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第八十七話 ここのルール

「何なんですか……」


 瑠花は知らない人物に脅され、物理的にも、精神的にも追い詰められていた。


 瑠花の前には三人の男が立ちふさがっていて、正気になったとしても簡単には逃げられそうにない。


 剣さえ持っていれば別だが、瑠花は目立ちたくなかったから、剣は家に置いてきてしまった。つまり、今は丸腰状態だ。素手同士の一対一でも負けてしまうだろう。


「君みたいな子が来る場所じゃないんだよ。守ってもらってばかりな箱入り娘が」


 三人のうちの一人が、瑠花を罵るようにそう言った。


「せめてここのルールだけでも守ってもらわないとね」


 別の男がそう付け加える。


「ルールって、何ですか……? ……法で決まってるわけじゃないなら、私が守らなければならない理由はありませんが……」


 自分のことを知っているとわかった瑠花は、一応一級貴族としての意識は取り戻したのか、強気に言い返した。


「法ねぇ……法以外にも守らなきゃいけないルールってあるだろ? それも守らないって言うのか?」

「そんなことは言っていませんが……」


 瑠花の応答が気に入らないのか、三人のうち真ん中にいるリーダー格の男が舌打ちをして、何かを右手から放った。


「ひゃっ……!」


 その何かは瑠花の足元に当たり、瑠花は後ろに倒れて転び、尻餅をついた。


「痛っ……こんなことして、許されるとでも……?」


 瑠花のことを顔を見ただけで一級貴族の箱入り娘とわかるということは、この三人は確実に貴族。魔法を使えることからも、それは確定事項と言えるだろう。平民なら、瑠花のことはそこまで詳しく知らないだろうし、そんな瞬間的に魔法は使えない。


 だからこそ、身分の差を利用してこの状況を打開しようとしたが、ここまでしてくる奴らにそんなものは通じない。もうそれも承知の上でやっているだろうから。


 瑠花も、こんなものが通じる相手ではないことは、もちろん充分にわかっている。


 そんな瑠花の予想通り、男たちは魔法を武器にさらに瑠花に詰め寄ってくる。


「所詮一級貴族もこんなもんか」


 男たちは笑いながらそんなことを言う。


「……やめて……来ないで……」


 瑠花のか細くて震えた声は、その声にかき消され、誰にも届かない。


「……お兄様……お兄ちゃん……! 文人お兄ちゃん……! 助けて……助けて……!」


 瑠花は必死にそう呟く。でも、その声もか細く震え、届くことは無い。


「お兄ちゃんに助けを求めるか。哀れだな」

「必死に叫んだって届くわけねーよ」


 男たちはさらにそう言って瑠花を追い詰める。


 だが、瑠花でさえもそう思っているため、効果は無いに等しい。それに、既にかなり追い詰められている。


 だが――


 その時、男たちと瑠花の間に炎の壁が現れた。


「は……!?」


 一人は『あり得ない』と言わんばかりの反応を見せる。


「あそこ……!」


 もう一人が囲われた建物の壁のうち、瑠花の後ろの建物の上を指さしてそう呟いた。


 その指の先には、フードを被った怪しい人物が立っていた。手を炎に向けていることから、この人物が魔法で炎の壁を作ったのだろう。


 魔法を使っている影響で瞳が赤く光り、全身黒い服装と、背後に輝く青白い月が相まって、とてつもない威圧感を与えていた。


「誰だ! お前……!」


 リーダー格の男が、その赤い目を睨んでそう言う。


『……妹に手を出すとはいい度胸だ』


 その人物のその言葉が、四人の脳内にやけに大きく響いた。



  ◇ ◇



 俺は炎の壁を消し、その場所に向かって屋根から飛び降りる。


『俺は水風文人。こいつの妹。そんでもって、一級貴族だ』


 三人をまとめて睨んでそう言う。


「は……?」

「本当に……届いたのか……? あり得ない……」

「どんな魔法を使った……!」


 三人は時間稼ぎでもしたいのか、口々にそう言う。


『魔法なんて使ってない。魔法はそんなに便利じゃない。そんなこともわからないのか、底辺貴族』

「底辺……」


 言い返したい気持ちはあるようだが、一級貴族を前にして、何も言えないようだった。


『どうやら、身体的な危害は加えていないようだが、精神的な危害は相当加えてもらったようだな……どうなるか、わかってんのか?』


 あくまでも脅しだ。警察に突き出したりなんかしない。殺そうだなんて考えていない。ただ、お互いのために交渉するだけだ。


「武器も持っていない状況で、何ができるってんだ。一級貴族だろうが、そんな細い身体で、三人を相手できるとでも? 俺たちはそう簡単に倒されるようなもんじゃないが」


 その気なら、受けて立ってやってもいい。どうせ、まともに剣士学院も出てないだろうから。


『お前らこそ、首席無礼(なめ)んな』

「首席……?」

「王国高等剣士学院の、か……?」

『それ以外に何がある』


 別の剣士学院の首席なら、脅しに使うことはできない。相手がどこの出なのかわからないから。でも、王国高等剣士学院なら国内最高峰の剣士学院。これ以上、上に立つ奴はいない。最大でも同じ首席だ。


「っ……確かに経歴でも、実力でも上かもしれない。だが、それは剣があった上での話だ。何も持たないお前が、三人同時に相手などできるはずがない。こっちだって、身を守る術は身に着けてる」


 本格交戦――といったところか。


『あはははは!』


 俺に勝負を仕掛けて来る奴なんてもういないと思っていた。しかも、勝つ気でなんて。


 そう思うと、何だか笑えてきてしまった。


「何がおかしい……!」

『いつ、誰が、俺が何も持っていないと言った?』

「えっ……?」


 俺はそう言うと、素早く例の警棒を取り出し、伸ばして見せた。


 こんなところで初めて使うことになるとは思ってもみなかったが、もう使うこともないだろうからいい機会だ。


『……来るなら来い。相手してやる』


 俺は手で挑発しながらそう言う。


 すると、三人は見事に向かってきて、襲い掛かってきた。


 何の工夫もない。フェイントすらない。感情に任せたような、ムキになった攻撃――いや、こんなもの、攻撃ですらない。


 俺は三人を順番に捌き切り、全員を一瞬でねじ伏せた。


『ほら、言っただろ?』


 そう言って地面に倒れた三人を睨む。


「っ……行くぞ」


 リーダー格の男がそう言うと、三人は素早く逃げて行こうとした。


『は……? 待て……!』


 待てと言って待つ奴なんていない。なら――


「……逃げるな!」


 俺がそう言うと、三人の動きがピタッと止まった。


「……!?」

「何だ……これ……」

「これこそ魔法か……?」


 三人はそう言いながら、抵抗を続ける。だが、俺の言霊に敵うはずもない。


『別にお前らを取って食ったりはしない。一旦話をしよう。戻ってこい』


 三人はもうこれ以上逃げようとすることは無理だと思ったのか、あっさり戻ってきた。


「話って何だ」

『取引しよう。今日ここであったことは秘密にして、誰にも言わないこと。そうすれば、今日のことは見逃してやる』


 瑠花がこんな場所に来ていたことが他の貴族に知られたら……どう思われるかわからない。


「本当か……!?」

『ああ。……っていうか、その前に名乗ってくれない?』

「あ……すまん」


 どこの家の奴なのかは知っておきたい。破った時のためにも。


 そして三人は順番に名乗って行った。全員三級貴族で、末っ子。剣士学院はテキトーに済ませ、一般職に就き、こうして油を売っている。だがこの三人は、幼馴染でも、同級生でも、同僚でもないらしい。


『破ったら、お前らの家は消えたものだと思え。いいな?』

「はい!」


 三人は揃って返事をし、立ち去って行った。さすがに守ってくれるといいが……

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