第八十九話 旅立ち
翌日、俺は辺境に向けて旅立った。向かったのは、この国の北の果てだ。
すごく急なことだったが、両親は兄ちゃんから聞いていたようで普通に送り出してくれた。瑠花は少し寂しそうにしていたが、俺がいなくなって少しは気が楽になるというか、忘れてくれると思う。というか、そうなればいいなという俺の希望だ。
俺と兄ちゃんは剣士団の制服に身を包み、必要最小限の荷物を持って、辺境剣士団の拠点に一番近い街まで向かった。
電車を乗り継ぎ、約半日をかけて最寄り街までたどり着いた。
『辺境は遠いって聞いてたけど……こんなに遠いんだな』
電車と言っても、在来線のようなものではなく、新幹線のような特急列車に八割近く乗っていた。なのに半日かけてやっと最寄り街だ。どれだけ遠いのかは一目瞭然。
「ああ。だからさ、中々帰れないんだよね。忙しいっていうのもあるけどさ」
『そうだよな……だったら、別に迎えに来なくてもよかったのに』
「いや、頼んでた荷物もあったし、会いたい人もいたから」
『会いたい人……? 彼女?』
「まあ……そんなところかな」
『へぇ……兄ちゃんにも彼女が……』
俺にも彼女と呼べる人がいるわけだし、当然といえば当然か。
「文人はどうなんだよ」
『えっ?』
急に振られて驚いてしまった。でも、元々は俺がそういう方向に持っていった話だ。自分に振られることまで考えていなかった。
『まあ……いないこともないけど……』
「ほんとに?」
『秘密で』
「ああ。お互いにな」
『うん』
兄ちゃんも両親には何も言っていないようだった。
『ちなみに、相手は? どんな人?』
「あー、去年卒業記念試合見ただろ?」
『うん』
「その対戦相手だった、次席の百澤壱絆」
『百澤先輩……か……強かったし、秘密にする必要も無いんじゃないの? きっと認めてくれる』
婚約相手として、という意味だ。
「まだ、そこまでは行ってないから……でも、父さんも母さんもうるさいんだけどね、早くいい人見つけて来なさいって」
『そっか……』
兄ちゃんは長男だから、俺よりももっと大変なんだろうな……
そこまで話し終えたところで、俺たちは一休みしようと、小さなカフェに入った。
『あとどれくらいで着くの?』
「ここから竜で十分くらい。竜が来るまでは、もうちょっとかかるかな」
『竜……か……』
俺は少し、一年の進級テストで生まれたあの竜を思い出した。今どこにいるのかは知らないが、少し会ってみたいと思った。無理な話だとは思うが。
『っていうか、竜って一人で来るの?』
「ああ。一人っていうか、一頭だけどな。二頭一緒に来るから、大丈夫だと思う」
『そっか……賢いんだな』
「そりゃ、剣士団の竜だからな」
『まあ、そうか……』
アイツもそんな風になってるのかなぁ……
「でも、今日来る片方は新しい竜だから、ちょっと時間かかるかも」
『別にいいよ。休憩したいし』
「そうだな」
それから無言の時間が続く。特に話すこともないし、話す必要もなかった。でも、何か話したい。そういう時ってたまにあるよな……?
『……ねえ』
「ん?」
『その……』
「どうした?」
切り出してはみたものの、中々話し出せない。話すことは見つけたのに。
「遠慮なく言っていい。そんなに深く考えないで」
『うん……えっと……俺……』
内容が内容なこともあって、中々踏み出せない。でも、言わなきゃ……!
『俺、知っちゃった』
「何を?」
『俺と兄ちゃんは、兄弟じゃないってこと』
「え……」
兄ちゃんは驚いていた。でも、すぐに「そうだよな」と言って平常心に戻る。
『瑠花から聞いた。俺は、父さんの兄さんの子で、兄ちゃんとは従兄弟だってこと』
「そっか。……それで?」
『え?』
「だからって何だよ。そうなったって、文人は俺のことを『兄ちゃん』って呼び続けるだろ? 結局、兄弟ってことは変わらない」
『そう……だよね。でも、一応ね。知ってるよってことだけは言っておこうと……』
「わかった。でも、今まで通り。だからな?」
『うん』
従兄弟だろうが、兄ちゃんは兄ちゃんで、兄弟だ。そして、やっぱり瑠花は妹だ。
「そろそろ来ると思う。行こう」
話が終わったからなのか、兄ちゃんはそう言った。特に続ける話も無かったので、俺たちはカフェを出て広場に向かった。
辺境剣士団の最寄り街だからなのか、どうやら広場には竜が降りたり飛び立ったりする専用の場所があるらしい。竜で王都まで行くこともあるから、その休憩所としても利用されるとのこと。
とにかく、そこには竜がゆっくり休める設備が整っていて、いかにもという場所だった。
『なんか、すごい』
「だろ?」
『さすがって感じ』
「国も、辺境は大事にしてくれてんだよ」
現在危機が迫っているとなれば、なおさらだ。
「さて、来たぞー」
兄ちゃんがそう言った。俺は兄ちゃんの視線の先を見る。すると、そこには白銀の毛並みをした竜が二頭向かってきているのが見えた。
その二頭は一瞬にして着陸地点に着陸し、兄ちゃんに頭を寄せた。
「よしよし。偉いぞー」
兄ちゃんは二頭を撫でながらそう言う。
「あ、こいつは弟の文人だ。辺境に配属されることになった。よろしく頼む」
兄ちゃんは二頭にそう説明する。果たして理解しているのかはわからない。いくら賢いとはいえ、それはさすがに無いか。
『よ、よろしく』
俺は一応、そう挨拶しておく。
「こっちが俺の竜、風磨。こっちが新しい竜の雷だ」
兄ちゃんは二頭に代わってそう言う。
『よろしくな、風磨、雷』
俺がそう言うのと同時に、片方の竜が急に近づいてきて襲い掛かってきた。
いや、抱き着いてきた、といったところか。
「雷、急に抱き着いたら危ないだろ」
『いや、大丈夫』
でも何でだろう。急に抱き着いてくるだなんて。しつけはかなりされているだろうから、珍しい行動なのではないだろうか。
「雷、お前らしくないな……どうしたんだ?」
兄ちゃんがそう聞くと、雷は俺を放して何かを訴える。
「ん?」
兄ちゃんでも、何が言いたいのか理解できないようだった。
『もしかして、あの時の竜……か……?』
俺がそう呟くと、雷は頭をブンブン振って、頷いているようだった。
「あの時って?」
『一年の時の進級テストで、竜の卵を回収するミッションがあった。その時に、途中で孵っちゃって……その竜が、雷』
「マジかよ……じゃあ、雷は文人の竜だな」
『え?』
「まだわかんないけど、リーダーに伝えれば、担当にさせてもらえる」
『別に俺、ビーストテイマーじゃないし……』
「一人一頭担当するんだよ」
『なるほど……』
確かに、風磨のことを「俺の竜」と言っていたような……
「じゃあ、早速で悪いんだけど、文人は雷に乗って。訓練はしてるから、特に指示しなくても飛んでくれると思う。まあ、俺たちについてきてくれればいい」
『わ、わかった。風磨と雷は大丈夫? ちょっと休憩した方が……』
「行って帰るくらいは大丈夫だよ」
『そっか。結構タフなんだな』
俺の言葉に二頭はキュルルと喉を鳴らして反応した。
そして俺は荷物を載せ終えると、ぎこちない動きで雷の背に乗った。
『高っ……』
「行くぞー」
『えっ? うわっ!』
俺の心の準備ができる前に兄ちゃんは飛び立つ合図をしてしまい、雷は急に飛び立った。
急に飛び立ったものの、すごく安定していて、落ちるなんてことはなかった。
ドラゴンの背に乗るとはこういう気分なのか……と、久しぶりに新鮮な気持ちになる。
――やっと始まったな。水風文人《俺》の人生。




