第二十一話 卒業
そしてその時間が来た。卒業記念試合の時間が。
第一体育館には、たくさんの人が集まっていた。俺は観覧スペースに来るまで結構ジロジロと見られた。水風波瑠人の弟だからなのか、進級テストなどのことでなのか、どちらなのかはわからないが。
でもそれは始まる前までのことで、今日対戦する二人がフィールドに現れると、歓声が上がり、全員の視線はそっちに向いた。
もちろん観覧スペースは年上が優先なので、俺はかなり後ろから見ることになった。まあ、坂みたいになっていて、後ろの方でもちゃんと見れるようにはなっていたが、一年生はほとんどいないようだった。
でも俺に文句を言うような人はいないだろう。弟なんだし……
「それでは、卒業記念試合を始めます。上級2年首席、水風波瑠人。次席、百澤壱絆。それでは、始め!」
審判の先生の合図で二人は一斉に動き出した。お互いの剣にエフェクトはかかっていなかったので、一撃で決めようとは思っていないみたいだった。
あくまでも演舞という程度なのだろうか……? でも、見に来いっていうくらいなら、兄ちゃんは本気でやるんだろうな……
そんなことを思いながら、俺は戦いを見つめた。
進級テストなどの時とは違って、声援や歓声が響き渡っていた。剣のぶつかる音などは、全くと言っていいほど聞こえない。これが見せるための試合なのか……
百澤先輩は結構前にガンガン来る感じのタイプだった。兄ちゃんのスタイルと同じような感じでお互いに攻め合うような展開となった。
見てる側からすると、結構面白い展開だけど、やってる側からすると、さっさと決めたい、そう思ってるに違いない。
「はぁぁぁぁっ!」
「うぉぉぉぉっ!」
お互いの雄叫びが響き、剣がぶつかり合った。その勢いが空間を伝って観覧スペースにも伝わってきた。すこし体育館が揺れた気もした。
『すご……』
思わずそう呟いていた。まあ、誰にも聞こえてないとは思うが。
兄ちゃんたちはその後も互いに攻め合った。
そしてどちらもかなり息が上がってきていた。
両方の気配が変わった。本気になった、とでも言うべきか……?
そしてお互いに斬りかかった。
兄ちゃんの剣が黒色に、百澤先輩の剣が赤色に光った。
そして百澤先輩がすごい速さで兄ちゃんに近づいて剣を振るった。
兄ちゃんは、それを前に動きながら屈んでよけた。
そして兄ちゃんは百澤先輩の影を斬った。
『影斬り』だ。
百澤先輩は倒れ込んだ。
「そこまで! 勝者、水風波瑠人!」
審判の先生の合図で試合が終わった。その瞬間、さっきよりも大きな歓声が上がった。
兄ちゃんは百澤先輩に手を差し伸べた。百澤先輩は兄ちゃんの手を掴んで立ち上がる。何か言葉を交わしたようだったが、歓声で何も聞こえなかった。
そして二人は、観覧スペースに向かって一礼し、フィールドから外に出た。
俺は混雑を避けるために足早に第一体育館から出て、教室に戻った。
教室に戻ると、まろん、飛翔、風音が「おめでとう」と言ってきた。別に勝ったのは俺じゃないが、ちょっと嬉しかった。
そしてその日はそれで帰った。明日が卒業式だから、先生たちがその準備をする。生徒は邪魔だから帰ってろって事みたいだった。
『兄ちゃん。おめでとう』
「ありがと。文人」
『なんか……すごかった』
「ああ。壱絆もすごいからな……壱絆じゃなかったら、あんな試合じゃなかった」
『そうなんだ……』
百澤先輩は兄ちゃんも認める、相当な実力の持ち主みたいだった。まあ、次席になるくらいだから、当たり前っちゃ当たり前か……
「文人も、上級2年おめでとう」
『ありがとう』
「あと、3位も」
『うん』
兄ちゃんが卒業する……なんか寂しいな……
『兄ちゃんさ、卒業したら、どうするの?』
「俺は、辺境剣士団に配属されることになった」
『首席なのに?』
首席くらいだったらなんか、王国剣士団くらいに配属されるのかと思ってた。
「うん……まあ……やっぱ、訳アリクラス……だったしね」
『そっか』
「でも、むしろよかったかも」
『え?』
「貴族とか、そういう争いに巻き込まれなくて済む」
『確かに……』
「文人、頑張れよ」
『うん』
「上級2年は下級に絶対負けちゃいけないっていうのがある。今よりもずっと大変なプレッシャーになる」
『うん』
「それに、クラスメイトは実力者が集まり、その中で上下も決まる。今とは全然違うよ」
『わかってる。大丈夫だから。俺』
「まあ、文人なら大丈夫だな。でも、他の子たちはわからないよ」
『うん……ちゃんとフォローする。誰も退学とか、そういうのにはさせない。俺がここまでやらせた。最後まで……ね?』
「頑張れ」
兄ちゃんはそう言って立ち去った。
多分、内心は「なんで辺境なんかに」って思ってるんだろうな……
翌日、卒業式当日となった。1年生は、タブレットでその中継を見ることとなっていた。
入学式をまともにやらなかった割には、卒業式はちゃんとやるみたいだった。
「これから、卒業式を始めます」
先生がそう宣言した。
そしてそのあと、生徒一人一人の名前が呼ばれ、それぞれ卒業証書を貰っていく。
恐らく下級2年から貰っているのだろう。成績順とも思える。
兄ちゃんは一番最後のようだった。
「上級2年、次席、百澤壱絆」
「はい」
次席の百澤先輩の名前が呼ばれる。百澤先輩は壇上に上がり、証書を受け取った。他の生徒よりも何か貫禄があった。気迫が違った。その場に居なくてもわかるくらいだった。
「上級2年、首席、水風波瑠人」
「はい」
そして最後に兄ちゃんが呼ばれた。
兄ちゃんは百澤先輩などと同じように壇上に上がり、証書を受け取る。
でも、証書の色が少し違う気がした。他の上級2年の人たちがただの赤色なのに対して、兄ちゃんはそれに金色の刺繡がされていた。よく思い出すと、百澤先輩は銀色の刺繡がされていた気がする。
兄ちゃんは百澤先輩の気迫に対して、そんなに強い印象はないとは思った。でも実力は確かなものだと思う。強そうに見えない奴ほど強かったりする、と言ったところだろうか……?
全員に証書が渡されたみたいだった。
「1年生代表挨拶、1年A組、久遠竜喜」
「はい」
1年生代表として、竜喜が呼ばれた。竜喜は壇上に上がる。
そして一礼して、話し始める。
「上級2年、下級2年の先輩方。ご卒業おめでとうございます」
そこでまた一礼する。
「先輩方は、いつも1年生の手本として、強い姿をみせてくださいました。
私たちは、その姿を見習い、さらに強くなることを目指し、後輩たちにその姿を見せていきたいと思います」
少し間を空けて締める。
「本当に、ご卒業おめでとうございます。ありがとうございました。
1年生代表挨拶、久遠竜喜」
そう言って、一礼し、壇を降りた。
竜喜はさすがというべきか、式典などの礼儀はちゃんと身につけているようだった。
「続きまして、卒業生代表挨拶、上級2年、首席、水風波瑠人」
「はい」
兄ちゃんは壇上に上がった。
そして竜喜と同じように、一礼して話し始める。
「今日、この日を、全員で迎えられたことを大変嬉しく思います。
そして、入学してから剣術を身につけ、剣士団への配属が全員決まったということも、大変嬉しく思います。
ここで学んだことを今後の人生生活に活かして行きたいと思います。
ご指導下さった先生方、本当にありがとうございました。
卒業生代表挨拶、首席、水風波瑠人」
そして兄ちゃんは一礼し、壇を降りた。
「これにて、卒業式を終わります」
先生がそう宣言し、卒業生が一斉に動き出した。みんな何かから解放されたような感じだった。
卒業式が終わり、俺は教室で飛翔たちと、卒業式のことについて話し始めた。
「文人の兄ちゃん、すごかったな」
「すごかったです……!」
「さすがって感じ」
兄ちゃんが褒められてることが、自分のことじゃないのに、嬉しかった。
『伝えとく』
俺はとりあえずそう返しておいた。
卒業式が終わったこともあり、1年生も春休み期間に入ることとなった。約2週間ほど休みになったあと、上級2年となって新しい年が始まる。
この2週間は入試の期間になるらしい。入試の当日以外は、体育館が自由に使えるらしい。
「じゃあ、また」
『ああ。元気でな』
「文人さんもお元気で」
「じゃあな! 文人!」
三人と別れの挨拶をし、俺は家に帰った。




