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10.

 主家はお互いの近況を穏やかに喋っていたが、ロベルトの一言で穏やかな会話は一変した。


「明日は私も父上と共に領地を見て回ろうと思います」

 ロベルトは相変わらず魔王のような格好をしているが、立派なフェルセン家嫡男である。領地に帰ってきたからには父について自領を見て回るのは当然であった。


「行方不明者の出ている村というのも気になりますし」


 その瞬間、カシャンッとティーカップの落ちる音がした。カップが乱暴にソーサーに置かれただけで、割れたりお茶が零れたりはしなかったけれど、話し声意外に物音のなかった広間に、その音は大きく響いた。


 音を立てたのはサンドラだった。


「どうしたのサンドラちゃん、魔除けのお色直しをしましょうか?」

「何か気になることが? 儀式の用意をするかい?」

 サンドラの奇行には家族みんな慣れっこだ。愛娘の安寧のためなら一晩中魔除けの選定に付き合うのだって構わない。

 使用人たちも直ちに気合を入れ直す。一度晩餐会を経験すれば新人たちも嫌でも慣れる。この屋敷内ではいつでも悪魔祓いの儀式ができるよう準備してある。


 しかし、サンドラは呆然と、表情は見えないけれど、驚愕の表情をしてロベルトを見つめていた。

「行方不明者、とは、どういうことですの……?」


 サンドラの問いかけに両親はキョトンとしたが、顔を見合わせて喜色ばんだ。娘が勇者関係以外で外に興味を持つことは非常に稀なことだった。

 だが、まったく喜ぶべき話題ではないし、些細なことで親がやたらと騒ぐのも年頃の娘は好まないだろう。表情を引き締めてからマルティンは口を開いた。


「ああ、まだ詳細はわからないんだ、十日ほど前から帰ってこなくなった村人がいると報告があったのだよ」

 父曰く、伯爵領の端にあるアロア村から、村人が帰ってこなくなったという報告があったという。

 森の近くの村だし、たまに森の中で遭難したり事故に遭って亡くなったりすることもあるから、一人くらいなら気にすることもないが、立て続けに三人がいなくなった。これは流石に事件かと危ぶまれ、領主へ報告が上がってきたわけだ。


「だからね、まだ何もわからないから、明日ロベルトを連れて村に行ってみようと思う」

 父も兄も大して警戒はしていない。いるとすれば大型の魔物か盗賊だろうが、まだ村自体に被害が出ていないから、ただの事故の可能性だってある。


 だが、しかし、サンドラには確信があった。

 とうとう始まってしまった、と。


 サンドラの悪魔除けの魔法や道具は屋敷とその周辺にまで効果があるけれど、流石に領内全体を覆うには至らない。そこまで強力な結界を張るには領地の境界線に添って魔方陣を描く必要があるが、残念ながらサンドラは引き籠り、領地の中であろうと出歩くなんてできなかった。


 今回、行方不明者が出ているというのは、屋敷から離れた村だ。悪魔除けの魔法は届いていない。

 物語の上でサンドラがいつどこでどのように悪魔に憑りつかれるかはわからないけれど、十五歳になる年には完全に領地全体を掌握しているのだ。間違いなく憑りつかれて数日の出来事ではない。早くても一年はかかるし、余裕をもって考えれば二年は必要だ。


 つまり、今だ。そろそろ悪魔が動き出すべき時なのだ。


 そんな時に起きた村人行方不明事件、悪魔の仕業と考えるのが妥当である。

 サンドラはガタンッと椅子をひっくり返す勢いで立ち上がった。家族は何も言わなかったし、すわ悪魔祓いの儀式かと使用人たちは身構えた。


「わ、わ、わ、私も行きます!!」


 しかし、サンドラの声がひっくり返るほどの宣言は、誰の予想からも外れていて、その場の全員がポカンとした。


「……え、どこに?」

 カリーナがぽかんとしたまま訊ねた。


「行方不明者が出ている村にですわ」

「え、え? なぜ……?」

 マルティンもポカンとしたまま訊ねる。


「間違いありません、悪魔の仕業ですわ!」

「しかし、だからと言って、何故おまえが……」

 ロベルトも大きな被り物に隠れて表情は伺えないが、動揺した声で訊ねた。


「悪魔の仕業だからですわ! 本物がいるというのなら悪魔除けの道具だけでは足りません!」

 サンドラとしては当然のことだった。

 悪魔憑きを回避するために地下に籠り、ひたすら悪魔の研究に没頭してきたのだ。

 すべてはこの日のための努力だ。


「この日のために私は黒魔術を学んできたのです、私もその村に行きますわ!」


 まるで魔王が世界征服を宣言したかのような物々しさである。

 分厚いカーテンに阻まれて見えなかったが、外は良く晴れた星空が広がっていたというのに、サンドラの気合を天も察したかのように、突如、空は黒雲に覆われ閃光と共に雷鳴が轟いた。


 実体はただ深窓の令嬢が外に出るだけである。彼女の願いは平和な未来、彼女の胸は正義に燃えている。が、見た目は世界を闇で覆わんとする暗黒の帝王そのものであった。


 家族にとっては晴天の霹靂だった。外はもう晴天など一欠片もない突発的な豪雨と落雷に見舞われている。


「さ、さ、さ、サンドラちゃんがお外に!?!?」

 ピシャッと分厚いカーテンでも阻めぬほどの閃光が、カリーナの驚愕の表情を照らし出した。親でも殺されたのかというほどの驚愕である。


「部屋からも滅多に出ないサンドラが!?!?」

 ドーンッと大きな雷鳴にも負けないほどに、マルティンは大声を上げて狼狽えた。隣国から宣戦布告でも受けたのかという狼狽えっぷりである。


「屋敷から出るだって――――!!!!」

 ザアザアと屋敷を打ち付ける大量の雨音をものともせず、ロベルトの絶叫が響き渡った。村でも焼かれたのかというくらいの絶叫である。


 領内で行方不明者が出ているなんて目じゃないくらいの大事件であるからして、致し方ない。母は泡を吹き、父は引っ繰り返り、兄は右往左往する。

 控えている使用人たちも身も蓋もなく驚いて、腰を抜かす者、オロオロする者、失神する者までいる。いつも無表情のフリーダですら、これでもかと眼を見開いて凍り付いている。


 ただ一人、サンドラだけは冷静だった。狼狽えている暇がなかった。

「はい、準備をいたしますので先に失礼しますわ」

 家族や使用人たちの動揺っぷりなど見えない様子で、さっさと広間から出ていってしまう。問い質したいことは山ほどあったが、みんな放心していて引き止められるものは誰もいなかった。

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