第八十二話 入れ替わりの決戦2
午前の一戦目が終わり、休憩に入った。
俺は人がいない場所を求め、外をフラフラと歩いていた。
「文人さん……!」
誰かに名前を呼ばれて振り返ると、そこにいたのはまろんだった。
『まろん、こんなところにいて大丈夫なのか?』
「何だか、集中できなくて。控え室だと」
家を背負っているという独特な緊張感が、まろんにとっては邪魔なものだったということか。確かにそんな緊張感は苦しいと思うし、まろんにはもっと気楽にやってほしいと思う。
『そうか。じゃあ、俺はこれで……』
一人でいた方が集中できると思い、俺はそう言ってその場を離れようとした。だが、まろんが左の袖を掴んで引き留めた。
『ん……? どうした?』
「その……そばにいてください。えっと……おこがましいことはわかってます。でも……」
『わかった。俺でいいなら』
まろんも心配なんだろう。この試合に自分が負けたら……なんて考えてしまって仕方がなかった。だから息抜きに外に出てきたんだろう。ここは付き合ってあげよう。
そして俺たちはもっと人気のない日陰の場所に移動し、座って休憩することにした。ずっと張りつめてしまうようでは困るし、無駄に体力を使わない方がいいと思った。
だが、沈黙の時間が流れ、きまずくなってきた。
『……そんな緊張すんなよ。気楽に行けばいい。まろんは普通に強いんだから』
とりあえずそう言ってみる。
「ありがとうございます。でも、そんなに緊張はしていません」
『それならいいんだけど』
「なんて言うか……父と兄がピリピリしてて……」
『そっか……』
だから出てきたのか……大変だな……色々と。
『そんなピリピリしなくたっていいのにな。挑戦者は』
「え?」
『だってそうだろ? 三級貴族が二級貴族相手に一勝するってだけでもすごいって言われる』
「聖彩さんの話とは違うんですよ? あっちは一級貴族相手に……でも私は……」
『どっちだって変わんないだろ。格上ってことは』
「そうですけど……」
『家の未来が決まる一戦ってことだし、気持ちはわからなくないけどさ……負けて当然くらいで行った方がいいよ』
「そう……ですね。ありがとうございます」
負けて当然。が許されない世界なんだろうけどさ。負けが死を招くことだってある。でも今は、今だけは、負けて当然でいいと思う。
『そういえば、誰と戦うの? まろんは』
「宇小家の長男、宇小大樹……です」
『じゃあ、一回戦ったことある……よな』
「はい。でも、あの時は簡単に倒せすぎたと思うんです。本気じゃない。だから、本気を見るのが怖いんです」
『確かに、早く倒せすぎて情報も無いもんな……』
下剋上戦の第一試合。まろんは宇小大樹と戦い、一瞬で勝負を決めた。
「多分、相手はそれを狙ってたんだと思います。あの時点で、宇小家と日和家が戦う可能性があることはわかっていましたから……」
『そうか……』
あのメンバーじゃ、いくら自分が頑張っても上級二年なんて無理だと考えたんだろう。だから、手札を隠した。
だって、挑戦者が最初から守りに入る必要はない。無駄撃ちでもいいから、流派の奥義でも使えばよかった。でも、使わなかった。
何で気付かなかったんだろう。いや、俺には関係なかったからか……俺が考えても仕方ないことだしな……
『じゃあさ、入れ替わりの決戦だと思わずに、上級二年と下級二年の戦いだと思えばいい。そうなれば、絶対まろんの方が強い。ね?』
「……ありがとうございます。元気出ました」
っていうか、何で俺、緊張してないっていう奴にこんなこと喋ってんだ……?
もしかして、緊張してるのは、俺……?
「文人さん、その……ちょっとお話が……」
『ん……?』
俺がとんでもないことに気付いている最中、まろんは俺の前に立ち、何だか改まった様子だった。
『どうした? 急に改まって……』
「えっと……その……」
何が始まるんだ……ここから。
「あの、今日、私が勝ったら、付き合って……ください」
『えっ……』
どういうことだよ……っていうか、そういうのは王子的ポジションの男子がやるものでは……? もう、おかしくなってきている。
「ずっと、文人さんのことが好きでした。でも、文人さんの周りには、史織さんも瑠花さんもいて、クラスには聖彩さんもいて、私なんて……って思っていました。それでも、諦められなくて……」
話しぶりからして、俺が二人を振ったことは知らないか……
史織は許婚が当然いるだろうし、俺は次男。許婚がいないにしても、一級貴族の長男と付き合うというのがセオリーだろう。俺はそう思った。
瑠花は何て言ったって妹だ。血縁関係上では違うかもしれないが、俺は妹としか思えない。
聖彩はまともに話したこともないくらい関係が無い。
その三人に比べて、まろんはどうだろう。別に三級貴族だからといって嫌ったりはしていない。それに、好きじゃなきゃ今までのあんなことやこんなことはやっていない――と思いたい。
だから――
『だったら、普通に言えばいいのに。何で自分で自分の首を絞めるようなことするんだ』
「そうは言っても、私じゃその三人には敵わない。三級貴族だし、成績もクラスでは普通で。文人さんは優しいから、こんな私でも優しくしてくれる。でもそれじゃ、私が許せない」
『は……?』
意味わかんない。まろんってこんな面倒くさい奴だったっけ……?
「だから勝って、二級貴族になって、文人さんに少しでも見合う人間になります」
『見合う人間って……』
これも決戦のせいか……? いや、俺のせいか……
「あ、私、そろそろ行きます。絶対勝つので、見ててください。では」
まろんは俺の答えも聞かないまま、そう言って去っていった。
『俺……そんなのしなくたって……いいのに……』
まろんの気持ちがそうなら、それを尊重する他ないが……それで無駄な緊張感だったり、責任を背負ってしまうようなことは避けたい……
とにかく、試合だけはしっかり見よう。
俺はそう思い、足早に会場の中に戻った。




