第二十四話 隠し子
あれから数日後、俺は未だに王子たちの護衛のことを父さんに言えていなかった。まさか知らないとも思ってなかったし……
会うたびに言われて、会うたびになんとかかわしている。なんか、なんて言われるかわかんないし、ちょっと怖い。
「文人、ほんとに教えられないことなのか?」
『うん……もーっ、いいよ。言うから、言うからさ』
今日はもう言うしかないと思った。
『王子と王女が王国高等剣士学院に入る。その護衛だって』
「え……すごいじゃないか、そんなこと任されるのか?」
『うん……まあ……竜喜と一緒に』
「そうか……頑張れよ」
『う、うん……』
言ってしまった……でも、結構反応が良さそうでよかった。
「あ、文人、今日、えっと……」
父さんが何かを言いかけた。何を言おうとしてるのかはさっぱりわからない。
その時、玄関のドアが開いた。
「ただいま戻りました」
兄ちゃんではない。女の子の声だった。
「お帰り」
父さんはそう言った。
えーっと……どちら様でしょうか……?
「文人は初めてだったね。この子は、妹だ」
『い、妹!?』
「水風瑠花です。話すのは、初めてですね、お兄様」
お、お兄様……!?
『え、えーっと……』
「文人が意識ないときには何度か会ってたんだけどな」
それはわかってるけども……
『でも、なんでいきなり?』
「一級貴族は、何かと狙われるからね。よくあることだよ。隠し子を用意しておくのは」
どこかに避難させていた、ということか……? 隠し子とは多分文字のままの意味だとは思うが……瑠花の本音も聞いてみたいところだ。
「まあ、とにかく、面倒見てやってくれ。今年、王国高等剣士学院に入学するから」
お、おう……こっちもかよ……
『わ、わかった。でも……』
「とにかく、頼んだよ」
えぇ……二人も無理だよ……?
「お兄様に迷惑は極力かけないようにいたします」
留花は微笑んでそう言った。なんか怖い……
そして留花の荷物が運び込まれた。でも、運び込まれた部屋は俺の部屋だった。
父さんに聞くと、「波瑠人の荷物が出るまで待ってくれ」って言われた。
「しばらくは同じ部屋で頼む」とも。
シンプルに有り得ないって……
「お兄様……なんか、すみません」
『別に、大丈夫。でも……さすがにないよな……これは』
「お父様はわかっていらっしゃらないのです。思春期というものを」
兄妹とはいえ初対面の男女が同じ部屋にいるという状況。普通だったら、何かが始まる予感。でも、そう上手くはいかないものだし、どうこうするつもりもない。
『まあ……よろしくな』
とりあえずそう言っておいた。話す話題もないわけだし。
そのあと、瑠花と少し話をした。
瑠花は、辺境の隠れ家的な別荘に12歳の時から3年間いたらしい。そしてこの度、王国高等剣士学院に入学するため、戻ってきたのだという。剣術は人並み以上らしい。それはそうなんだが……
瑠花は秀才って感じだった。初絃と史織とはいい関係になりそうだった。同じクラスになった暁には、留花は王子・王女を盛大に敬うだろう。
さらに一緒にグループ組んだら色々と……
なんてことを考えてしまった。
「お兄様は、上級2年なんですね! すごいです」
『あ、ああ……ありがとう。瑠花もなれると思うけど……』
「頑張ります」
『ああ……』
「お兄様は、どのような方とお友達なのですか」
『えっと……まあ、一級貴族らしからぬって感じだよ』
「そうなんですか? 三級貴族の方とか……?」
一部合っているが、一部違う。
『ま、まあ、そんな感じだ』
とりあえずそう言っておく。
「すごいです……身分を越えて仲良くできるなんて……私には、出会いがそもそもないので……」
『まあ、無理にならなくても……気の合う人がそういう人だっただけだしさ……』
「そうですよね。私、よく観察してみようと思います」
そういうことじゃ……ないと……思うけど……な……
『頑張れ。瑠花』
「はいっ!」
そして問題の夜が来た。
まあ、問題と言っておきながら、何事もないんだけど……
留花は、窓の所に居た。窓から風が吹き抜けてきた。普段ほとんど窓は開けないから、この窓から、こんな風が吹いてくるとは知らなかった。
瑠花の長い髪が風になびいている。
なんかちょっと綺麗だった。
「あ、お兄様。窓、開けちゃダメでしたか?」
瑠花は俺に気付き、駆け寄ってきて、そう言った。
『いや、大丈夫。しばらく開けてなかったから、なんか、新鮮だった』
「そうだったんですね。窓、硬かったです」
『そっか……ごめん』
「定期的に開けないと、部屋の空気が悪くなるので、気を付けてくださいね」
『ああ。ありがとう』
瑠花は優しい、そんな印象を受けた。
「学院……どのようなところなのですか?」
『うーん……剣士になるような人が集まる、って言うくらいだから、みんなそれなりに強い。あとは、身分制度が根強い。教師もそれを利用してる』
「そうなんですか……先生方……どんな方ですか?」
先生のことはよく知らないんだけどな……
『俺はよく知らないけど、少なくとも身分は下』
「そうなんですね」
『まあ……うん。ごめん。そんなよく知らなくて』
「大丈夫です!」
夜も更けて、そろそろ寝ようって話になった。だが、この部屋にはベッドは一つ。敷布団に値するものもない。さて、どうする?
「どうしましょうか……?」
『瑠花ベッド使っていいよ。俺クッション敷き詰めるから』
クッションは結構あるから、寝られないことはない。
「それはダメです……お兄様が……」
『いや……それはちょっと……』
罪悪感がありすぎる。だからといってベッドを二人で使うのはな……広いからいいって問題じゃないと思うし……
「お兄様さえよければ、二人でベッド使うっていうのは……?」
『え……』
断りずらい。とても断りずらい。
そして結局ベッドを二人で使うということになった。広いから、窮屈になったりすることもない。俺は、「俺たちは兄妹だ」と言い聞かせ、眠った。よく眠れたなとも思ったが。
そして朝になり、目を覚ますと、背中合わせで寝たはずなのに向かい合わせになっていた。しかも、ベッドの端に追われていたから、抜け出すこともできなかった。
落下覚悟で抜け出すか、瑠花を起こすか……何としてでも抜け出さなければ……と考えていると、瑠花がもぞもぞ動き出した。そして瑠花は目を覚まし、俺と目が合った。
『あ……』
「あ……」
少し沈黙が訪れ、そのあと、
「あぁ……! すみません……」
と瑠花が言った。
なんと気まずいものだろうか……特に何かしたわけではなく、ただ目が合っただけ。どちらが悪いものでもない。でも、気まず過ぎる。
「お兄様、このことは、秘密で、お願いします。お互いの為にも」
『わかってる。言われなくても』
気まずさ故の秘密だった。誰も知ることのない、俺たちだけの、秘密。




