第九十話 辺境剣士団
それから十数分飛ぶと、森の中にとある建物が見えてきた。
「文人! あれが辺境剣士団の建物だ」
兄ちゃんは俺に向かってそう言う。
白い壁に黒い屋根で洋風のその建物は、どこかファンタジー世界の学院のような雰囲気を漂わせていた。いや、ここがどこかのファンタジー世界……か。じゃあ、何と表現していいのかわからない。
まあ、王国高等剣士学院と似た建物と言えば、似た建物だ。敷地の広さは全然違うけど。
そして二頭の竜は、最寄り街にあったものと同じような着陸場所があり、そこに着地した。規模感はもちろん最寄り街のものよりももっと大きいが。
『……ありがとう』
俺は竜の背から降りると、雷にそう言った。雷は高い声で少し唸ってじゃれついてきた。
「じゃあ、ゆっくり休んで。今日はありがとう」
荷物を降ろして兄ちゃんがそう言うと、風磨と雷は自分で竜の家のような場所に戻っていった。
「どうだった? 乗り心地は」
『うーん……気持ちよかった』
「だろ?」
俺たちはそんな話をしながら建物の中に入る。
「一応、正式には明日からなんだけど、少しでも早く慣れた方がいいかなって」
『そうなんだ。でも、兄ちゃんはいいの? 百澤先輩と一緒にいたかったんじゃ……』
「いやぁ……壱絆も忙しいだろうし……向こうにいても、父さんたちと結婚とかそういう話になるだけで、めんどくさくて」
『そっか……』
「まだ壱絆の話もしてないし、さ。文人も気をつけな」
『うん。ありがとう』
やっぱり長男は大変だ。一級貴族ともなると、なおさら。俺にも降りかかるであろう問題だけど、ここまで重い感じにはならないと思う。
兄ちゃんと話しながら俺はエントランスホールを見回す。
ホールはそこまで豪華ではないものの、それなりの広さがあり、しっかりとしていた。ちょっとしたラウンジのようでもあった。
「とりあえず、リーダーの部屋に挨拶しに行こう」
『うん』
俺は兄ちゃんに連れられて廊下を進み、奥の方にある部屋まで進んだ。
まず兄ちゃんがその部屋の大きな扉をノックする。
「はい」
「水風です」
「入れ」
中から聞こえてきた声は、太くて低い男の人の声だった。
「失礼します」
兄ちゃんがそう言って扉を開け、中に入る。俺は会釈をしながら、兄ちゃんの後に続いて同じように中に入った。
中にいたのは声からも想像できる屈強そうな男だった。その男は部屋の奥にあるデスクに座っていた。おそらく、この男が辺境剣士団のリーダーなのだろう。
「新人か? 一日早いが……」
「はい。弟の文人です。少しでも早く慣れてもらおうと、少し早く連れてきちゃいました」
「そうか」
「迷惑……でしたか?」
「いや。迷惑なんかではない。むしろ大歓迎だ」
男はそう言うと椅子から立ち上がり、こちらに向かってきて、俺の目の前に立つ。
「北村薫だ。二級貴族だが、ここのリーダーをしている。よろしく頼む」
リーダーはそう言い、手を差し出してきた。
『……水風文人です。よろしくお願いします』
俺はそう言い、リーダーの手を握って握手を交わす。
「明日、他の新人も来る予定だ。その時に、顔合わせを行う。皆いい奴ばかりだから、わからないことは遠慮なく聞いてほしい。まあ、兄に聞くのが一番いいだろうが、な」
『わかりました。ありがとうございます』
そういえば、他にも新人を求めていたような……俺は誰も指定しなかったが、結局どうなったのだろう。少なくともまろんや飛翔、風音ではないと思うが。
「波瑠人、部屋に案内してやれ」
「わかってます。弟ですから」
「頼んだ」
「はい。……それでは」
兄ちゃんはそう言って部屋を出る。俺は再度会釈をし、兄ちゃんの後を追いかけた。
辺境剣士団では、所属剣士たちが共同生活を送る。三日に一回、あの最寄り街から物資を調達することで生活していく。
辺境剣士団はこの北の辺境を二十四時間体制で監視する組織。夜勤ももちろんある。そして、何かあれば休みだろうが何だろうが呼び出される。数年前まではそんなこと滅多に無かったが、最近は無いとは言えないくらいの数にはなっているらしい。
北の辺境は未開拓の地で、数少ない森林地だ。ただ、良性魔物も多く生息しており、一般人は足を踏み入れることすらできないという意味での未開の地。だから、林業などに利用はできない、自然保護区のような場所になっていた。
他の辺境地域では、隣国との貿易などが盛んに行われており、辺境近くの町は賑わっているという。
そもそも、いわゆる盆地であるこの国では、貿易が不可欠。なのに、なぜ北側の国とは友好的な関係になっていないのか。向こうの魔物を悪性魔物と呼び、宣戦布告までされる始末。このままだと、戦争になりかねない。
戦争がどんなものなのか、起きた時代や使う武器は違えど、前世で小さいころから教え込まれてきた。できるだけ話し合いでどうにかできないかと考えたい。剣士としてあるまじき考えだとは思うが……
そんなことを考えているうちに、兄ちゃんはとある部屋の前で立ち止まった。
「ここが文人の部屋。先に鍵渡しとく」
そう言って兄ちゃんは鍵を差し出してきた。俺がその鍵を受け取ると、兄ちゃんは扉を開ける。
「今日はゆっくり休んでくれたらいい。俺はそこの隣の部屋だから、なんかあったら呼んで。じゃあ」
兄ちゃんはそう言うと、俺の右隣の部屋に鍵を開けて入っていった。
――俺も部屋見てみるか……
俺は誰もいない静まり返った廊下から自分の部屋となる部屋に足を踏み入れた。
扉から真っ直ぐ伸びる短い廊下の右側には小さなキッチンがある。そして左側にはスライド式の扉があった。そして、廊下の先にはもう一枚ドアがある。
事前に見た情報だと、左側の扉を開けた先には水回り設備が集められている。
廊下を進み、扉を開けると、そこには小さなワンルームが広がっていた。
よくある平凡なベッドとローテーブル。壁にはさらに扉がついていて、その奥はクローゼットだ。部屋にあるものは大体そんなもんで、それでも部屋は充実していると思えるほどの広さだった。まあ、一人ならこのくらいがちょうどいい。
俺は荷物を壁際に置き、ベッドに倒れこんだ。
ここまでそういう素振りは見せないようにしていたが、本当に疲れていた。腰に掛けていた剣に加えて、生活に必要な荷物がトランク一つ分。そんな荷物もありつつ、数時間の電車移動。疲れて当然とも言えるだろう。まだ病み上がり気味でもあるし。
そして俺は、そのまま眠ってしまった。




