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第七十七話 棘病

 数日後、退院したはいいものの、しばらく静養するようにと言われてしまった。


 ずっと気になってた、棘病の証である右腕の痣。退院を機に、自分で包帯を変えるようになってその痣を見たが、やはり少しグロかった。痣は黒く刻まれ、全く消える気配は無かった。


『はぁ……』


 部屋からも中々出られない雰囲気で、棘病について調べることもできない。


 いや、ちょっと抜け出すくらい……いいか。


 俺は恐る恐る部屋の扉から顔を出し、誰もいないことを確認した後、部屋を出て廊下を歩き出した。


 数日間歩いていないせいか、少し足元がおぼつかないというか、ふらふらしている。だが、歩けないわけじゃない。


 でも、辺境への就職前にまた鍛えないといけなくなってしまった気がする。このままじゃ、まともに自分の身を守れる気がしない。


 俺はそんな状態でとぼとぼと倉庫に向かった。


 倉庫は相変わらず薄暗く、その中を進んで行くと、兄ちゃんの荷物の箱がある場所に着く。


 俺は床にしゃがみ込み、棘病について書かれていそうな本を探す。でも、さすがの兄ちゃんでも医学系の本は持っていなかった。


『外行きたいな……』


 国立の大図書館くらいにだったら、そんな名前も聞いたことのない昔の病気の資料もありそうだ。あくまでも可能性だが、行ってみる価値はある。


 それはそうなのだが、今は外に出られない。しかも、こっちに居られるのもあと僅か。調べる暇は無いかもしれない。


 俺はそんなことを考えながら倉庫を出た。考え事をしていたせいか、周りを確認するのを忘れていた。


 急に思い出して辺りを見回すと、お手伝いの執事さんと目が合ってしまった。


『やべっ……』


 そう思っても、身体の衰えは凄まじく、走って逃げることはできなかった。


「どうかされましたか?」


 執事さんは駆け寄って来てそう聞いて来た。


 部屋に戻れと言わないのが不思議だが……もしかしたら、言えばなんとかしてくれたり……?


『図書館に行きたい』

「左様ですか。すぐに手配します」


 マジかよ……言ってみるもんだな、何事も。


「体調は大丈夫ですか?」

『ああ。問題ない。だからここにいる』

「それならいいんですが。何かあったら遠慮なくお申し付けください」

『はい』


 病気を知らないわけじゃなさそうだな……


 まあ、深いことは考えずに行くか。


 そして俺は例の大図書館に向かった。


 大図書館は都会の真ん中の国の重要機関が集まるエリアにあり、人がやたらと多かった。普段から学校と家の往復くらいしかしていない俺にしてみれば、これくらいの人でも腹が痛くなりそうだ。今は大丈夫だが。


 俺は大図書館に入ると、今までにないほど広い空間を見渡した。天井は三階建てくらいの高さがあるし、壁に埋め込まれている本棚はよく物語の世界でみるような本棚。左右にレールで動く梯子があり、本棚自体は二・三メートルほどのものが三段積みあがっているようなものだ。要するに、大きいという事だ。


 そんなに大きな壁の本棚に加えて、床に置いてある普通の本棚もある。これでも全てではないと考えると、さすが国立大図書館といったところだった。


「水風様。お待ちしておりました」


 俺がきょろきょろとしていると、誰かがそう話しかけてきた。


『えっと……』

「今回、案内をさせていただきます」

『案内などいらない。書庫を見せてほしい』

「かしこまりました。こちらへどうぞ」


 俺の棘病は言霊同様、誰にも知られていないこと。それを調べるのに、赤の他人の目があってはいけない。そのためなら、少し威圧感のある印象を与えたって構わない。


 そして俺は大図書館の地下にある巨大な書庫に案内された。




 その空間には地上よりもぎっしりと本が詰め込まれていて、冊数は表に出ているものの数倍はあるだろう。


 俺はここからは自分で探すと案内人と執事に伝え、マップを眺め始める。


 マップには分類ごとの保管場所が細かく書かれていて、これを見れば案内なんて無くても探せる。俺はその中から医学系のエリアを見つけ、そこに向かった。


 エリア内にある本の背表紙を端から端まで見て回った。そして、その中に古い昔のノートのようなものがあった。ノートと言っても紙を紐でまとめただけのもので、しいて言うならよく歴史の教科書に出てくる昔の書物のようだった。


 俺はそれをゆっくりとめくり、中を読み込んで行った。埃っぽいし、病気を考えればあまりよくなさそうだが、今はしょうがない。


 これは数百年前にあった棘病の症例を当時の医師が書き記したものだった。


 そんなピンポイントであるのかという話だが、それがあったのだ。


 それによると、その数百年前の症例では、今の俺と同じように身体に薔薇の茎のような痣が浮かび上がり、そこから出血も度々あったよう。


 そして、何の偶然か、その人物は俺と同じ能力を持っていたようだった。『発言したことが本当になる』『普段は声を出すことができない』その能力は俺の能力『言霊Ⅱ』と全く同じだ。


 つまり、その人物は数百年前の言霊使い。俺と同じ能力で、俺と同じ症状が出た。偶然ではなく、もう必然か。


 そのノートには続きがあり、元々能力のおかげで軽蔑されてきたが、その正体不明の病によってさらに忌み嫌われ、最後には殺されてしまったらしい。


 殺される直前にはもう相当弱っていて、能力で対抗することも出来なくて、人々に殺されなくたとしても、病気で死んでいたと思われる。


 医師はそう考察した。


 そして医師はその病について調べ始めた。その内容についても、このノートには記載されていた。


 さらに数百年前にも同じ症状で死んだ人間がいて、その人物もまた似たような能力を持っていたらしい。


 そもそも、言霊という能力自体、数百年に一度とも言われる能力だから、全く同じかどうかは調べようが無いことだが、同じような能力を持つ人物が同じ症状で死んだというのが偶然だとは思えない。


 医師は過去にも出ている病なら、これから先、同じ症状の人間が出ないとは考えにくい。だから、その痣の特徴から『棘病』と名付け、こうして書に残したとのこと。


 この医師の記述が本当ならば、俺はこのまま棘病で死んでいくことになる。そして、棘病は言霊使いが発症する、もしくは発症しやすい。


『俺……死ぬのか……?』


 これを見る限り、原因不明で治療法なんてものはない。死ぬのは確定……か。


『まあ、それでもいいか』


 正直、死ぬのは怖くない。死にたいと思ったこともあるくらいだから、そこまで頑張って生きたいとも思わない。


 俺はそんなことを考えながらそのノートを本棚にしまった。


 その時、背後から殺気を感じた。


 誰かが背後に立ち、俺を殺そうとでも思っているようだった。


 誰かはわからないが、俺は気配だけを頼りにタイミングを合わせ、腰に下げていた剣を抜いて振り返り、しゃがんだまま相手の攻撃を受け止めた。

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