第九十八話 奇襲
そして、その明後日がやってきて、俺は今、北方の上空にいた。
あの後、次の日には連絡が済んで予定が立ち、すぐに出発という流れになった。
あまりにも早いから、俺は辺境を追い出されたのではないかと思ったが、確かに死神という悪性に分類される魔物を使い魔として持っている可能性があるのならば追い出すのは自然……いや、追い出すなら隣国に突き出すか。やっぱり、俺は追い出されてなんかいない、……と、思いたい。
『雷、そろそろ休憩にしよう。結構飛んだだろ』
「くぅっ」
『じゃあ、その辺に……』
そう言って、森の中の開けた場所を探していると、背後から妙な気配を感じた。
『雷、やっぱ休憩は後ででいいか? ちょっと……』
「ぐるぅっ!」
雷は何かを威嚇するような鳴き声を上げる。俺に向けて怒っているというよりは、雷も俺が感じたその気配を感じているようにも思えた。
「行けぇー!」
その時、背後からそんな声が微かに聞こえ、振り返ると、後ろから黒っぽい何かがどんどん近付いてくるのが見えた。
『雷、速度上げられるか?』
「ぐぅっ」
『できるだけ、街の近くには寄らないで。それでどうにか撒こう』
「がぅっ」
すると、雷はすぐに速度を上げ、進路を少しずつ変える。
俺は雷を信じて後ろを振り返り、敵を確認する。
雷が速度を上げたおかげでそれほど距離は詰まっていないが、何なのか視認できるくらいには距離が近かった。
『ガーゴイル……?』
その黒っぽい何かの正体は灰色のガーゴイルのように見えた。その数はざっと五体くらい。
ガーゴイルは屋根の上とかにしゃちほこみたいに置かれている置物……に見える魔物。そこまで強くはない。というのは、あくまでも創作上の話だ。
俺を襲って来るということは向こうの魔物だということ。だから、コイツの強さはわからないし、推し量ることもできない。
その瞬間、そのガーゴイルたちの一部が紫の光線のようなものを発射してくる。
『は……!?』
俺は一瞬で手綱を緩め、体をその間に入れて落ちないように支え、無理矢理鐙に足を反対から突っ込み、後ろを向いた。
そして、俺は不安定な体勢で目標をしっかりと見ながら咳払いをする。
「……跳ね返れ……!」
そう言いながら手をその光線に向けると、言霊はしっかりと発動し、光線は180度曲がってガーゴイルに向かって行った。ガーゴイルは急に自分に光線が向かってきたことに驚いたのか避けることもせずにあっさりと光線に当たって墜落していった。
それを見るや否や、他のガーゴイルたちが一斉に俺の方に向かって来る。
だが、これも一気にやれるはずだ。
「止まれ……!」
再度言霊を使うと、その向かってきたガーゴイルたちは一斉に動きが止まり、何もできないまま墜落していった。
「な……なんだと……!?」
ガーゴイルたちで隠れていた後ろから誰かがそんな声を上げる。
『誰だ、お前は』
俺は雷に止まるように指示し、そいつにそう話しかける。ちょっと脅かす目的で脳内にそのまま話しかける。
「な……何だ……?」
『さっさと名乗れ!』
「お前の声か……?」
驚かせすぎたのかもしれないが、名乗る気はなさそうだった。
見た目は全身を黒っぽいローブで覆っていて、フードを深くかぶっているため顔は見えないが、身長もそれなりに高いことや声から男だとわかる。そして、その男は黒い竜に乗っていた。職業は魔術師か何かか……?
普通に考えて向こうの国の人物なのだろうが、何でここまで来れたんだ。
「うがっ……」
考えている間に、魔術師のそんな呻き声が聞こえて顔を上げると、魔術師は背後から突然飛んできた剣で背中を刺され、そのまま竜から落下していった。
そして、その向こうにいたのは……
『兄ちゃん……?』
「文人! 竜を!」
兄ちゃんがそう言ったから竜を探すと、竜は落ちていく魔術師を追いかけて滑空して行っているのが見えた。
おそらく兄ちゃんは、魔術師に落下ダメージが入るように、竜が助けられないようにしてほしいのだろう。兄ちゃんより、俺の方が竜に近いから。
『雷、ちょっと頼む。尻尾、使わせてもらう』
「くぅっ!」
多分、この反応は『OK』だろう。
俺はそう思って鎧から足を外して雷の上に立ち、尻尾の方に向かって走る。
そして、尻尾の上を走り抜けてそのまま空中にダイブした。ちょうどその位置は、竜の真上だった。
「……加重」
俺は言霊で自分の体重を急激に増やす。どういう仕組みかは知らないが、体の変化は全くない。どちらかといえば、かかる重力が増えたようなものだ。
この言霊によって俺の方が竜より重くなり、落下速度は俺の方が速くなる。その分危険も伴うが、これが最善だと思った。竜を怪我させるわけにもいかないし、魔術師は落下ダメージで瀕死になると思うから、さらに攻撃して殺せないし。
俺の方が速くなったお陰で竜に追いつき、俺は竜の手綱を掴んで強く引っ張り上げた。
ここだけは腕が重すぎて苦労したが、どうにか竜の動きを止めることができた。
「……戻れ」
言霊で元の体重に戻すと、一気に体が軽く感じ、今なら何でもできてしまいそうな感覚を覚えた。
「文人、よくやった」
竜を上空まで上げると、兄ちゃんはすぐに魔術師の竜に乗り替わり、俺は雷に飛び移った。
ふと下を見ると、魔術師は地面に落下したまま、動かなくなっていた。
「おそらく、死んではいない。気絶しているだけだろう。今のうちに運んでしまおう」
『運ぶって、どこに?』
「本部の方」
『本部……』
まさか、俺一人に任せるとか言わないよな……?
「波瑠人さん……!」
その時、後ろから誰かが兄ちゃんを呼ぶ。
「やっと来たか。島田」
「すみません……まだ慣れてなくて」
「慣れるも何も、こいつらは操縦するもんじゃない」
「そうは言われても……」
「掴まっていればいいんだ。お前はその分周りをよく見ておけ」
「はい……」
合流した瞬間に悠騎は兄ちゃんに怒られていた。それでも、俺がいない間はそこに悠騎がいると思うと、少し複雑な気持ちになる。
「文人、頼んでいいか? 本部には連絡しておくから」
『頼むって言われても……』
どうやってこんなに本部まで運ぶんだよ。
「文人はコイツに乗って、アイツは紐で吊り下げていけ」
なんか、すごい見世物にされるんだな……敵国の奴って。
それから俺は黒い竜に乗り替わり、兄ちゃんが下に降りて魔術師に紐を括りつけて、その先を雷の鞍に付けた。
兄ちゃんの手際の良さから、何度もこういうことをやっているのだと思う。そして、この前はイレギュラーだとしても、日々こういうことをしていると考えると、辺境剣士団の大変さみたいなものを感じる。
「じゃあ、頼んだよ、文人」
『う、うん』
「頑張って、文人」
『ありがとう。悠騎も、頑張って』
「うん」
俺は二人に別れを告げ、再度王都に向かった。




