い頃のヤンチャなイメージしか沸かないから、護衛というより子守になるのではないかと首を傾げていた。
「そのために移動は馬車に変更する、移動経路も変わるから護衛の編成を考え直してほしい」
マルティンは大きなテーブルに領内の地図を広げて説明する。この会議室にある家具と言えばテーブルくらいだ。今日は短時間の会議ということで、主人自ら足を運んでいるというのに、椅子すら邪魔になるから片付けられている。
アロア村は領地の外れにあり、領主館から離れているから、当初、馬で林の中を突っ切って最短距離で向かうつもりでいた。馬車を使うなら道を変えなければいけなかった。馬車にも乗り慣れていないサンドラのことを想うと、特に舗装されている綺麗な道を通るべきだろう。
随分と遠回りな道のりになってしまう。移動に時間がかかるのも安全のためにはあまりよろしくない、と意見しようとした騎士団長だったが、それを察したロベルトが先に口を開いた。
「サンドラは外出に不慣れだ、少々神経質なところもあるから、人選には細心の注意を払ってくれ」
ロベルトもまず考えるのは妹の体調と精神衛生だ。これだけ言えば、騎士団も遠回りな道を選んだ理由がわかるだろう。
確かに、フレデリクは経路の選定基準は理解した。ただ、ロベルトの被っている爬虫類の皮で作られた鍔広の尖がり帽子は理解できない。先端の部分には干からびた蜥蜴の死骸みたいなものがぶら下がっているし、趣味の悪い帽子のせいで嫡子の顔がすっかり隠れてしまっている。
これもまたサンドラから贈られた魔除けの品であり、邪悪な力を跳ね除けると言われる毒蛇の皮で作られている。ロベルトの持っている魔除けの中では比較的地味な部類に入るものだが、屋敷内でのロベルトの尋常ならざる姿を知らない騎士団は知る由もない。
だが、マルティンも同じ素材でできた紫色のベストを着ているので、フレデリクはこの部屋に入った時点で服装についてはそっと目を閉じた。思わず声が出そうになった副団長も、フレデリクに一発脇腹を殴られていうので静かにしている。王都では奇抜なファッションが流行っているんだな、と無理矢理納得するしかない。
「承知いたしました」
フレデリクは生真面目な顔で返事をした。主家のセンスは理解できずとも、お嬢様が外出に不慣れだということは理解できた。騎士団長は真面目で忠誠心の強い男であった。
「明日訊ねる予定のアロア村は庭師の故郷だ、細かな地理や村の様子などを説明してやってくれ」
「へ、へえ、わかりました」
当主の言葉に庭師はビシッと背筋を伸ばした。いつもならこんな参謀会議に参加するような身分ではない男だ。この場にいるだけでも緊張している。
だがしかし、ここに来る前に、既に庭師は人生でも上位に入るほどの恐怖体験をしていた。
サンドラに根掘り葉掘り故郷の村について聞き出されたのだ。何故か、よくわからない魔方陣の上に座らされて。
それは嘘を見抜く魔方陣や、悪魔による精神操作を妨害する魔方陣だったのだが、魔法に造詣もない庭師にはわかるわけもなく恐ろし気なだけの魔方陣だった。内容がわかったとしても、更に恐怖が増幅しただけだっただろう。
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