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第八十話 兄妹

 退院して数日。体調は回復し、それなりに動けるようにはなっていた。


 だが、部屋から出るなとかなりキツく言われ、まだ部屋に籠っている。もちろん暇だ。


『何しよっかな……』


 そう呟くと、誰かが扉をノックした。


『はい』

「お兄様、少しお時間よろしいですか?」

『うん。入って』


 扉をノックしたのは妹の瑠花だった。


 瑠花はゆっくりと扉を開け、部屋の中に入ってくる。確か、もう学校は終わっていて春休みに入っていたような気がする。もうすぐ貴族会議もあるはずだが、母さんは父さんの仕事の穴を埋めるために職場に残らないといけないらしく、今回は瑠花が出席する予定らしい。


『どうした?』

「えっと……その……」


 瑠花はベッドの傍まで来たが、そこでもじもじと何か躊躇っているようだった。


『ん?』

「お兄様……私……」

『うん』


 こんなに躊躇う話とはなんだろう。


「私、お兄様の事が好きです」

『えっ……?』


 何を言い出すかと思えば……意味がわからない。


「お付き合いしたい……です」


 そういうことなら、これは断る以外の選択肢は無い。


『無理』

「そう……ですよね。わかってます。でも……!」


 できるわけない。だって――


『そもそも、俺たちは兄妹。恋人同士になれるはずなんてない』


 当たり前のことだ。そんなどこかのラブコメみたいな禁断の恋愛なんてするつもりはない。


「そのことなんですけど……私とお兄様、本当の兄妹じゃないんです」

『えっ……?』


 どういうことだ。本当の兄妹じゃないって、どういうことだよ。


「昔、お父様から聞いたのです。『お兄様は本当の兄ではない』と」

『それは、どういう意味で?』

「お兄様のお父様は私のお父様のお兄様だそうです。でも、ある日急死してしまい……お母様は早くにお亡くなりになられ、両親が共にいなくなったから、お父様が引き取った、と」

『まじかよ……』


 つまり、従兄妹だということか……従兄妹でも良くないことに変わりは無いが、ハードルは下がる……そういう話じゃない。


 俺はどこかのラブコメを実演するつもりはない。俺は瑠花を妹としてしか見ていない。恋愛対象じゃない。だから、そんな相手と付き合うことはできない。


「波瑠人お兄様は、私と血の繋がった兄です。でも、文人お兄様は従兄妹。だからっていうのはおかしいですけど、好きという気持ちは本物です。だから……!」


 涙目になりながら、瑠花はそう言った。


 俺はベッドから降りて瑠花の前に立つ。


 瑠花は俺のことをじっと見つめて来るから、思わず逸らしたくなってしまう。その気持ちをどうにか抑え、瑠花の目を見る。


 そして、俺は倒れるように瑠花を抱きしめる。


「っ……!?」


 瑠花は急なことで驚いているようだった。


『ごめん、瑠花。俺は、瑠花を妹としてしか見れない』


 抱きしめたままそう言い、離してからもう一度、瑠花の目を見て『ごめん』と呟く。


 俺の答えを聞いた瑠花は、何も言わずに走って部屋を出て行った。


 悪いことをしたという気持ちはある。悲しませることだっていうこともわかってる。でも、こうするしかないと思う。仮に従兄妹だとしても、付き合ってしまったらそれこそ悲しませる結果になる。お互いに苦しむと思う。だから、こうするのが一番いいと思った。


 でも、やっぱり、瑠花の涙は見たくなかったな……



  ◇◇◇



 俺はあの後数時間眠ってしまった。目が覚めると外はもう暗くなっていて、夜になっていた。


 ――それにしても、親子・兄弟(兄妹)の繋がりが無かったとは……問い詰めてみるか。


 そう思い、部屋を出て父さんの居そうな部屋に向かう。


 まず広間に入ると、予想通りそこに父さんがいた。ついでに母さんもいて、ちょうどよかった。


「文人、どうしたんだ? 身体は大丈夫か?」

『ああ。問題ない』


 だからこうして部屋から出てきたんだ。


「それならよかった。この前はすまなかった。キツく当たってしまって」

『別に。そんなことはどうでもいい』

「そうか」


 今は、どうでもいい。


『聞きたいことがある』

「なんだ?」

『俺は、父さんと母さんの子じゃないんだな』

「えっ……?」


 二人はすごく驚いた顔をした。まあそうだろう。急にそんなこと言われたら、そうなるのも当然だ。


「何を言っているんだ?」

『……とぼけても無駄だぞ』


 俺は二人を問い詰める。


「……誰から聞いた?」

『瑠花から』

「そうか。ああ、そうだ。お前は俺たちの子供ではない。俺の兄さんの子供だ」

『やっぱそうなんだな』


 瑠花の言っていたことは真実だったようだ。


「お前の母親は、優秀な剣士だった。兄さんと同期で、剣士団に勤務していた。だが、ある日、とある人物に殺された。《《過去の恨み》》で」

『過去の恨み……? それって……』


 どこかで聞き覚えがあるような……偶然か?


「お前も気付いているだろう? あの執事がお前の母親を殺したんだ」


 やっぱりそうか。偶然じゃないか。それなら、アイツが俺を殺そうとした理由がなんとなくわかる。似ていたというのは、遺伝的に似ていたということだろう。それならまだわかる。そして、尚更アイツを許せなくなる。


「つい先日わかったことだがな。それも」


 だからアイツに気付かず、アイツは人を殺しておいて普通に暮らしていたんだ。


「そして、兄さんは王の護衛で死んだ。ただ頭がおかしいあんな奴に殺された」


 素人の動きは予想できないからな……技術があっても無理だったということなのだろう。


『俺の父さんと母さんの名前は?』

「兄さんは文仁ふみひと。母親はさくらさん」


 俺の名前は父親から来ているのか。どちらにせよ、親から来ていることに変わりはない。


「これはあくまでも憶測なんだけど……」


 俺と父さんの合間を縫って、今度は母さんが何かを話し始めた。


「桜さんが死んだ時、お腹の中にあなたがいたの。だから、しばらく意識がなかったんじゃないかって」


 しばらく、にしては長すぎると思うが……


『理由はどうでもいいよ。正直、わかったところで何も変わらない』

「確かに、それはそうね」



 俺が切り捨てるように否定的な方に話を持っていったせいか、しばらく沈黙の時間が流れる。


「何か食べる? 作ろうか? 何も食べてないでしょ?」


 母さんは気を遣ってくれたのか、そう言ってきた。


『いい。食欲ない』


 そんな気遣いも無視し、俺はそう言い放った後、足早に部屋に戻った。



 俺の人生は、水風文人の人生は、アイツに狂わされた。


 全部アイツが悪い。


 アイツが母さんを殺していなければ、健康に生まれて、文武両道で優秀な剣士になれた。一年の時に訳ありクラスになることもなく、劣等生扱いされて、竜喜たちと仲が悪くなることもなかった。


 こんな能力なんかも、持たなかったはずだ。棘病だって、なるはず無かった病気かもしれない。若くして死ぬなんてことも。


 もっと普通の人生を送っていたはずだ。


 それなら俺は、転生することなんてなかったし、あのまま死んで、辛い記憶も、全部忘れられたはずなんだ。


 アイツは、水風文人の人生も、里見蓮の人生も、どちらも狂わせた。


 もう、許すことはできない。


 ――殺したい。


 そんなことまで思ってしまう。


 思いを抑えるために、壁を一発殴る。拳から血が流れる。痛みはない。


『ふぅ……落ち着け、俺』


 俺は自分にそう言い聞かせ、ベッドにうつ伏せに寝転がった。


 どうこう言っても仕方ない。アイツは時期に処罰が下される。俺がどうこうできる話じゃない。それよりも、今を一生懸命に生きて、残り少しかもしれない人生を大事に過ごす。それしか、出来ることはない。



 俺はそう考えを改め、安心した反動で眠りに落ちてしまった。

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