第八十八話 お兄ちゃんと妹
『ふぅ……物騒な奴らだ』
魔法を不意打ちした俺が言うことでも無いが。
『さてと……』
俺は振り返って、しゃがみ込んでいる瑠花に駆け寄る。
「おにい……ちゃん……」
瑠花は泣きそうな目でそう呟く。
そして、俺が瑠花の前にしゃがむと、瑠花は「お兄ちゃん……!」と叫ぶように言いながら、飛びついてきた。
俺は急なことで一瞬驚いたが、黙って瑠花を抱きしめる。すると、瑠花は安心したのか泣き始めた。
いつも瑠花は俺のことを「お兄様」と呼ぶ。でも、今日は違った。俺のことを「お兄ちゃん」と呼んだ。
今まで、どこか他人行儀というか、やっぱり従兄妹だということもあってなのか、距離があった気がしていた。ずっとそれが普通で、瑠花の話し方がそういうものだっただけだと思うことにしていたけど、あれからやっぱり兄だとは思ってもらえていなかったんだと感じていた。
でも、瑠花はちゃんと兄だと思ってくれていた。「お兄ちゃん」って呼んでくれた。ただそれだけのことだが、嬉しかった。
「……ありがとう……あと、ごめんなさい」
ひたすら泣き叫んだ後、瑠花はそう言った。
『俺こそ、ごめん』
瑠花が家出した理由は、俺にある。
おそらく、瑠花は俺に振られることをわかって告白した。そして、その予想通りに振られた。そこまではよかった。よくは無いけど……まだよかった。
でも、瑠花は簡単に諦めることなどできなかった。そんな状態で、俺とまろんの関係を知った。情報の出どころはあの時見ていた関係者からだろう。
両親が知らないのはおかしいと思ったが、誰にも伝えていないこともおかしいと思った。だがまさか瑠花に知られていたとは。
そうして俺とまろんのことを知った瑠花は酷くショックを受け、初絃に話したら話が膨らみすぎて、初絃がああいうことを言った。そういうことだろう。
初絃のおかげでここまでたどり着いたわけだが、初絃は俺とまろんの詳しいことは知らないと思う。ただ瑠花にとってショックなことがあったといった程度だろう。兄の恋愛事情なんて、わざわざ他人に言うことでもないし。
『知ってんだろ? 俺とまろんのこと』
「……はい。ごめんなさい。勝手に……」
『知ってしまったものはしょうがない』
しょうがないことだけど、それを誰かに話されたら終わりだ。今は。
『でも、今は秘密にしておいてほしい。まだ、誰にも言いたくない』
「わかってます。……でも私に教えてくれた方の行動までは何とも言えません」
『ああ。そうだな』
そんなことはわかっている。
『それで、理由はそれだろ? 家出した理由は』
「……はい。恥ずかしながら……家出という家出もできていませんが」
やっぱり、か。
「わかってます。私が口を出す話ではないっていうことは。まろんさんは素敵な人だと思いますし……でも……」
諦めきれないか。そんなに想ってもらえていると思うと、少し心苦しい。だからと言って、瑠花を妹以外として見ることはできない。それとこれとでは、話が違う。
『瑠花、俺のことは諦めた方がいい。いくら待っていても、俺とは無理だ。それよりも、他の人を探した方が、絶対に瑠花は幸せになれる。だから……』
「……わかってます。その結果で、こんなことになったんですから、もう……諦めるしかないですよね。結局、お兄様に助けを求める羽目になってしまいましたし……まだまだ、剣士としての実力も足りていない。恋に現を抜かしている場合ではありませんね」
瑠花は、最後には笑顔を見せてそう言った。その笑顔は、諦めの笑顔だった。
◇◇◇
『ただいま戻りました』
俺は瑠花を連れて家に帰った。
「お帰りなさいませ」
俺たちに気付いて出迎えた召使いがそう言った。
その召使いの顔を見て、俺は少し動揺した。その人物は、俺とまろんの関係を知っている召使いだった。あまり誰がどの役職か覚えていなかったため、その時はすぐに誰か判断することはできなかったが、今わかった。
「お二人を待っている方がいます。リビングにお越しください」
召使いはそう続けるが、俺にはそこまで届いていなかった。
「……お兄様? 行きましょう。打ち合わせ通りやれば大丈夫……って、お兄様が言ったのですよ」
『ああ……そうだな。行こう』
瑠花に言われて、やっと話がちゃんと耳に入ってきた。そして俺たちは、真っ直ぐリビングルームに入った。
『ただいま戻りました』
俺が部屋に入ってそう言うと、両親は座っていたソファーから立ち上がり、瑠花に駆け寄った。
そして、そんな二人の奥に、さっきの召使いよりも驚きの人物がいた。
『兄ちゃん……』
俺はボソッとそう呟き、その人物に駆け寄った。
「文人、色々大変だったな」
『兄ちゃん……何でここに?』
「迎えに来た。ちょっと配属が早まることになったから、手伝いに」
『そっか……わざわざ、ありがとう』
早まることは聞いていたが、まさか兄ちゃんが迎えに来るとは思っていなかった。
「それで、何があったんだ?」
『いや……瑠花が家出して、探しに行ってた』
「そっか。気持ちわからなくないから、理由は聞かないけど……よくやったな、文人」
『大したことはしてない』
「それもそうか」
俺と兄ちゃんがそんな話をしている間に、瑠花は事前に決めておいた言い訳を説明していた。若干あやふやなところもあるが、両親はそんなことよりも瑠花が無事だったことの方が重要で、特に追求も無かったようだった。
一応、瑠花が理由として言ったのは、「一級貴族としての重圧に耐えられなくなった」ということだ。兄二人がどちらも首席で卒業し、自分も首席を取らなければならないという重圧を感じてしまっていた。そして、それに耐えられなくなって、逃げ出した。打ち合わせではそう言うという話だった。実際にどう言ったかはわからないが。
「それで文人、」
『ん?』
「明日出発で大丈夫そう?」
『え……まあ……いいけど……』




