第八十三話 入れ替わりの決戦3
「第一試合、二級貴族・宇小家、王国高等剣士学院下級二年主席卒業、宇小大樹!」
午前の試合と同じように、選手紹介がされる。
だが、大樹にはそれに応える余裕は無く、花宮のような対応はできなかった。
いや、これが普通なのか。
「対するは三級貴族・日和家、王国高等剣士学院上級二年第十位、日和まろん!」
まろんは紹介されると四方の観客席それぞれに一礼ずつした。余裕があるようでよかった。余裕というか、やるしかないという気持ちで、変な気持ちは振り切っているような感じだった。
『吹っ切れたならよかったけど……それがどう出るかな……』
俺はそう呟き、試合を見つめる。
「ルールは午前に説明した通り。両者準備を」
審判がそう言い、二人はそれぞれ剣を鞘から引き抜いて構えた。
「それでは、始め!」
審判が二人の状況を確認して合図を出すと、それと同時にまろんは地面を蹴って大樹に迫った。
一方大樹はあの時と同じように構えて、防御の体勢を取った。
「はぁーっ!」
まろんはかなりのスピードで攻め込み、剣を振った。だが、大樹は剣をそれに上手く対応させて防ぐ。
そんなことでまろんが折れる訳もなく、まろんはスピードを落とさずに連撃を繰り出す。
ただ、それは大樹も同じで、まろんの連撃にしっかりと付いて行き、防ぎ切った。
『ここまではシナリオ通り……か』
まろんは連撃の後の隙を狙われるのを避けるため、一旦後ろに跳んで下がる。
大樹はこのまま何もしないわけにも行かず、まろんを追って反撃に出る。
二人の剣がぶつかり合い、金属音が響く。
まろんはなんとか反応したものの、大樹が連撃ではなく押し合いを選択したことによって、苦しい展開となった。
まろんは聖彩とは違って、押し合いを制することができるほどのパワーはない。仮にこの世界にステータスがあるなら、聖彩はパワーやスタミナに数値を振り分けているのに対し、まろんはスピードに大部分を割いているようなイメージ。
だから、この展開は明らかに不利だ。
いつまで持つかもわからない。大樹はこれを狙っていたんだろう。相手もまろんのことを分析している。当然のことか。
でも、さすがにまろんも弱点を克服しようと努力していないはずはない。
俺は、まろんがどうにか打開してくれると信じる。
俺がそう信じてる一方、大樹は剣をさらに押し込み、まろんはさらに苦しめられる。
『まろん……頑張れ……!』
俺はいつの間にかそう呟いていた。当然、聞こえてはいないだろうが。
その瞬間、まろんは足を床にしっかりとつけて踏ん張り、一気に剣に力を込める。
そしてまろんは一気に大樹の剣を押し切った――ように見えるが、おそらく大樹が力を抜いたんだろう。あまりにもあっさり押し切られすぎだ。
すると大樹は少し下がり、低い体勢で構え、まろんのことを睨む。
まろんはこれから起きることを予想したのか、同じように今までにない構えを見せる。
大樹の剣が赤く光り、まろんの剣が白っぽい黄色の光を放つ。どうやらお互いに流派の技を発動させたようだった。
お互いに地面を揺らすような勢いで向かって行って剣を交えたが、一瞬ですれ違うように交差し、静けさに包まれた。
しばらくお互いに立ち止まっていると、大樹が膝をついてしゃがみこんだ。どうやら、まろんの攻撃が当たったようだった。
一方まろんは大樹の倒れこんだ音に気付き、体勢を起こして振り返る。こっちはなんともないようだった。
大樹は痛みに顔をしかめ、うずくまったままだった。おそらく大事には至っていないだろうけど、血は出ているだろう。
「そこまで! 勝者、日和まろん!」
審判は、大樹の状態を確認してそう言った。そして、試合が終わった。
まろんは剣を鞘にしまうと、大樹に駆け寄って行った。
審判と大樹で何かを話している様子だったが、大樹は問題なく立ち上がることができていた。
大樹の左脇腹には赤い血が滲んでいて、とても軽傷とは呼べそうになかった。だが、本人はケロッとしている。
審判との話が終わると、まろんは大樹に何か言った。何て言ったのかわからないが、大樹は数秒まろんを睨むと、何も言わずにフィールドを後にした。
大樹にだって悔しいという気持ちはあるだろう。三級貴族の、しかも女子に負けるだなんて、相当プライドに傷をつけられたことだろう。
それに、負けるのは二回目だ。「今回こそは勝つ」という気持ちで臨んでいたに違いない。だからこそ悔しいし、これ以上話したくない、この場所にいたくないと思うだろう。
だから何を言われても何も言わず、睨むだけ睨んで立ち去って行ったのだろう。
気持ちはわからなくもない。
◇◇◇
一戦目はまろんが勝利した。
だが、こちらもその先はそう簡単に行くわけもなく、二戦目、三戦目は宇小家の勝利となり、二級貴族と三級貴族が入れ替わることは無かった。
結局こういうことなんだ。
色々な面から見て、やはり階級は実力を表す。
上の階級ほど高い水準で教育を受けられ、実力もそれに伴う。下剋上できるのはごく一部の天性の才能の持ち主だけ。そんな都合よく行くわけがない。
だが、俺の学年は違った。
三級貴族や平民といった、下の階級が上に立つ。もちろん実力で。
こんなイレギュラーな年の俺たちが、普通の場所に放り出されたらどうなることやら……
俺が気にすることでもないが。
◇◇◇
夕方。
ほとんどの人が帰っていく中、俺は昼にまろんと話した場所でボーっとしていた。
「……文人さん」
誰かに名前を呼ばれ、現実世界に戻される。
俺を呼んだのは他でもなくまろんだった。
『おう。終わったか? そっちの処理は』
「はい。えっと……その……」
『残念だったな。でも、まろんの試合はいい試合だった』
「ありがとうございます」
まろんは無理しているような気がした。
そうなるのも無理はないと思う。敗北、だもんな……
「でも……私は……今まで通り……三級貴族で……文人さんには……」
まろんは弱々しい声でそう言う。
『そんなことがどうした』
「えっ……?」
『二級貴族だろうが、三級貴族だろうが、そんなの関係ない』
そう言った後、俺はまろんの目の前まで進み、右手を差し出した。
『好き同士ってだけじゃ、だめなのか?』
「え……」
まろんは動揺しているのか、フリーズしてしまっていた。
それもそうだろう。今までそれほどアピールしたことはないし、俺自身も今日確信したばかりだ。
『俺は、別にまろんの家がどうだろうと、まろんのことが好きだ。そうじゃないと絶対にしてないだろうなって行動がいくつも思い浮かぶ』
特に年末のやつなんかそうだ。
『でも、俺は辺境に行くことになる。直接会えるのは、半年に一回くらいになると思う。付き合うっていうのにそんな頻度じゃ、寂しい思いをさせると思う。だから、それも分かった上で、まろんがいいなら、付き合ってほしい』
言っちゃった……
「文人さん……」
引いてるよ、まろん。
「……私なんかでよければ、よろしくお願いします……!」
まろんはそう言って、俺の右手を掴んだ。
『ほんとに、いいのか?』
「はい。会えなくたって、今はインターネット社会ですから」
『確かに、そうだな……』
それでも、会えないのは俺が不安かもしれない。まろんがいいならいいが。
「……あの、」
『ん?』
「最初のお願い、聞いてもらってもいいですか?」
『ああ』
なんだろう。
「抱きしめてもらっても、いいですか?」
『……わかった』
俺は理由を聞くこともなく、まろんを抱きしめた。
「あったかい……です」
まろんはそう呟くと、静かに泣き始めた。
入れ替わりの決戦が終わって、ホッとして、これまでにのしかかっていたものが全て落ちて、安心し切った涙か。それとも、二級貴族になれなかった悔しさか。どちらでもいい。まろんが安心できるなら、それでいい。
しばらくして視線を上げると、視界によく知る人物が映り込んだ。水風家の関係者、執事みたいな人物だった。
だが、その人物は俺と目が合うよりも前に、逃げるように立ち去っていった。
――やべ……見られた……




