【短編】いじめられ公爵令嬢と異世界転移たぬきのモフモフ! ~おまえらに俺のばけ学を見せてやる!~
夕陽が染まる草原で一人の少女の声が辺りに響き渡る。
「ハルタ~ン!どこにいるの~! ハルタ~ン!出ておいで~!」
ご主人様の声が聞こえる…… 俺を探しているんだな。 ウトウトと昼寝をしていた俺はご主人様の元へ走り出した。
『ご主人様! 俺はここにいるよ~ 今、行くから待っててくれ!』
俺は少女に近づき、そして、少女は俺を持上げた。
「も~ どこ行ってたのよ。心配したんだからね!」
そう言って、俺の胸に顔をうずめた。少女は俺に向かって、
「じゃあ、そろそろ帰りましょう」
と言い、俺を両手で抱っこをして歩き始めた。
横からお付きのメイドが、
「まったく、どこ行ってたんですか?お嬢様は本当に心配してたんですよ!」
と言いながら指で俺の顔を突いてきた。
「きゅーう きゅーう 『ごめん、ホントごめんね! ご主人様!』」
そうして、ご主人様と帰路についた。
俺の名前は『暖丹』と書いて『ハルタン』プリティでラブリーなモフモフ『たぬき』だ!
俺は、日本狸三大霊場の一つ青〇県某市〇崎に住んでいた。そこには、沢山の狸が住んでいて、『ばけ学』が盛んな土地だった。ばけ学とは、代表的な物を言えば、自分の姿を色々な姿や物に変化出来る術だ。その他にも色々な『術』がある。
これでも俺は、ばけ学に特に優れていて、『100年に一匹の天才』と呼ばれ持て囃されていた。
――100年に一人の美少女では無い!
なぜ!俺がこんなところに居るのか? それは、満月の夜、気分良く散歩をしていると、突如、目の前の二つの光が見えた。自分の習性なのだろう妙にその光が気になり自分から走って近づいた。 光を見て走っていると目の前が白く輝き何も見えなくなった。
気が付いた時には、白い空間が広がっていて、どこからもなく声が聞こえた。
「暖丹! 暖丹! 車に轢かれて死んでしまうとは、情けない……」
白い服、白い髪と白い髭を生やしたじいさんが立っていた。
あの二つの光は車のライトだったのかと思うと100年に一匹のたぬきと呼ばれたこの俺がまさか交通事故で死んでしまった事に絶望した。 ――あれほど、ボランティアでたぬき交通安全教室の教官を務めていたのに!
「暖丹、お主は、本来ならこんな所で死んでしまう予定じゃなっかのにのぉ~ 死んでいしまったものは仕方がないが、儂にも予定というものがあってのぉ~ どうじゃ、違う世界で生き返るってのは?」
「じいさん! 俺は、出来ればこの世界で生き返りたい!」
「しかしのぉ~ お主の身体は、この世界には無いのじゃ」
「どういうことだよ!」
「お主の亡骸は清掃員が処分してしまってのぉ~ もう存在しておらんのじゃ」
「ぎゃぁぁぁぁぁ! 何やってやってんの! 清掃員!」
「いや、清掃員は悪くないぞ! 自分の仕事をしたまでじゃ」
「そ、そうなのか……」
「どうじゃ、違う世界で生き返るってのは悪くないと思うのじゃが…… サービスで人間の言葉をわかるようにしてやるが?」
「ん~ もう一丁! 凄いヤツ!」
「あぁ、わかった、わかった! んじゃ、大サービスで魔力も大幅にサービスしてやろう」
「じいさん、気前が良いじゃねぇか! よし、違う世界へ行っても良いぜ!」
「おぉ、そうか、そうか! そうして貰えれば助かるのぉ~」
「では、暖丹、目を閉じるのじゃ、今からお主を異世界転移する。覚悟は良いな」
じいさんの言葉を聞き、俺は目を閉じた。
「じいさん、覚悟は出来ている。何時でも良いぜ!」
「最後に、儂はじいさんではない!神様じゃ!」
じいさんは、その言葉を残し何も言わなくなった。
◇
「………………………… 大分、時間が過ぎたと思うが」
俺は、独り言を言い、目を開けてみた……
そこには、見たことの無い大草原が広がっていた……
どうやら、俺はたぬきの姿のまま異世界転移したようだ。ここに居てもしょうがないので移動することにした。
3日程歩くと道を発見した! この近くに人間がいるのか? 見つかったら大変だ! もし、じいさんとばあさんに捕まったらタヌキ汁されてしまう。この場から離れなければ! 俺は、走ってその場から離れた。
草原を走りに走りまくり、目の前に緑の物体を見つける。
緑の物体はモゾモゾと動いているように見える。安全確保のため離れたところから様子を伺うことにした。どうやら一体しか居ない。念のため周りも見渡すが周りには居ないようだ。
緑の物体と言うよりは緑の生物だ。背は6歳の子供位の身長で鼻は長く、目は吊り上がり、口は横に裂け鋭い牙が生えている。耳は上に向けて尖がって腰に布を巻き後は裸だ。
こんな動物を俺は、見たこともない。ヤツは動物の死骸を食べていた。汚い食べ方だ。品位を感じない。知能は低いようだ。
――これが、異世界というところなのか?……
俺は、あることを考えついた。
じいさん神様が確か、魔力を増大してくれたはず、ここで俺の『ばけ学』が通用するか試したくなった。
俺は、その場に二足で立ち両腕を斜め上に広げる。右腕を時計回りに回し、左腕は逆時計回りに回して、左右交差させながら元の位置に戻す。
『へ~ん・たい<変体>!』
腕を両腰に添える。
『トォッ!』
両腕で天に伸ばし、ジャンプする。どこからともなく白い煙が立ちこめる。
そして、煙が消散しそこに現れたのは……
『河童』だった!
「さぁ、開演の時間だ!」
イギリス紳士のように立ち、最後にいつものように決めゼリフで決める。
――説明しよう!
これは、俺独自の『ばけ学』つまり『変体』の方法であり、ルーティーンだ! 誰にも文句は言わせない!
白い煙はどこから? それは、俺の放屁だ! 時々食べ物、腸の調子によって、白から黄色味かかった煙になることもある。
なぜ河童なのか? インスピレーションで頭に河童が浮かんだからだ!
河童の姿だけではなく、その変体した物の能力まで変体出来るのだ!これこそが『100年に一匹の天才』と呼ばれる由縁である。
水系の妖怪ではなく、陸系の妖怪にすれば良いと思うだろうが、理性で生きる人間とは違い、俺は本能で生きる漢だ! 自分のインスピレーションをどこまでも信じる!
通常の変体時間は5分は持たない、それだけ、体力、気力、魔力が消費されるが、今回は魔力増し増しなので何分持つか楽しみだ!
決めゼリフは俺のポリシーだ! 文句は言わせない! 以上だ!
俺は、河童の姿で緑の生物の後ろに近づき、殴る! 殴る! 殴る! 殴る!を繰り返した。
いきなり殴られ、動転していた緑のヤツも反撃してきた! 漢と漢のバトルであるが、緑のヤツがオスなのかメスなのかはわからないが、漢と漢のバトルなのだ!
お互いの殴り合いから15分が過ぎた。最後に立っていたのは……
河童の姿をした俺だった。激戦だった! フラフラしながら緑のヤツに近づき、
手を差し出した。緑のヤツは俺の手を掴む。俺は、緑のヤツを引き起こしてやった。その後は、お互いの健闘を称え、握手し抱合った。
これが、漢と漢の友情である。戦いが終われば、熱くうつくしい友情が爆誕するのである。
よく考えて見ると、何も悪いことをしていない緑のヤツに背後から不意を突いて襲い殴る! どこから見ても悪役にしか見えない…… まぁ、友情が芽生えたのでこれで良しとしよう……
緑のヤツとの別れを惜しみつつ、またの再会を約束し別れた。
変体を解き目的地もないまま俺は歩き始めた。
――1時間後
やはり、先ほどの変体の消耗と緑のヤツとのバトルで追ったダメージが今頃になって体に現れて来た。
『このままではマズイ! 意識が、い い し き が……』
俺は、そのまま倒れこんでしまった。
◇
目を覚ますと煌びやか豪華な部屋、オシャレな籠に入った俺が居た!
『此処はどこだ! なぜ?俺はこんなところにいるんだ?』
俺は、状況判断も出来ず逃げ出そうとした。
ところが、逃げ出そうとする俺を捕まえる若い女がいた。俺は抵抗して暴れるが女の腕力に負けてしまった…… 俺の力が弱いのでない! あの女の力がゴリラ並みなのだ!
「ちょっと、暴れないで頂戴! お嬢様~! たぬきが目を覚ましましたよ! お嬢様~!」
奥の部屋から少女が飛び込んで来た。
「暴れないで! あなたケガをしているのよ! そんなに暴れたらまたキズ口が開いちゃうわ!」
俺は、少女の声を聞き、抵抗を辞めた……
「ふぅ~ やっと大人しくなりましたね」
「そうね、これだけ暴れればすぐに元気になるわよね」
「フフフ そうですね。お嬢様」
「たまたま、私達が散歩しているところに倒れていて、すぐに治療をしたけどなかなか目を覚まさなくて心配しちゃったわよ」
そう言って、少女はあたたかな目で俺に微笑んでいた。
そうして、俺のケガが治るまで傍にいて看病をしてくれた……
少女の優しさに触れた俺は、あのまま倒れこんでいたら、ほかの野生動物の餌になっていただろう。自然界とはそういうもんだ。この少女に命を助けてもらったことに感謝し、この命尽きるまで恩返しをしていこうと決めた。ここで恩を返さなかったら『たぬき道』に反する行いだ。この少女を俺のご主人様として忠誠を誓う!
のちに知ったことだが、少女の名前は、『エリス・フォンティーヌ』この国の貴族、フォンティーヌ公爵家のご令嬢だ。15歳。
もう一人の女は、『レイニー・ホォルト』こちらも貴族、ホォルト男爵家のご令嬢で18歳、ご主人様の専属メイドとしてお仕えしている。
ご主人様たちは、ちょうど夏休みだったらしくフォンティーヌ家の領地に帰省している途中で、休憩がてら散策をしているところで俺を助けてくれたそうだ。意識が無かったからよくは知らない。
長くなったが、これが、俺が異世界転移とご主人様との出会いだ。
ご主人様の提案で俺の名前は、なぜか前世と同じ『ハルタン』になった。
その後、俺は、フォンティーヌ家の領地で過ごした。
ご主人様とレイニーさんはじめ、フォンティーヌ公爵家当主セトリック様、公爵夫人マリーヌ様、使用人のみんなには良くしてもらった。
――数週間が経ち、夏休みの終わりが近づいてきた。 その頃になると俺のケガも治った。それと、この異世界についても学ぶ事が出来た。この異世界には魔法があるらしい。因みに、ご主人様が魔法を使っている所は見た時はないが、学校で魔法を習うとのことだった。それと、魔物もいるようだ。親友の緑のヤツは『ゴブリン』という魔物だそうだ。道理で動物とは違う強さがあったんだな! さすが親友・ゴブリン!
ご主人様たちは、学校に戻る為、準備に追われている。俺は、準備には役に立たないので邪魔にならないようマリーヌ様の膝の上でモフモフの癒し係として活躍している。
ご主人様の学校はサスペインス王国王都クリフにある貴族の令息令嬢が通う名門『シコナフ学園』と言うらしい……
学校へ向かう日が近づくたびにご主人様の顔は暗く沈んでいく。いつも傍にいるレイニーさんにも見せない顔だ。ご主人様はきっと不安や心配事があるのだろう。それを周りの人には心配させたくないと隠しているのにちがいない。
夜、ご主人様がベットで横になる。俺は枕元で丸くなる。突然、ご主人様が泣き出した。きっと、辛い思いがあるのだろう。
「ハルタン、私、学校に行きたくないよ…… またみんなに魔法が出来ないってバカにされちゃうよ…… オーク女って言われちゃうよ…… 嫌だよ……」
俺は、ご主人様の辛い想いを聞いていたたまれなかった。
オーク女のどこが悪い! 確かにご主人様は顔は可愛いのに体はたぬき体型だ!
俺の地元に帰ったら仲間のたぬきは黙ってはいないだろう! 逆ハーレムなんてやりたい放題だ!
ご主人様は、たぬき体型を気にしている様子だ。痩せるために食事制限をしたり、運動も毎日欠かさずにしているが、どうしても痩せないらしい。それで、とうとう栄養不足で倒れたこともあった。と聞いた。
俺の目にはご主人様の魔力は周りの人に比べても数段多い、100年に一匹の天才と呼ばれ、さらに、じいさん神様から貰った魔力を合わせても俺以上の魔力を保有している。まさに、魔力のバケモノと言ってもおかしくはない。100年、いや、の逸材と呼んでも良いくらいだ。
ご主人様は、泣きながら寝入ってしまった……
多分、ご主人様が魔法を使えないのは膨大な魔力によって魔力を体に巡らす機能が上手く行えず、外に排出できない魔力が体に貯って、たぬき体型なのではという結論が出た。ここは、俺が一肌脱ごうじゃないか!
――言っておくが毛皮じゃないぞ!
問題はいつ魔法の特訓をするかだが、ご主人様は散歩が好きだから、その時に、ばけ学で人間の姿に変体し、偶然を装いご主人様に会い魔力の循環を教えるという計画を練った。
――次の日
俺は、計画を実行する為、ご主人様を外に連れ出す。
「きゅう~ きゅ~ 『ご主人様、外に行こう! 散歩に行こう!』」
と声を掛け、口でスカートの端を咥え、外に出るよう促した。
「あら、ハルタン?どうしたの?お外に行きたいの?」
ご主人様は昨日とは違う、明るい笑顔、やさしい口調で俺に聞いてきた。
「きゅう~ 『そうだよ!外へ行こう!』」
「ん~、わかったわ。レイニーも一緒に行くわよね?」
「わかりました。お嬢様。只今準備してまいります。」
こうして、2人と一匹で散歩することになった。
散歩の途中で俺は走り出し、ご主人様の目の届かない所までやってきた。
――変体中は人間に見られるのはご法度なのだ。これは掟だからしょうがない!
周りを見渡し誰もいない事を確認する。周りに人間の気配は無い。今だ!
『へ~ん・たい<変体>!』
『トォッ!』
白い煙が立ちこめる。そして、煙が消散しそこに現れたのは……
『じいさん』だった!
「さぁ、開演の時間だ!」
いつものルーティーンである。
ここは、イケメンじゃないのか!? と批判されると思うが、ご主人様と恋愛関係にはなってはいけない! これが俺の忠義だ!
じいさんの姿になりご主人様の元へ向かった。ご主人様は急に俺が居なくなったから心配して探している所だった。 ――ご主人様、ごめんなさい。
そして、2人に声を掛けた。
「そこのお嬢さん、少し良いかい?」
「何者!? そこを動くな!」
レイニーがご主人様の前にナイフを持って立ち塞がる。 さすが専属メイド! ご主人様愛がハンパない! そもそも、そのナイフ、どこに隠してた……
「儂は、怪しものではない。そこのお嬢さんの魔力が膨大過ぎて、未来の大賢者になる器の持ち主だと感じたんじゃ」
「えっ!? 私がですか? 私魔法が苦手で…… 魔法が使えないんです!」
そう、ご主人様は答えた。 俺は続けて、
「あぁ、そうじゃな…… 魔力が膨大過ぎてうまく体の中を循環できんからじゃ」
「そんなこと初めて聞きました!」
「うむ、儂がお嬢さんに循環の仕方を教えてやろう。 ――どうじゃな?」
レイニーは、俺を警戒していたが、ご主人様はうれいそうな顔をして、
「私でも魔法が使えるようになるんですね? 教えて下さい! お願いします!」
俺は、ご主人様の絶望な想いからこれからの期待に籠った言葉に、涙が出そうになった……
「では、始めるとするかの。じゃ、そこに座りなさい。」
「ハイ!」
先ずは、気を静め、集中させる為に『座禅』の姿勢に座らせて、目を軽く閉じらせた。
――数十分が経ち
「返事は良いからそのまま、聞くのじゃ、 へその下に温かい物は感じるか?」
ご主人様は軽く頷いた。
「それが魔力の元じゃ、集中力が落ちて来ておるぞ。鼻から静かに呼吸をして集中するのじゃ」
「おぉ、そうじゃ、そのまま魔力の元を全身に巡り回すのじゃ、難しいかもしれんがお主には出来るはずじゃ」
――さらに数十分が経ち
ご主人様の魔力の元が全身に巡り回ろうとしている。まさか、こんなに早くここまで出来るとは思わなかった。
俺でもここまで来るのに1ヶ月はかかったぞ!
ご主人様の潜在能力の高さに俺は驚愕した……
「もう、返事をしてもよいぞ。全身が温かくなってきておるじゃろ?」
「ハイ、何故か体がポカポカします」
「そうじゃろ、それが魔力の循環じゃ、この修行を毎日続けて行くのだぞ!そうすれば短時間で魔力を循環させ、お主なら無詠唱で魔法を発動出来るはずじゃ」
「ハイ、続けます」
「じゃ、長時間同じ姿勢だったからのぉ、足が痺れれとるはずじゃ、足の痺れが取れたら立ってみなさい」
――数分後
「先生、お待たせ致しました」
ご主人様が俺の事を先生と言ってくれた! 役に立てて良かった。本番はこれからだ。
「それじゃ、儂の隣に立ってもらえるかのぉ」
「ハイ! これで良いですか?」
「あぁ、それでいいぞ! あの木に人差し指を差してごらん」
「こうですか?」
ご主人様は一本だけ立っている木に向けて人差し指を差した。
「良いか?儂に続けて詠唱してみなさい」
「火の神よ 我が願い 聞き届けよ 火炎」
小さな火の玉が気に向けて飛んで行った。木に触れると同時に火の玉は消えた。
かなり威力を押さえた結果だったが、ご主人様はどうだろうか?
「火の神よ 我が願い 聞き届けよ 火炎」
人差し指から巨大すぎる火の玉が木に向けて飛んで行った!
『ズズッズドォォォーン』
巨大な火の玉が木に触れた瞬間、木その物が消滅し、木があった場所の周りは強烈な炎で燃えていた。
――!? なんじゃ!こりゃあぁ! 何が起こったぁぁ!
俺は急ぎ水魔法で炎を消した。
ご主人様を見るとご主人様の顔は青く引き攣っていた。 レイニーさんも青くなっていた。ついでに俺も青くなっていた。
「ゴホォン! ついに魔法が発動できるようになったのぉ…… しばらくは魔法は禁止じゃ、魔力の制御が出来るようになってから魔法発動の修行をしようかの」
俺は褒めて伸ばすをモットーにしているが、この魔法はダメだ! 危険すぎる!
「うぅわわわわわわん!」
ご主人様が突然泣き出した!? ついでにレイニーさんも泣いていた。
「怖かったのぉ、安心しなさい。火はもう消したからの」
ご主人様は顔を横に振り
「は、はじめて、ま、まほうがぁぁぁぁ!」
「おじょうさまぁぁぁぁ! 良かったですねぇぇぇぇ!」
生まれて初めて魔法だったのだろう。二人共、どれだけ嬉しかったことか……
ご主人様泣いている隙をついて俺はその場を離れた。さすがに変体の限界だった。
魔力回復の為、ヤモリ、イモリ、ヘビの干物を持って来て良かった!
たぬきの姿に戻り、ご主人様の元へ戻った。いきなり、抱き着かれ
「ハルタン、聞いてよ! 私、初めて魔法使えたんだよ! これで、みんなに魔法が使えないってバカにされないよぉ!」
苦しい……
「先生! どこに行かれたのですかー! まだ、お礼申し上げていませんのに……」
ご主人様とレイニーさんは俺が変体したじいさんを探していたがもう会うことはなかった。
これ以降、ご主人様は毎日欠かさず魔力循環の練習をしている。気にしていた体型も少しづつだが改善は見られてきた。学校に戻る頃にはある程度、魔力の循環、制御は出来るようになっていたが、魔法発動の練習はしていない。まだ、魔法が暴発する可能性があるからだ。何よりも基本が大事なのだ! 基本を馬鹿にしてはいけない。これを疎かにする者は、いつか越えられない壁にぶつかる。基本を大事にする者も壁にぶつかることもあるが、また基本に立ち戻り、その壁を越える事が出来るのだ!
――学校が始まり、俺はご主人様が心配でカバンに着けるキーホルダー代わりに小さなたぬきのマスコット人形に変体し、学校へ付いて行くことにした。
ご主人様が校門へ入った時、ご主人様へのヒソヒソ話が聞こえてきた。
「メスオークがまた来てるわよ」
「魔法も使えないオーク女の癖に」
「いつ襲われるか私、心配!」
「あの豚、あれでも公爵家のご令嬢かしら?」
出るは、出るはご主人様への侮辱的な言葉を…… この時点で俺は怒りに震えていた。
ご主人様の顔を見ると目に涙を浮かべ我慢をしていた。ご主人様が我慢しているのであれば、俺も我慢することにした。しかし、俺の怒りの防波堤は決壊ギリギリだった。
授業が始まったが教師が見ていない所で、数々の嫌がらせ、無視、罵倒、休憩時間には邪魔と言わんばかりにご主人様を小突き、わざとらしくぶつかり転ばせる……
公爵家は王家に連なる爵位だ。その公爵令嬢に対して喧嘩を売っている行為を俺は見過ごす訳にはいかない!
何より、慈悲に満ちたご主人様を……
ご主人様は、こんな学校生活を送って来たのだ。優しい両親、使用人にも言えず、自分の心につらい想いを飲み込んで来た気持ちを考えると…………
――お前らの顔と魔力は覚えた! お前ら絶対に俺が許さん!……
学校が終わり王都にあるお屋敷に帰る。馬車の中ではレイニーと楽しく会話をしていたが、こころの中はを考えるといたたまれない! ヤツらに目に物を見せてやる!
お屋敷に着き、急いでカバンから離れ、ご主人様の自室へ駆け込んだ。
しばらくするとご主人様が部屋へ入って来た。
「レイニー、久し振りの学校だったから疲れたみたい… 少し休みたいから一人にしてもらえるかしら?」
ご主人様は、レイニーさんに顔を背け、そう言うと目に涙を滲ませていた。
レイニーさんは何かを察したのか静かな声で
「わかりました。お嬢様、何かお悩みがあるのであれば何でも私にお話し下さい」
悲しそうな顔をしたレイニーさんは、そう言って静かに部屋を出て行った。
レイニーさんが部屋を出るとご主人様は、俺を抱きしめ、部屋の外に聞こえないよう声を殺して泣き出した。
「うぅわわわわわわん! 折角、魔法が出来るようになったのに……」
――ご主人様には、申し訳ないが、俺は冷静に魔法発動を禁止にしておいて良かったと考えていた。ご主人様の感情が乱れた状態で魔法を使えば魔力の暴発により学園全体が今頃、消滅して大惨事なっていただろう……
それだけ、ご主人様の魔力は膨大なのだ! ――おそろしい 娘!
ご主人様が泣き止むと俺はある行動に出る。ご主人様の手から離れ、ベットの上に乗り仰向けになった。
「キュウー! キューウ! キュウーー! 『我をモフるが良い! さぁ、来い!』」
ご主人様は、俺の言っていることがわかるのか、俺のお腹に顔を埋めた。激しいモフモフだった! 俺は堪らず声を上げた。
「キュウ! キュウ! キュウ~! 『もうやめろ! やめてくれ! そこはダメだ! そこは、たぬきの金〇だーー!』」
ご主人様の強烈なモフモフの洗礼を受け、グッタリとした。
「ハルタン、ありがとう! 悲しい時はハルタンのモフモフは最高の気分転換になるわ!」
ご主人様の声は少しだが明るくなったような気がした。こんな俺でもご主人様の役に立てて良かった…… 毛並みはぐしゃぐしゃになってしまったが……
――あとは……
屋敷のみんなが寝静まり、俺は大量のヤモリ、イモリ、ヘビの干物、体力回復に『ポーション』を携え、ご主人様の寝顔を見る
『明日になれば、すべて変わる。ご主人様の生き生きと生きていける世界に命を掛けても変えてやる! ご主人様、今までありがとう。俺を助けてくれてありがとう!』
俺は、ご主人様に最後の別れを告げ、屋敷を出た…… 今夜が俺の最後の変体になるだろう。 ご主人様の為なら悔いはない! ご主人様を侮辱したヤツらの魔力は全員覚えている……
『俺の命尽きるまで、おまえらに俺のばけ学を見せてやる!』
俺はヤツらの魔力を頼りに一軒づつヤツらの屋敷に向かう。
――最初は主犯格の屋敷だ!
『へ~ん・たい<変体>!』
『トォッ!』
白い煙が立ちこめる。
そして、煙が消散しそこに現れたのは……
『オーク・ジェネラルキング!』 オーク種の中でも最上位種だ!
「さぁ、開演の時間だ!」
ヤツの寝室に忍び込み、暴れまくった! 俺の姿を見て起き上がったヤツの顔は恐怖のあまり引き攣っていた。
俺はオーク・ジェネラルキングの姿のまま、ヤツに向かって言い放つ
「おまえが行った罪の数を数えろ!」
ヤツは恐怖で震え、俺に向けて制御の出来ていない爆裂魔法、火炎魔法を何発も発動させた
『ズッドォォォォォン!』
爆裂魔法と火炎魔法は、俺を通り抜け屋敷の壁に直撃し屋敷の壁を破壊した。
ヤツは諦めず何度も魔法を発動したが、俺には当たらないし、攻撃は効かない。
俺がヤツにやったのは『幻影の術』だ
。
天才たぬきの俺には『幻影の術』、『実体の術』などさまざまな『術』が使えるが、幻影の術は、魔力の消費が著しく激しい。
ヤツの家族、使用人が何事かと集まって来たが、俺の姿を見て、泣き叫ぶ者、恐怖で失禁する者、脱糞する者も居た。中には攻撃をしようとする強者もいたが、俺に攻撃が効かないとわかるとその場から泣き叫び逃げ出した。
俺は最後に『念写の術』でヤツの失禁した情けない姿を紙に念写し、ヤツに見せつけ言い放った。
「エリス・フォンティーヌに、これまでの事を謝罪し、懺悔するのであればこの場から去ろう。ただし、謝罪もせず、懺悔もせず、また同じことを繰り返せば、次は無いと思え!」
ヤツは絶望した顔をして言葉を発せずに、ただ頷くだけだった……
そして、俺はその場を離れた……
これでは、甘過ぎて、ざまぁ!にならないだろうがっ!とお叱りはうけるだろうが、、もし、ご主人様だったら謝罪して貰えたら最終的にはすべてを許すだろう――
そう言う方なのだ! ご主人様は――
因みに俺は屋敷を一切壊してはいなし死傷者も出していない。ヤツらの暴走した魔法攻撃で屋敷を半壊させケガ人を出したのだ。自業自得だ…… 俺はご主人様と同じ慈悲に満ちた『たぬき』なのだ!
しかし、たった一軒目なのに体力と魔力の減少が激しいが、ご主人様の笑顔の為、幸福の為にヤモリを齧りながら次の屋敷へと向かった……
◇
朝焼けまでにはすべての屋敷を回り終わった……
大量にあったヤモリ、イモリ、ヘビの干物にポーションも全部無くなっていた。
もう、体力も魔力も底を付きフラフラだった。
疲れ果てボロボロになった俺は、路地裏に体を丸め呟いた……
『これだけやったんだ… 後はフォンティーヌ家の旦那様に任せよう… 最後にご主人様にモフモフされたいなぁ……』
そして、俺は…… 静かに目を閉じた…… 心地の良い闇が俺を包んだ……
――ハルターン! ハルターン!……
どこからともなくご主人様が俺を呼ぶ声が聞こえた……
俺は目を開け、もう一度だけ―― 一目だけでも―― ご主人様に会いたい!
と想い、心底疲れ果てボロボロになった体を引き摺りながら、ご主人様が待っている屋敷へと向かった――
屋敷の門に着いた時には、もう意識が朦朧としていた。
『やっと着いた…… もう一歩も体が動かねぇ…… ご主人様に……会 い た か っ た――』
そうして、俺は、深い闇へとご主人様の笑顔を思い浮かべながら落ちていった――
――その後の話をしよう。
ご主人様をいじめていたヤツらは両親に伴われて公爵家へ謝罪に訪れた。また、学園長はじめ幹部も謝罪に訪れた。公爵夫婦はまさか自分たちの娘がいじめにあっているとは思わず怒り心頭だった。その話しは王族まで届き、学園関係者、いじめに加担した者の実家の爵位返上のうえ財産没収となるのだが、ご主人様はヤツらの謝罪を受け取り許した――
そして、王族にいじめの関係者全員の許しを働きかけた――
王族からご主人様の崇高な態度を称賛し、いじめ関係者全員を許し、第三王子の婚約者に内定した――
――今、ご主人様は魔力の循環の効果で、ほっそりとした美しく可憐な公爵令嬢となった。
そして、魔法の特訓にも余念がない!
いつか、俺の言っていた『500年に一人の天才』大賢者をめざして!――
「暖丹、そろそろ行くぞ」
「あぁ、じいさん」
「何がじいさんだ! いつも神様と言えと言っておるじゃろ!」
「器の小さい、じいさん神様だ…… 自分のペットをもっと大事にしろよ!」
ご主人様、短い間だったけど、俺は、幸せだった! ありがとう……
――今、俺はじいさん神様のとなりにいる……
完
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