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大切なモノ

中学の卒業式を終え、先生からのプレゼントで、小さな四角い宝物箱を渡された。

「私のクラスだけだからね、プレゼントは。他のクラスの子達には内緒よ」

語尾を手のひらで転がすような、楽しげな声色でそう言った。

 箱は、上に被さった大きめな蓋を開けて、中身を入れる簡単な仕組みだ。クラスメイト一つ一つの形は同じだけれど、デザインが違う。

 黒いつやつやした光が集まって、立方体の形を保っているみたいだ。だけど、箱の側面には、親戚がよく高価なアクセサリーを買うお店のロゴみたいな、白い筆記体のアルファベットがミミズみたいに並んでいる。多分、自分の名前なんだろう。一齧りした知識を総動員させて、無理矢理当てはめた。なんだか、僕の身の丈に合ってないようで、少し疎外感を感じる。

 他の子は、丸っこくて可愛いキャラがプリントアウトされていたり、カラフルな色でデザインしていたりと、何だか年相応な感じなのに。

 先生曰く、この箱の中には、主に自分の大切なモノ、を入れるらしい。

「人生を彩る、大切な箱にしましょうね」

 やわらかい微笑みを浮かべて、優しく語りかけていた。いつもは何とも思わない先生の仕草も、この時ばかりは奥歯をそっと噛んだ。

 僕は、好きな物なんて、ない。大切なものもない。だから、この中には、何にも入れられない。

 空っぽな、箱。

 隣の席の女子は、誕生日に貰った髪をまとめるゴムを入れるらしい。可愛いでしょ?って言って、頭上近くでちょこんと咲いている、花を指す。黄色い花を小さく閉じ込めたみたいな装飾品が、教室の蛍光灯の下で輝いていた。長いポニーテールが揺れて、ツン、と鼻をくすぐる、甘ったるいにおいも、した。 

「あら、キレイね」

どう返答したらいいか、まごついている間に、先生が簡単に言葉を女子にあげた。女子ははにかんだような表情で、笑顔をこぼす。

 僕は、こんな顔にさせる事は、できそうにない。

 ボーッと先生の方を見ていたら、ふと、目が合った。

 君は、何を入れるの? そう言いたげな目だ。

「僕は、何も入れる物がないんです。大切なモノは、物心ついた時から何処かに行ってしまったようです」

逃げようにも、逃げられないまっすぐな瞳を向けられて、僕は正直に言った。先生の澄んだ瞳を、僕の顔で埋め尽くすように。

 隣の席から、目を瞬かせる様子が、空気を伝って感じる。何回も見聞きした反応に、わざわざ意識を向けるのは、億劫だ。

 先生も、女子と同じなんだろうか。

 だが、先生は僕の予想とは裏腹に、和かに言葉を紡いだ。

「もう、入ってるわよ」

先生は、僕の箱に手を伸ばすと、徐に蓋を開けた。察しの良い女子は、先生の腕を後ろに反らして背中を椅子にくっつけた。隣の席をも介して、手を伸ばす大胆な行動に引き気味になったのも束の間。

「中、見てみて」

反射的に、中を見た。そして、目を見開く。箱の底に、僕の顔が写っているのだ。輪郭も色も、目を見開いた動作も、寸分違わない僕がいる。どういうことだと、目を凝らしてみれば、箱の底に鏡があると容易に気づいた。

 ふと、頭上から澄み切った水のような、新鮮な言葉が降りかかる。

「貴方は、貴方という大切な存在が、既にあるのよ」

僕は、じっと僕と見つめた。先生の言ったことは、見えてきそうで、見えてはこない。

 でも、これは閉まっておこう。僕は箱のふたを手に取ると、僕の姿がだんだんと欠けてきて、いつしか柔らかな闇に溶け込んでいく。

ふいに、顔を上げる。

微笑みを讃える優しい先生が、暖かく見守っていた。

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