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第四十六話 坂野桃一

 下剋上戦が終わり、数か月が経った頃。

 秋が終わり、冬に移り変わったくらいの時のことだった。



「このクラスか? 水風の次男がいるのは」


 教室に知らない男が現れ、そう言った。


「水風の次男って……?」


 誰かがそう呟き、ほとんどの人の視線が俺の方に向いた。

 まあ、それもそうだろう。この教室に水風は俺しかいない。


『俺が、水風の次男です』


 俺はそう言いながら立ち上がり、その男に近づいていった。


「君が水風の次男か……名前は?」

『文人です。水風文人』

「文人……両親の名前から取ったのか……」

『おそらく。知らないですけど』


 こいつの目的はわからない。でも、両親の名前をしっているということは、水風家や一級貴族とは少なからず関係がある人なのだろう。


「俺は坂野さかの桃一ももかず。坂野家の長男だ」


 まさか……そんな感じの人とは思っていなかった。坂野家は一級貴族の炎属性の家だ。そりゃ、両親の名前を知っていてもおかしくないな……


『それで、何の御用ですか?』

「ああ……ここじゃなくて、違うところで話せるかな……? 先生には許可取った」

『……わかりました』


 用意周到だな……断れないじゃないか……


 そして俺は坂野さんに連れられ、校舎の中の空き部屋に入った。その部屋に入ったところで、坂野さんはその部屋の鍵を閉めた。


 なんか……怖いんだけど……


 真っ先にそう思った。鍵閉められるとか危ない雰囲気しかないだろ。


 そこまでしてする話ってなんなんだよ……


「君の強さは知っている。だが、身をもって体験してはいない。だから、戦おうじゃないか。真剣《《で》》」


 ん……? で……?


 え、普通にヤバくね? 真剣でって。


『し、真剣で……?』

「ああ。俺が求めているのは模擬戦の実績じゃない。真剣で戦う実力だ」


 な、なるほど……

 でも、俺は人間相手に真剣を使ったことがない。進級テストのダンジョンや、グループサバイバルに関しては真剣を使った。でも、本当に人間相手には使ったことがない。

 いきなりやれと言われてできるようなものでもないと思うが……


 確かに、王国高等剣士学院の生徒に剣士団の人たちが求めるものは、模擬戦での実績ではなく、真剣で戦う実力だろう。上級2年なら、グループサバイバルという本格的に真剣を使う授業がある。でも、それだけでは不十分だということもわかる。というか、今わかった。


 俺でこれだけの抵抗があるのに、下級2年ともなればほぼ使ったことがないに等しいくらいだ。どれだけのものなのかわからない。


『というか、ここでですか』

「ああ」


 ここはただの教室だ。机とかがないから狭いわけではないが戦うのに適した場合とはいかないだろう。それが狙いなのか……?


「なんだ? こんな場所じゃ戦えないっていうのか?」

『いや……そんなわけじゃ……』


 それが狙いみたいだ。


『いいですよ。やりましょう』


 俺は剣のプログラムを一瞬にして真剣に変え、鞘から引き抜いた。引き抜いた時の音が、模擬戦とかの時とは全く違っていた。


「やる気だね。まあ、一撃決着で、必殺系の技は禁止。相手を少し傷つけるくらいに抑えてやろう。それが剣士団の模擬戦だから」

『……わかりました』


 剣士団の模擬戦……どれだけ命懸けなんだよ……


「じゃあ行くよ。このコインが落ちたらスタートな」

『わかりました』


 そして坂野さんは左手で小さなコインを上に放り投げた。


 数秒後、コインが床に落ちて、微かな音を立てた。


 その瞬間、俺と坂野さんは同時に動き出した。さすがに教室が狭いこともあって、十分な速度が出せなかった。


 そして一瞬でお互いの剣がぶつかり、大きな金属音を立てた。


 その音は、今まで聞いたことないような音で、すごく耳に響いて残った。


『くっ……』


 押し合いの体勢になり、確実に不利な状況だ。剣の位置からしてこのままじゃ大怪我で大惨事になる。ここは一旦後ろに引くべきか……?


 その判断をし、一瞬だけ強く押し込んで、後ろに跳んで下がった。


 スペースの狭さもあって、全然距離が取れない。下がる戦法は無理か……


 一旦下がったところを狙って坂野さんはさらに攻め込んでくる。俺はそれを横に滑ってなんとか避ける。


「いい反応速度だな。さすが」


 坂野さんは余裕そうにそう言う。俺にはそれに返答する余裕なんてない。


 そして坂野さんはさらに俺に攻め込んでくる。


 また俺の方に向かってきて剣を振る。俺はそれをまた滑るようにしてかわす。


 まだ来るのかというくらいまた攻めてくる。


 坂野さんは少し跳び上がり、俺の上を取り、剣を振ってきた。


 俺はちょうどしゃがんだような状態だったのもあって、避けられず、頭の上で剣を横にしてその攻撃を受け止めた。


 落下によって攻撃の威力も上がっているだろう。俺は頭のすれすれまで押し込まれてなんとか耐えた。


 坂野さんは床に足をつけてからも、さらに押し込んでくる。本気で殺そうとしているような勢いを感じた。


 この状況は、押し返すしかないのか……?


 そんな考えがよぎるが、そんなことできる余裕はない。今は耐えるだけで精一杯。これ以上は腕力的に無理だ。


 普段(筋肉的な意味で)鍛えてるわけでもないし、年齢差もある。少なくとも上であることは確かだし、『剣士団の模擬戦』なんて言ってるくらいだから剣士団の人なんだろう。


 まず、勝とうと思ってる方がおかしいんだ。勝てるわけがない。相手は同じ一級貴族。負けたっていいい。


 いや。


 ――勝ちたい。


 強くそう思った。


 今だ。


『……ぉぉぉぉぉっ!!』


 俺は、相手が力を入れ直す一瞬を狙い、相手の剣を押し返した。


 その勢いのまま、俺は躊躇もなく斬りかかった。


 坂野さんも簡単に散るわけにはいかないと剣を振るった。


 そしてお互いの剣がお互いの体に触れた。


『うっ……』「あっ……」


 お互いのそんな声が静かな教室に細々と響く。


 床には血が垂れ落ちていた。


 お互いに剣を相手から離し、床に倒れこむように、ドサッと重い音が鳴るような勢いでしゃがみこんだ。


『はぁ……はぁ……はぁ……』


 血の量はそこまで多くはないが止血しなきゃどんな怪我も致命傷になるのを考えればすぐに止血した方がよさそうだった。現状、使えるのは言霊での治療のみ。でも、この状況でやるのは少し抵抗があった。


 今の相手は一級貴族。一級貴族にこそ、隠した方がいいような気がしていた。

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