第九十二話 竜小屋
それから俺は兄ちゃんに辺境剣士団の施設を案内された。
主に朝礼をしていた部屋があるメイン棟と宿舎のある棟に分かれていて、そこから少し離れたところに竜小屋があるといった感じだった。
そして俺たちは最後に竜小屋に向かった。
他の二人と小泉さんも少しすると竜小屋に到着し、ここでは一緒に話をするということになった。
「えーっと、ここが竜小屋です。各剣士団には竜がいて、こういう小屋がある。そして、一人一頭竜を担当することになっている」
小泉さんがそう説明する。
「一人一頭ですか?」
「ああ。……まあ、有星さんは見回りしたりしないから違うけど……君たちには担当してもらう」
川平の質問に、小泉さんはしっかりと答える。
竜小屋の中には、向かい合うようにいくつかの寝床が並んでいた。今は八頭で、右側に四頭、左側にも四頭いた。
「右側が向こうから空翔、雨、麗、幸也。左側が白、夏目、雷、風磨」
小泉さんはその八頭をそう紹介した。
そして小泉さんの声に気付いてこちらを見ていた竜の一頭がこっちに向かってくる。
その竜の目線の先は俺。つまり、その竜は雷だった。
『ちょっ……まだ途中だから、もう少し待ってて』
「いいよ。大丈夫」
『すみません』
小泉さんは竜に甘かった。制限しても無駄だと思っているのだろう。
「えっと、波瑠人の弟には雷、悠騎には白、蒼将には夏目をそれぞれ担当してもらう。もちろん、相談には乗るし、勤務時間に応じて他の人に任せたりっていうのはよくやってるから、そんなに心配することは無いよ」
そうフォローするが、不安なものは不安だろう。まあ、これだけ言うなら心配はいらないだろうが。
「向こうの部屋に、それぞれの竜に合わせた書類というか、ここまで育てた人からの申し送りが書かれた紙があるから、それを読んでおくこと。とにかく、わからないことがあったら聞いて」
小泉さんは簡単に説明を済ます。
「今日はとりあえず、竜の世話を頼もうかな。午後から今日はミーティングがあるから、それまでは竜の世話なり、新人同士で仲を深めるなり、それぞれでやって欲しい。時間になったら呼びに行くから」
小泉さんはそう言うと、じゃあ、と言って竜小屋を後にした。兄ちゃんもその後を追って、小屋を出て行った。
説明が大分駆け足だったが、二人とも自分の仕事があって早く戻りたいのだろう。
俺はとりあえず、小泉さんが言っていた部屋に向かうことにした。
『雷、またあとで』
一言そう言うと、雷はきゅるっと鳴いて自分の寝床に戻っていった。
「結構仲いいんですね」
『あ……はい』
急に島田に話しかけられてびっくりしたが、俺はなんとかそう返すことができた。
「いつからここにいるんですか?」
『昨日からです』
「えー、だったら、何でこんなに仲いいんですか? もしかして、お家の竜ですか?」
島田がそう質問するが、隣で川平が「ちょっと、失礼じゃない?」と止めに入った。
『いや、大丈夫です。雷とは、学院の実技試験で面識があって……一年くらい前の話ですが、まだ覚えていてくれたみたいです』
「そうなんですか」
明るいタイプの島田と、暴走しないように助ける川平。バランスのいい二人のように思えた。
「あ、改めて、ですけど……俺、島田悠騎っていいます。一級貴族って初めて見たので、本当にいるんだなって……なんか、感動しました」
『か、感動……?』
なんだそりゃ……意味がわからない。
「北の中でも、僕たちのいた場所は少し離れたところにあって……あんまり他の人も寄り付かない場所だったので、ちょっと位の高い人を見ると、悠騎はこうなっちゃうんです」
『なるほど……』
川平にそう説明されるが、その感覚はあまりよくわからない。
『でも、位の高いって、一級貴族くらいしかいないんじゃないの? 初めてなんだよね? 一級貴族』
「はい。元々三級貴族で……兄たちが頑張って二級貴族になったんですけど……俺自身の実力はまだまだです」
『なるほど……そういうこと』
だから、三級貴族の感覚で言えば、二級貴族すら上……というわけか。
『でも、川平くんが知ってるってことは、二人は幼馴染か何か?』
「はい。蒼が北に来て、そこからずっと一緒です」
『へぇ……北に来たって、どういう……?』
ダジャレ……じゃないよな……?
「僕の家は元から二級貴族で、跡継ぎを残すためっていう両親の意向で、長男以外の誰かが北方で暮らすことになって……僕は人と話すのが昔は得意じゃなくて、そのせいか周りの二級貴族の子たちから何か怖がられてて。それだと、家族間の関係を持つのには向いてないって言われて、次男なのに北方に行かされたんです。その時はかなり不満だったんですけど、悠騎と出会って、話しかけてくれて、ここまで仲良くやって来れたので、よかったかなって思ってます」
川平は瑠花と同じ感じってことか……? 簡単に言うと。
『そっか。二人は仲いいんだね』
「卒業の時はバチバチでしたけど」
『そりゃそうだろうね』
仲良しこよしじゃ、やってられないだろう。
「えっと……水風さん」
『文人でいいよ。兄ちゃんも水風だし……あと、さんもいらない。敬語じゃなくていいし、呼び捨てでいいよ。同い年でしょ?』
「え……いや……でも……!」
島田は少し動揺していた。二級貴族相手でさえも感動してしまうのに、一級貴族の俺からこんなこと言われたら無理もないか。
『一緒にやっていくわけだし、俺、あんま慣れてないんだよね、そういう感じ』
「わ、わかった……文人」
「悠騎適応早っ……」
あっという間に受け入れて適応した島田を見て川平はそう呟く。川平のそれが普通だとは思うが、早く適応してくれたのはありがたい。
「あ、俺も呼び捨てで、できれば、下の名前がいいなー……なんて、急すぎかぁー、はは……」
『わかった。よろしく、悠騎』
「え、あ、よろしく……! 文人」
動揺はしていたが、俺と悠騎は握手を交わした。
『えっと……川平くんも、呼び捨てでいいから』
「あ、うん。僕も、呼び捨てで。呼びやすい方で……いい」
『わかった。よろしく、蒼将』
「え、あ、よろしく、文人」
俺は蒼将とも握手を交わす。
『じゃあ、小泉さんが言ってた部屋、行こうか』
「うん!」
なぜか俺が先導する形で、竜小屋の奥にある部屋に向かった。
「失礼しまーす……」
悠騎が先にそう言って覗き込む。俺もその後に部屋の中を覗き込むと、そこには一人の男がいた。
「何だ? 少年たち」
その男は俺たちの方に、睨むように視線を向けてそう言った。
『あ、初めまして。今日から、ここに配属された者です』
「名は?」
『水風文人です』
「あ、俺は……島田悠騎です」
「川平蒼将です」
「そうか。私は石川だ。ここの番を任されている。剣士団の人間じゃないからいつまでいるかはわからないが、よろしく頼む」
『お、お願いします』
見かけはすごく怖そうなのだが、意外と普通の人のようだった。
「書類だよな。そこの棚に入ってるから持って行け。終わったら戻しに来い」
『わかりました』
俺たちは石川さんの言った棚からそれぞれのファイルを取り、その部屋を後にした。




